98「敵勢力とカウント2」
――インディアナ州の高級ホテルにて。
金と地位というのは便利なもの。
白人至上主義のカルト集団・KKKが跋扈するインディア州においても、姫宮一六八海軍大将が【日本の将校だ】と言えば高級ホテルは門を開いた。
意地の悪いことに自分を追い払おうとするホテルマンを怒鳴りつけて勝ち取った、最上階の貸し切りラウンジ。
そこで一六八はふうとため息をついた。
乳白色の大理石の床に淡い青色の光が円になって輝く。
「さすがに、ニューヨークからの転移は霊力を使う……」
何もなかった場所に、ふたりの人間の姿が突如現れる。
「着いたぞ」
大理石の床は乳白色に金の筋が入り、油を引いたように艶やかに磨かれている。
下駄の足音をコツンと響かせ一六八が一歩進むと、一六八に手を取られた人物がこくりと頷いた。
「状況は伝えた通りだ。【海神織歌少尉はベインブリッジ少将を殺害し逃亡中、我々は国際問題に発展する前に奴を早急に捕えなければならない】」
一六八は渋い顔をして頭を抱える。
くすり、ともうひとりの人物が笑うと、照れくさそうに手を振った。
「貴様にも協力してもらう。琅玕隊の隊員を紹介するから着いてこい」
一六八はそういうとラウンジの奥へ進み、隊員の待つソファへ向かった。
***
「せれすとぉ~、もう一杯もってこんかい~!!」
「ちょっ、こいつ酔っ払ってる! 禁酒法って知ってます!?」
「売っとったんじゃい。酒が悪いんかあ?」
「ギャングから買っただろ! バカ野郎!」
ラウンジの皮張りのソファは荒れていた。
7尺はあろう大男が酒を飲み欲し、小柄な少年に絡みつきながら悪酔いしている。
小柄な少年も気の強いもので、大男に絡まれながらもきゃんきゃんと言葉で噛み付き返していた。
「若桜水虎少尉!! 何をしている!!!」
「大将じゃあ~」
「一六八さん! こいつどうにかしてくださいよ!!」
「セレストくんから離れろ! この莫迦者が!」
水虎と呼ばれた少尉は泥酔していた。
雲の上の存在である大将・一六八の叱責にも動じず、酒瓶を飲み干しては新たな瓶を開けていく。
一六八は大きくため息をつくと「これは駄目だ」と言いながら水虎の首根っこを掴み無理矢理引きはがす。
酔いつぶれた水虎を地面に叩きつけると、低い声で一喝した。
「新入りを紹介する! そこに直れ!」
~水虎~
「こ奴は若桜水虎少尉……帝国海軍一の問題児だ」
「おうおう、なんじゃあ、そいつはあ~」
「そこに直れと言っただろうが!」
大将に一喝されても水虎は泥酔したままだった。
ぐでぐでとソファにもたれかかっては、セレストに酒を注げと絡んで怒られている。
「なんでこんなのが海軍にいられるんですか!?」
絡まれたセレストが悲鳴のような声を上げる。
「こ奴の父は亡命ロシア貴族でな。高慢な華族どものお気に入りなんだ」
「こんな酔い方する奴に貴族の血なんか流れてるわけないでしょう!」
「……霊力の最高峰である【破邪の歌】も習得済。親の教育で4か国語が話せる才人だ。多少の欠点には目を瞑るしかない」
「多少!?」とセレストの突っ込みが飛ぶ中、「海神織歌が抑え役だったんだがな……」と困ったように呟く。
残りの一人はくすりくすりと笑いながら礼をした。
「……おう、よろしくじゃあ」
水虎は何かを感じ取ったのか少しの沈黙するが、すぐに明るい笑顔で挨拶をした。
~セレスト~
「彼はアメリカ人のセレスト・イスくん。アメリカで徴兵した新兵で、兄君は琅玕隊のイス大尉だ」
「兄さまは軍人殺しとは関係ないですからね! これから合流するんです!」
セレストと呼ばれた少年は、長い前髪で片目を隠した線の細い子供だった。
絵画の天使のような儚げな印象とは裏腹にはっきりと意見を言うタイプらしく、喧々とした声で兄の無実を主張する。
「身内の話だ、信じるなよ」と一六八がぼそりと告げると「聞こえてますよ!」とさらに大きな声で怒鳴りつけてきた。
「【兄さまを誑かしたダミアン・ヘイダルの捕縛】。僕はそのためだけに協力していますから!」
「琅玕隊なんだから海魔討伐も協力してほしいんだが……」
現地協力員の少年に一六八は気を使いつつ、挨拶を促す。
セレストは礼儀正しく手を取ると、鈴の音が鳴るような美しい声で応えた。
「よろしくお願いいたします」
~一六八~
「吾のことも伝えておかねばな。貴様は知らぬことばかりだろう」
一六八は壮齢の男性だ。
軍人らしい筋肉質な体に、腰ほどまである黒い長髪。
軍人と華族の間のような、武と雅の性質を併せ持つ、不思議な雰囲気のある男だった。
「吾は海軍大将、姫宮一六八。琅玕隊総大将として軍と華族の間を取り持っている」
低い声には黒いものも白くするような威厳がある。
だが、「知っとるぞう」と水虎の返答に「やかましい!」と叱咤する姿は学校の先生の様でもある。
「海神少尉が庇っている海神勝の体をした海魔……吾の旧友の名を騙る愚かな海魔を排除するためにも、貴様には協力をしてもらうぞ」
一六八は穏やかにそう言うと、手を取って優しく微笑んだ。
「よろしく」
***
「で、そいつはだれなんじゃあ?」
「また日本人ですか……」
そして最後、新入りに対して水虎とセレストの好奇の目が飛ぶ。
一六八は不躾な瞳から新入りを守りつつ、最後に”彼女”を紹介した。
「こやつは姫宮乙女。吾の娘にして、本来この任務に就くはずだった――」
「役立たずの悪役令嬢、とでも申しましょうか」
声の主は少女だった。
14歳ほどのうら若い少女は、軍人たちを前に臆すことなく皮肉めいた名乗りを上げる。
「悪役などと言うな……体が弱くて、任務には就けなかったのだ」
「おう、じゃあ治ったんかあ?」
「ええ、だいぶ良くなりました。目が覚めたよう……」
少女はくすりと笑うと、冷たい瞳のまま微笑んだ。
「”本物”の姫宮乙女、着任でございます」
日本人×3とアメリカ人1の比率ですが全員英語で喋ってます。偉い。
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