97「自己紹介とカウント3」★海神織歌
~織歌~
「私は海神織歌。日本海軍少尉だが訳あって6歳児の姿になってしまった」
まずは私から。
幌馬車の中でぎゅうぎゅうに詰まりながら、私は見知った仲間と新しい仲間に挨拶をした。
「すごい訳アリデスネー」
「幸い記憶は20歳のころに戻ったが……【ウヅマナキを倒して肉体とエンゼル神父を取り戻す】必要があるな」
「わかりやすいデスネー」
新しい仲間……の付き人のコクレンが適当な相槌を打つ。
話を聞く気があるのかないのか、怪しい瞳からはさっぱり見当がつかなかった。
~シュヴァリエ~
「彼はシュヴァリエ」
私はシュヴァリエの肩に手を置く。
ただでさえ大きい彼は、6歳児の姿の私から見るとまるで巨人のようだった。
だが目線が変わっても美しい容貌は全く変わらず、海に照らされた白い月の様に煌めいている。
「本名はミシェル・イス大尉。下手こいた私の代わりに琅玕隊……じゃ、ないかな……【チームをまとめてくださっている】。初めて会った時は友人だったから、上官だが僭越ながらシュヴァリエとあだ名で呼んでいる」
「皆も、シュヴァリエで構わない」
「琅玕隊じゃないんデスか?」
日本帝国海軍対海魔討伐組織・琅玕隊紐育支部……と言いかけてためらった私にコクレンの容赦ない突っ込みが飛ぶ。
「いや……クビになってそうだし……」
私は大失態を侵していた。
ベインブリッジ少将の罠にはまり彼を殺してしまったことで、私の代わりはすでに埋められ、私を捉えるために帝国の大将まで出張ってきている始末……。
「どんな状況になったとしても私は織歌の隣にいる。チームとは……私の愛しい人とその婚約者たち【家族】のことだ」
「たくさん婚約者イマスネ」なんてコクレンの突っ込みも気にならないほど、私はシュヴァリエのフォローに励まされていた。
また情けなく鼻を啜りながら、彼の紹介を続ける。
「彼は氷のような冷静さの奥に熱い想いを秘めている人。肩書や外見を超えて人と接することができる、真に人を愛することを知っている――私の婚約者だ」
「よろしく、みんな」
シュヴァリエの声が幌馬車に響くと、どこからかパチパチと拍手が聞こえてくる。
「なんだこれ」とダミアンの冷静な声も聞こえてきたが、私は紹介を続けた。
~勝~
「次は私の父、海神勝。公爵令嬢の代理として【ニューヨークでの海魔討伐任務に就いている】」
「私は、帝国海軍陸兵隊 二等軍曹・海神勝。日米両政府の協定に基づく、特別任務により当地へ派遣されている正規軍人です」
「英語ペラペラデスネ!」
「”これだけ” ”覚えた”」
お父さんは驚くほど流暢な英語で喋った後、いつもの単語だけの英会話に戻る。
英語こそ拙いが、傷だらけの体は歴戦の兵士の証で、彼の姿を見ているだけで私は心から安心できる。
「彼は元ヤクザで、20年前の海魔大戦で戦死した旧琅玕隊の軍人で、私の名付け親で、私の義母の弟……つまり叔父にあたり、現在海魔として蘇っている」
「覚えきれマセーン」
「……私もよくわかっていない」
そしてお父さんの状況は滅茶苦茶なので、自分で言ってて自分の正気を疑ってしまう。
「”いいよ” ”覚えなくて”」と本人が言うので、いったんお父さんの状況については置いておこう。
そんなことより、お父さんについて知ってもらいたいことは沢山あるのだから――
「彼は日本刀のような研ぎ澄まされた殺気の奥に、深い寛容さを持っている――許すことを知っている人。それは今を生きる私たちには持つことができない、彼が一度死んで蘇ったからこそ至った境地。そしてその尊い意思をもって、私たちを守り続けてくれている」
お父さんのことはみんな大好きだ。
ダミアンとシュヴァリエとエヴラードはうんうんと頷いているし、キラーとコクレンも静かにその話を聞いていた。
「そして私と婚約しています」
「”してないよ”」
「【家族】の筆頭婚約者です」
「”してないよ?”」
「”ねえ” ”ねえ”」とじゃれついてくる父をいなして、私はダミアンの方を指し示す。
ダミアンは小さくなった私の体をひと時も話さず、ずっと後ろで抱っこしてくれていた。
~ダミアン~
後ろから抱きしめてくるダミアンから垂れる豊かな赤毛の髪を弄りながら、私はダミアンの紹介をする。
暖かい体温からふわりと漂う香りは私だけではなくあらゆる女性を誑かす魅惑の芳香だ。
こんなに近いとドキドキしてしまうが、口吸いをしたい気持ちをぐっとこらえて言葉を続けた。
「彼はダミアン・ヘイダル。ニューヨークのマフィアのボスだから、さすがにみんな知っているよな」
「知ってマス! 妹がお世話になってマス!」
「……どーも」
ずっと聞き役に回っていたコクレンの妹はダミアンの追っかけをしていた少女だ。
気まずい沈黙が流れたので、私は慌ててダミアンの紹介を続けた。
「紳士の所作と悪の力を兼ね備える姿はまさにマフィアの鏡。痛みを知っているからこその優しさを持つ、仲間思いの温かい人だ。一番最初に私の婚約者になってくれた人で、マフィアのボスなのに私のために土地を離れて助けに来てくれた」
「大丈夫ナンデスカー?」
「織歌のためなら地位も金も要らねえ……と言いたいが、信頼できる奴に任せてるから安心しな。【俺は織歌のためにニューヨークを支配し続ける】からな」
そう言ってダミアンは私の後頭部に軽くキスをする。
ダミアンの柔らかい髪を指でくるくると遊びながら、私は最も大事な情報を付け加えた。
「そして私と婚約しています」
「3人目デスネ!」
~エヴラード~
次はエヴラード。
子供の魂だった時に何度も会話はしているが、大人の魂に戻ってから会話をするのは初めてなので少しドキドキする。
瞳が合うと、社交界の貴公子は茶目っ気にウィンクで返してくれた。
「彼はエヴラード・バーラム殿。弁護士としてダミアンの仕事もこなしていて、今回私を助けるために尽力してくれた」
「若手カリスマ弁護士……名前は知ってマスヨ。まさかギャングと裏でつながってるとはネー」
「秘密にしてくださいね」
「……あなたと法廷で争う気はないヨ」
裏社会を相手にしている弁護士なだけあって、チャイニーズマフィアの前でも堂々としたものだ。
コクレンも飄々とした態度から、緊張感のあるマフィアの顔を覗かせるほどだった。
「表の顔も裏の顔もあるとても合理的な人だ。利益のためならリスクも恐れず、この社会にはびこる優劣思想をも超えて、完璧な青年を演じ切ることができる。皆が彼のようになれたら、きっと世界は平和なんだろうと思わせてくれるよ」
「私はサー・ヘイダルこと【ダミアンのために働いています】。これからもお会いすることはあるかもしれませんね」
「そして、私とはこの間婚約しました」
「……やっぱり、婚約なんですね」
そして最も大事な、婚約しているという情報も付け加える。
6歳の魂の時にした約束だが、私の本心であることは変わりない。
エヴラードも驚きはしつつも、否定はしなかった。
~キラー・ホエール~
最後はキラー・ホエールだ。
目の見えない彼の肩にそっと手を置くと、恥ずかしそうにうつむいた。
「彼はキラー・ホエール」
「ワタシの先生デスネー。【深海教団というカルト教団でアナタの宿敵ウヅマナキに協力してマス】。でも、【ウヅマナキを裏切ってアナタの元に下りました】ネ」
キラー・ホエールを紹介しようとすると、コクレンが先に説明をしてくれる。
たしかにコクレンは(どういうわけか)キラー・ホエールの付き人をしているので、わざわざ私から紹介をする必要はないだろう。
だが――
「私の新しい家族だ。家族には私の口から紹介してもいいか?」
「織歌サマ……」
キラーの肩に置いた手に力を込めると、キラーはそっと手を握り返してくれる。
少し震えた手から緊張感が伝わって、可愛らしいなと思った。
「私と彼は出会ってまだ短い。彼が何を考えて何をしてきたのか、あまり知らない。だけど、民族の誇りを持ち、その誇りのために進むべき道を決める彼を尊敬しているよ」
「キラー・ホエールは、あなたに会うために生まれて来たですよ……」
「ありがとう。すごく嬉しい」
「ふうん」とコクレンのつまらなそうな声が響く。
彼にも何か思うところがあるのだろうが、付き合いの短い私にはその真意はわからなかった。
「婚約はしないんデスカ?」
「誰とでもするわけじゃない。彼はまだ子供だし……」
「アナタも子供ですけどネ」
「私は20歳、成人だ!」
***
――と、いうわけで一通りの紹介が終わった。
本当はエンゼル神父も紹介したかったが、それはエンゼル神父を取り戻してからでいい。
「私たちは今、様々な危機にあっている。体を小さくされ、軍人殺しの罪で追われ、エンゼル神父を失い、ウヅマナキには知られてはいけない情報を渡してしまった――」
こほん、と咳払いをしてみんなに告げる。
「だが、目的はたったひとつだ」
みんなは私の方を向いて、静かに言葉を待ってくれていた。
私は大切な家族に、そして部下(シュヴァリエは上官だが)にこれからの目的を改めて伝える。
「ウヅマナキを倒し、アメリカを救うぞ!」
謎のカウントダウンが始まりました!キャラ紹介回でキャラを振り返りながらお楽しみに!
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【毎週 月・水・金・土 / 夜21:10更新】の週4更新予定です。
次回は11/22(土) 21:10更新です。




