96「おかえりなさい」★海神織歌
大騒ぎの夜が明けた。
雷によって燃えた家は皮肉にもそれを運んだ豪雨によって鎮火した。
太陽が運んでくる朝は、昨晩の騒ぎが嘘のように澄み切っていた。
「雷でアンタらの車もダメになっちまってるな。部品を売らせてくれるなら置いて行っていいぞ」
「ありがとうございます。念のため、一筆頂いても?」
「これだから弁護士は……」
エヴラードはアーミッシュの男性と交渉をしている。
「アンタたち大所帯だね。幌馬車なら譲ってやれるが……馬には乗れるかい?」
「キラー、できるか?」
「キラー・ホエールはできねーですけど、付き人ができますよ」
ダミアンとキラー・ホエールは新たに手に入れた馬を見ているし――
「勝、髪の毛食べるか?」
「”ちょうだい”」
シュヴァリエはお父さんに餌付けをしている。
「…………」
私が魂まで6歳児になっている間に、私の婚約者たちの間にはチームワークができていた。
不甲斐ない隊長がいなくとも、十分機能するほどに。
(情けない……!!)
魂を奪われている間の記憶はしっかりとある。
ベインブリッジ少将に暴力を振るわれ、その恐怖に屈したことも。
ダミアンの暴走を抑えることができず、上官殺しという十字架を背負わせてしまったことも。
まんまとKKKとウヅマナキの罠に引っかかり、エンゼル神父を失ったことも。
無垢で愚かな子供でいる間に、私は沢山のものを失っていた。
「私を殺せ……!!」
状況が落ち着いた瞬間、私はみんなに土下座した。
6歳児の土下座は子供の駄々にしか見えないだろうが、それでも誠心誠意土下座した。
「なんでだよ」
だが誰も言うことは聞いてくれず、ダミアンが頭を持ち上げて、ほっぺたをぐにぐにと引っ張ってくる。
「……ウヅマナキにいいようにされてる間に……みんながバラバラになってしまった。エンゼル神父も」
エンゼル神父……ここにいないととても寂しい。
彼を失ってしまったのは私の不始末に他ならない。
「それはお互い様だ。顔を上げてくれ、私の可愛いPoupée」
「エンゼル神父については、僕も油断してしまいましたから」
だが、シュヴァリエとエヴラードは優しく抱きしめてくれた。
「お父さんも昏睡状態……新しい子まで近くにいる……」
お父さんはウヅマナキに2度も邂逅し、その度に瀕死の重傷を負っている。
彼を治すためにウヅマナキの手先を呼び寄せるほどまで切迫した状況を作ってしまった。
「”もどってきて” ”うれしい”」
「キラー・ホエールは織歌サマについてきますよ!!」
だというのに、お父さんは優しく声をかけてくれる。
キラー・ホエールもなぜか私に忠誠を誓い、私についてきてくれると言ってくれている。
「言うべきことはそんなんじゃねえだろ」
とぶっきらぼうなダミアンの言葉に、私は静かにうなずいた。
「海神織歌、ただいま戻りました」
私は静かに敬礼する。
情けなく鼻を啜りながら、みんなの元へ帰って来たことを噛み締めた。
みんなは優しく、私のことを抱きしめてくれた。
◇ ◇ ◇
「――というわけで、新しい仲間のキラー・ホエールくんです」
キャデラックの代わりに親切なアーミッシュの人にもらった幌馬車。
私たちはがたごとと揺られながら、改めてキラー・ホエールを紹介した。
「ウヅマナキのやろー裏切って織歌サマの奴隷になりました! よろしくですよ!」
「……だ、そうなのですが。どうしましょう」
正直ウヅマナキの手先としてあまり信用しきれない部分はあるのだが、本人が「織歌サマ」と私を崇めて忠誠を誓ってくるので連れていくほかなくなってしまったのだ。
「俺はいいぜ。そもそも呼んだのは俺だしな」
「”助けて” ”もらった”」
「……まあ、彼の知識には敬意を払いますよ」
ダミアン、お父さん、エヴラードは彼を快く受け入れてくれた。
どうもあのカラオケ大会で心が通じ合ったらしい。
「婚約者じゃないのか?」
だが、シュヴァリエは心底不思議そうな顔をして質問を返してきた。
「私のことを何だと思ってるんだ。誰でもいいわけじゃないんだぞ」
「ハーレムを形成しているところまでは知っている」
「なんだ! いじわるだぞ」
「ふふ。久しぶりだから揶揄いたくなってしまった」
「……もう!」
6歳児の魂の頃はずっと優しかったシュヴァリエの、ちょっとSっ気のあるセリフに体が熱くなる。
たまらず口吸いをしようとすると「やめなさいね」とエヴラードの突込みが飛ぶ。
「あ、じゃあ付き人となら婚約しますか? コクレン! おい!」
「別に婚約したいわけじゃない!」
「コクレンって……ハクレンの兄貴か? チャイニーズマフィアの……」
「”増やすな” ”増やすな”」
「大人数デスネー」
わちゃわちゃとしていると、噂のコクレンが幌の中に顔を出してくる。
長い黒髪に切れ長の瞳は、確かにハクレンに似ているところがある気がした――顔を見つめていると、「”お父さん” ”おなか一杯” ”だから”」とお父さんが邪魔してくるので、あまり長い時間見ることはできなかったが――
「紹介してくださイ、織歌サマ」
「そうだな……人数も増えたし、改めてみんなを紹介しよう」
というわけで、オハイオ州を横断しがてら、私たちは改めて自己紹介をすることにした。
織歌は体は子供、頭脳は大人の状態で戻ってきています。
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