1章89話 妃選びの舞踏会4 女神と男神
人々は彫像のように固まったまま、その光景を目にしていた。
天上の美しさを纏う者たちが、悠然と歩いてくる。
彼らの持つ神々しさに、自然と人の波が割れていった。
他のどんな令嬢や貴族も叶わない、人とは別次元の美しさだ。
──その姿は女神と男神──
女神の一人は、黄金の絹糸のような輝く髪が、軽やかな足取りによって、淡い天の色の生地の上で優雅に波打っている。まるでその背中にある、真っ白な美しい羽を隠しているようだ。裾に向かってふんわりと広がる空色が、歩くたびにキラキラと金糸の光で彩られている。
彼女の隣にいる男神は、マホガニーのような艶やかな茶褐色の髪に、若草や新緑の木々を思わせる色合いのベロアの生地に身を包んでおり、それはまるで森林の守護者のような風格だ。琥珀色の美しい眼を細め、森の男神は天上の女神を優雅に導いていた。
人々はその叙事詩のような美しさに、呆然と魅入っていた。しかしその陶酔を打ち破る者が後ろからやってくる。
背の高い威厳に満ちたもう一人の男神は、天上の光を差し込むかのような柔らかな金色の髪を頭上に戴き、地上のすべての者達を守護するかのように勇ましい戦の服に身を包んでいる。天上に座す最高神の名を欲しいままにしそうな、威風堂々たる風格で彼はやってきた。
その手に別の女神を導きながら──
──満天の星がその瑠璃色から零れ落ちてきそうなほどの美しい夜空を纏い、銀色に光り輝く月光のような髪がその夜空に流れ落ちた──
その瞳はまるで紫水晶のように、神秘的な光を湛えている。
そしてその宝石を戴くのは、真珠のように白く輝く肌だ。
彼の女神は悠然とその歩みを進めている。
ビロードの夜空の裾から、時折垣間見える美しい脚が、その女神が地上に降り立ったことを人々に実感させた。
まるで時がとまったかのように人々は彼らに魅入り、その夢のような時間に酔いしれた。
「ティアンナ」
天上の守護者である男神が、美しい夜空の女神に声をかけた。
「緊張するな、大丈夫だ。きっとうまくいくよ」
男神の優しい眼差しと言葉に、女神は銀糸のまつ毛で縁どられた目を伏せながら頷いた。
美しさと憂いを含んだ女神の眼差しに、時を止めていた人々の間から、感嘆のため息がもれる。
それとともにゆるやかに時が流れ出し、ようやく彼らが何者であるかを人々は理解した。
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「キャルメ様!」
最初に声をかけたのは第3王子のエドワードだった。
人垣をかき分けて、天上の女神……ロヴァンス王国の第3王女に声をかける。
神秘的な微笑を湛えながら、キャルメ王女は挨拶を返した。
「エドワード様。ごきげんよう」
「いらしてくれて、とても嬉しいです。ようこそ王家主催の舞踏会へ。おや……こちらの御方は?」
エドワードが訝し気に、王女の隣に佇む森の男神を見上げた。彼は怜悧な琥珀色の瞳でエドワードを見据え、挑戦的な微笑を口もとに湛えている。
「彼はポワーグシャー家三男のジェデオン様です」
王女に紹介されたジェデオンは、絹の黒い手袋をはめた右手を胸元において、丁寧なお辞儀をした。
「お目にかかれて光栄に存じます、殿下。ジェデオン・ディアーブ・ポワーグシャーと申します。以後お見知りおきを」
ジェデオンのそれは、一分の隙も見せないような優雅な所作だ。
エドワードは一瞬たじろぎそうになったが、それでも彼は目的のために、貼り付けたような笑みで応戦する。
「アトレーユ殿の兄君ですね?こちらこそよろしく……ところで本日はアトレーユ殿は?」
いつもならキャルメ王女の側を絶対に離れないアトレーユの姿を探して、エドワードはキョロキョロと周囲を見回した。
「あぁ……アトレーユでしたら、後ろにいますわ」
王女は極上の甘い微笑みを惜しげもなく見せながら、後ろを振り返る。
そしてエドワードの視線は、その後ろにいる者たちへと注がれた──




