1章59話 企み
その女は思うように事が運ばなかったことに対して、苛立ちをあらわにしていた。
「失敗だったわ。まったく、ナバデ―ルの役に立たないことといったら」
ガタンと座っていた椅子を揺らすと、目の前の人物に鋭い眼差しを向けた。
ここは国外れにある村の宿の一室である。簡素な造りの狭く薄暗い部屋に、二人の男女が向かいあっていた。
地味で薄汚れた服の女と、商人風の服装をした男。
女は質素な服装に似合わず、高慢な態度で男にしゃべっている。対する男はハッキリとした顔立ちで、背が高く、とても商人には見えない。
「あなたの変装も穴だらけね。ここまで来るのを見られていないでしょうね?」
そういって椅子に座りながら、組んでいる足のかかとを上下して、神経質にコツコツと床を鳴らす。
「そういうお前こそ、全然村娘なんかに見えないぞ」
男は腕を胸の高い位置で組んで、きまり悪いのを隠すために、居丈高に女を見下ろした。お互いが苛立った気持ちを隠すこともなく、嫌な空気を流れるままにしている。
「あなたの幼馴染も、結局あちら側に行ってしまったみたいだし。最初から取り込めばよかったのに……甘いわね」
なおも相手を責める言葉を緩めない。彼らにとってこれは最後のあがきになることは、お互いがわかっていた。
「最初からあいつを利用するのは気乗りがしなかったんだ。あれは俺を信じているからな」
男はそういってわざと女から目を逸らす。
女はそんな男の様子を見て、ふふっと鼻で笑った。
「あら、みっともない所を見られたくないなんて、ちっぽけな誇りだこと」
男は反論することもなく黙ってしまった。
「まぁ貴方の目的ははじめから別のものだったものね。だからこそ私たちと行動を共にしているのだけれど」
女は一転、優しい表情になった。それは男に対して親愛の情があるからではない。あくまでも自分にとって利用価値があるかどうか、それだけが彼女の基準である。
「このまま引き下がれないわ。彼らには代償を払ってもらうつもりよ。何も戦で勝つだけが勝敗じゃない」
そう言うと、女は色香の漂う笑みを口もとに浮かべた。




