1章47話 ティアンナの見る夢2 盗賊との死闘
────ティアンナ────
「おい!新入り!これを片付けておけ!」
国境警備隊の屯所では、ティアンナは2年経っても新入り扱いだった。通常兵士になりたての十代前半の若者が、国境警備の任につくことはほとんどない。それほど国境警備の任務は、厳しく危険を伴うからだ。
先輩兵士は自分たちの仕事が終わると、片付けを全てティアンナに任せて、さっさと酒場に繰り出してしまった。ティアンナは嫌な顔一つせず、全ての雑用を黙々とこなしている。飯はいつも深夜近くになってから取っていた。
ここではティアンナを女の子扱いする者は一人もいない。むしろポワーグシャー家でぬくぬくと育ってきた貴族の娘として、煙たがられていた。
「この片付けが終われば剣の練習だ。早く……みんなに追いつかなきゃ」
煙たがられているとはいえ、ここの兵士たちの実力は折り紙付きだ。貴族の美しい剣技とは違って、盗賊を相手にするためより実戦的な剣を学べるのだ。
しかしまだ十二歳の少女は前線で戦ったことはない。足手まといにならないようにと、見張りや訓練ばかりの毎日であった。それでも少しでも上を目指すために、他の兵士の動きや戦略などを盗み見ては学んでいった。
その時、見張りとして残っていた兵士が、櫓の上で声を上げた。
「北東に灯りが見える!皆用意しろ!」
ティアンナや残っていた兵たちは、すぐさま武器を掴むと、屯所から飛び出して森の方を注視した。
街道からすこし北に外れた所で、一頭の鞍を付けた馬が森から飛び出してきた。鞍の上には人は乗せていない。
何事かと皆に緊張が走ったとき、街道から商人の荷馬車と思われる一団が飛び出してきた。どうやら盗賊に追われているようだ。
馬にのった盗賊と思しき男が、荷馬車に飛び移ろうとしているが、なかなかうまくいかない。御者はすでにこと切れており、荷馬車は制御を失っていた。蛇行しながらも屯所の建物の方へ突っ込んでくる。
「散開して盗賊どもを一人残らず捕縛しろ!騎兵は馬車を止めるんだ!」
日が暮れて間もない薄闇の中、兵士の怒号が響いた。
警備兵の一人が馬に乗って、荷馬車を止めようと盗賊と戦っている。しかし敵の放った弓矢によって落馬してしまった。
そうしている間にも制御を失った荷馬車は、どんどん建物に近づいていた。
ティアンナは落馬した兵士の乗っていた馬の手綱を掴むと、そのまま体を翻し馬に飛び乗る。そして馬の上でバランスをとると、荷馬車の後ろから近づいて、その荷台に飛び乗った。
また丁度前方では盗賊の男が、荷馬車の御者台に飛び移ることに成功していた。幸いにも、ティアンナが馬車に飛び乗ったことは、盗賊は気が付いていないようだ。
ティアンナは荷台から前へと移動を始めた。幌と荷台の間の僅かな段差に足を引っかけて、落ちないように進む。
御者台では盗賊の男が、死んだ御者の身体を蹴落として、馬を制御しようとしている。しかし馬は興奮状態で、なかなかいうことを聞かなかった。
すんでの所で屯所の建物の脇をすり抜けると、大きくUターンして森の方へと進路を変える。盗賊は荷馬車の荷物を奪い、森へ逃げるつもりだ。
馬車が急に方向転換したため、荷台はティアンナのいる側へ大きく傾いた。
「あっ!」
荷台に辛うじて乗せていた足がずり落ちたが、幌の端に捕まり何とか馬車から振り落とされずに済んだ。しかし声を出したことによって、御者台の盗賊がこちらを振り向いてしまった。
男はすぐにティアンナの存在に気付くと、馬をそのまま走らせて、ナイフを取り出し近づいてきた。
ナイフの鋭い一撃がティアンナに向かって振り下ろされる。
ティアンナは身体をのけぞらせて、顔面すれすれでその攻撃をかわす。
代わりにすぐそばの幌が、ざっくりと切り裂かれた。運よく男のナイフが厚い布地にひっかかり取れないようだ。
男がもたついているのをみて、ティアンナは反動をつけると、男に向かって飛び掛かった。
二人はもみ合いになりながら御者台の上に倒れ込む。盗賊の男はいきなり飛び掛かられて、面食らっているようだ。頭を強く打ってうめいている。
丁度その時、男のナイフを持った手が御者台の上から飛び出していた。
男に馬乗りになっていたティアンナは、その腕を掴むと思い切り台の端に叩きつけて、ナイフを下に落とさせることに成功した。
そして自らの剣を抜くため腰に手をやるが、今度は逆に、男がティアンナの腕を掴んでそれを阻止した。
男はそのまま上半身を起こすと、上に乗っているティアンナをどかそうと力任せに暴れだした。
すぐに体格的に敵わないと判断したティアンナは、体をひねり掴まれた腕を振り払うと、男から飛びのくように離れた。
しかしその時、馬車が大きく揺れる。ティアンナは体勢を崩し、御者台から振り落とされてしまった。
辛うじて御者台の縁に掴まり、地面に叩きつけられることは避けられたが、足は不安定な馬車の連結部分にかかっているだけだ。
ほぼ宙づりの状態であったが、馬車はいまだものすごいスピードで走り続けている。足元を見ると、地面の景色が恐ろしい勢いで移り変わっていくのが見えた。
すると御者台の上から、男がティアンナを見下ろしてニヤリと嫌な笑みを浮かべているのが見えた。彼女を落とそうと、手を狙って足で踏みつけるつもりだ。
男の泥のついた底の厚い靴が、ティアンナに向けて思い切り振り下ろされる。
しかしティアンナは捕まっていた右手を外し、反対の左手で御者台の縁に掴まり、相手の攻撃をからくもよけた。男の足は空振りし、ダンっ!と大きな音を立てる。
その時、ティアンナの目に、先ほど落とした男のナイフが、足元の連結部分に刺さっているのが見えた。地面まで落ちずに、刺さって引っかかっていたのだ。
すぐさま右手を伸ばしそれを抜き取ると、反動をつけて思い切り男の足にナイフを突き刺した。
「ぎゃぁ!」
男は動物のような潰れた悲鳴を上げると、足を抑えながら前へと倒れた。危うくぶつかりそうになるのをよけると、男は馬車の下に落ちていった。
そのまま荷台の車輪にひかれたようで、大きく馬車が揺れた。肉がつぶれ、骨がくだける嫌な音がした。
ティアンナはその様子を御者台の端に掴まりながら見ていたが、自らは台にぶら下がったままである。このままでは男と同じ運命をたどりかねない。
馬は興奮しているため、いまだ狂ったように走り続けている。大きく揺れる馬車に、必死で掴まっているのがやっとであった。
「大丈夫か!?」
腕の力が限界に来た時、騎兵の一人が馬車に追いつき馬の手綱を掴んだ。
共に屯所に務めるベテラン警備兵の一人だ。額から眉にかけて傷がありいかつい印象だが、気は優しく皆から頼られている。
彼は掴んだ手綱をうまく操作して、緩やかに速度を落として馬車を止めた。
やっと馬車が止まったことによって気が緩み、手の力が抜けて、ティアンナは馬車の下に落ちた。
「……いって……」
「まったく無茶しやがる。ほら立て。そんなんじゃ敵の追撃にやられるぞ」
呆れながらも笑顔でティアンナに手を差し伸べる兵士。
盗賊たちはすでに他の警備兵によって捕縛されていた。最後に残った馬車での激闘を、少女が繰り広げていたことに皆は驚いていた。
「……ありがとうございます」
馬車から落ちて尻もちをついたことに、バツが悪くて顔を俯けながらも、その手をとり立たせてもらう。恐怖と疲れで手がガタガタと震えていた。
「貴族のご令嬢がなんの道楽かと思ったんだがねぇ。大将譲りの肝っ玉のでかさと、軽業師並みの身軽さは認めてやるよ」
ティアンナの手の震えに気が付いた兵士は、少女の手をぎゅっと握ってそんなことを言った。
彼女の頑張りと覚悟を、皆が認めていた。今までとは違う優しい眼差しがティアンナに注がれている。
馬車を止めた兵士は、少女を自分の馬に乗せると、気遣うように少女の背を自分にもたれかけさせた。
「もっと修行しろ。お前の武器はその二つだ。磨けばとんでもなく強くなれるぞ」
兵士に体を預けながら、ティアンナは黙ってそれに頷いて答えた。しかし疲れによって降りてくるまぶたに抗うことができず、そのまま馬上で眠りに落ちた。
それを見て優しく笑った兵士は、彼女を落とさないように気遣いながら、屯所への道のりをゆっくりと戻った。
すでに夕暮れの薄闇が消え去り、彼らの頭上には幾千の星々が輝いていた。




