1章37話 見つかった王子
国境沿いの森近くにロヴァンス軍、その森を見下ろすキルテスの丘にラーデルス軍が布陣していた。両軍がにらみ合う異様な光景に、ラーデルス王国の人々は恐れおののいた。
今はまだ両軍とも動きはないが、いつ戦の火ぶたが切って落とされるともしれない状況だ。穏やかな日差しの中、そこに漂う空気だけが肌を刺すような緊迫感を持っていた。
ラスティグは離宮からその様子を苦々しく眺めていた。
(なぜ父は手を出すなと……)
離宮についてすぐに、父であるストラウス公爵からの伝令がきた。その内容はロヴァンス軍に一切の手出し無用とのことだった。
(はじめから俺を離宮に戻し、手出しさせないつもりだったんだな)
父親の思惑に気付かず、戦が始まろうとしている中、離宮に留まらなければならないことが口惜しい。
「本当に戦が始まってしまうんですね」
そういって声をかけてきたのは、護衛として一緒に離宮へとやってきた騎士団の部下たちだ。ともに父の命令で、離宮に留まることを厳命されていた。皆、複雑な思いで外の様子をみている。
「今は身体を休めておけ。だがいつでも出られるように準備は怠るなよ。各自交代で休憩をとり、見張りの者は動きがあったらすぐに知らせろ」
「はいっ!」
部下たちを激励し、士気を上げた。団長の言葉に満足した騎士たちは、それぞれ持ち場へと戻った。
部下たちが執務室から出ていくのを見送ってから、深いため息をついて椅子にドカッと腰かける。疲れた目で執務室を見渡すと、そこには書類の類が散らばっていた。
本来この執務室の主はエドワード王子である。
ラスティグは王女の捜索を指揮するにあたって、都合がよいため一時的にこの部屋を使用していた。そこは離宮に備え付けられているであろう隠し通路の調査の為、部屋の書類の類がひっくり返されたままになっていた。
「結局どこにも隠し通路など見つからなかったが……」
王女が部屋から忽然と消えるなら、隠し通路を使うことが一番に考えられる。だがそれを知るのは城主のエドワード王子のみで、彼もまた行方が分からない状態だ。
色々と考えをめぐらしつつ、ぼんやりと落ちている書類を眺める。
書類の雑務などあまりしそうもないエドワードだが、どうやらそうでもないようだ。帳簿の類や租税、商い品の流通のことなどの書類がちらほら見受けられる。
さして興味もなく視線をめぐらしていると、部屋の隅のあるところで目がとまった。
ラスティグは慌てて椅子から立ち上がり、部屋の隅に落ちている書類や本などをかき分ける。すると書類に隠れて一部しか見えていなかった執務室の床が見えてきた。
そこには棚のすぐ横で不自然にたわんでいる絨毯があった。
「……誰かが棚を動かしたのか?」
ラスティグは棚の端を持つと、それを力任せに動かそうとした。しかし棚は非常に重く、なかなか動かない。よく見ると絨毯の下には何度も棚を動かしたような傷がついている。そのことに期待を膨らませ、ラスティグは棚を持つ手に一層力を込めた。
「ぐ……何か引っかかっているな……」
ただ重いというだけではないような抵抗があった。しかしそこは普段から鍛えている騎士団長だ。この先にあるだろう目当ての物の為、棚を壊すことを承知で思い切り力を込めた。
ゴキッと何かが折れるような音がしたかと思うと、それまでの抵抗が消え、棚は思い切り傾いた。
「おっと」
それを片手で制して倒れるのを防ぎ、そのまま横へずらす。するといとも簡単に棚は横へ動いた。きっと本来は何かの仕掛けを使って棚を動かしているのだろう。それ以外は簡単に動かせないようになっていたようだ。
苦労して動かした棚の裏の壁には、人が屈んで通れるほどの小さな穴が空いていた。
「……これか」
すかさずその穴に入ろうとするが、身体の大きいラスティグが鎧を着たままで通るのは少々きつかった。仕方がないので一部の鎧を外し、剣のみを腰に差して中へと入る。
通路の中は入り口の穴よりは広かったため、執務室にあった小さな燭台に火をともして進んだ。
「これは一体どこに続いているんだ?」
暗く長い隠し通路は非常に入り組んでおり、どこへ向かっているのかさっぱりわからなかった。しかし所々で城の様子をうかがえるように、小さな穴が開けられていた。各部屋を監視できるようにそれらは開けられており、また部屋の中からは判らないように巧妙に隠されているようだ。
「やはり隠し通路を知っていたのはエドワード王子だけだな……となると、王女を攫ったのはやはりエドワード王子なのか?」
隠し通路の証拠を見つけ、疑惑が確信へと変わる。
迷いながらも通路を先へ先へと進むと、壁の造りが変わった。石造りの壁から土造りの壁になった。
小さな穴から見えていた部屋の位置から推測するに、ここはすでに城の建物から離れた場所に来ているはずだ。周りが土壁ということは地下に掘られているのだろう。
そのまま進むと土壁がまた頑丈な石で補強されている所にきた。少しだけ通路は広くなっており、石の壁の一部が金属になっているのがわかる。
手探りで触るとそれは扉だった。扉には錆びた錠前がかけられており、開けようとしてもガチャガチャと音を立てるだけだった。
すると中から弱々しい声が聞こえてきた。
「……誰か……そこにいるの……か?」
「その声は!?エドワード様でいらっしゃいますか!?」
中から聞こえてきた声に驚いて声をかける。
「……あぁ……そうだ……早くここから出してくれ…………頼む」
今にも消え入りそうな弱々しい声に、ラスティグは腰に差している剣を鞘ごと抜き、石突で思い切り錠前を叩き壊した。
なんとか扉を開けると、中にはエドワード王子がぐったりと横たわっていた。
「殿下!大丈夫ですか!?」
すぐにその体を抱き起こす。
「一体何があったのですか?」
「あの女だ……あのロヴァンスの女が……」
そういうと、助けられたことに安心したのか、エドワードはそのまま意識を失ってしまった。
「ロヴァンスの女って……まさか王女の事か……?彼女が王子をここへ?」
様々な疑問を残しつつ、ラスティグは王子を担いで城内へと急いだ。
そしてエドワード王子の手当てを城の者に頼むと、ラスティグは険しい顔でロヴァンスの一行が泊まっていた部屋へと向かう。
すでに彼らはこの城にはいなかったが、先ほどのエドワード王子の言葉を確かめるため、何か証拠を残していないか探りにきたのだ。
ロヴァンスの騎士たちの使っていた部屋は、王女の捜索に出たままの状態であったため、幾つか荷物が残っていた。人の荷物を物色することに若干の抵抗を感じつつも、両国の戦を前にして、すでに持ち主の元へと戻ることの叶わなくなった物である。
「革袋に服か……たいしたものはないか……」
そういって荷物を一つ一つ確かめていく。残っていたものは様々であるが、どれも怪しい所はない。
しかしその中の一つに違和感を覚える物があった。上質な革袋の中に、商人とのやり取りと思える紙切れなどが入っていた。
(なぜこんなものを荷物の中に入れているんだ?)
手紙の持ち主はどうやらアトレーユのようである。商品のやり取りをする内容であるが、世間話におりまぜて、所々にノルアード王子やラーデルス王国の要人の名前などが見受けられた。
それは違った視点で見ると、諜報の調書ともとらえることができた。
「まさか本当に……最初から全て彼らの策略だったのか……?」
思わずその紙きれを手の中で握り潰す。
それまでの疑惑が、彼の中で怒りに変わっていくのがわかった。頭の中で沸々と沸き起こる怒りとは裏腹に、心は冷たく凍っていく。
鋭い目で前を見据えると、そのままラスティグは部屋を飛び出していった。




