1章28話 晩餐1 毒見と王子
朝早く城を出てからいくつかの休憩をはさみ、夕方には国境の森にほど近いエドワード王子の離宮に到着した。
馬車から降りるアトレーユ達の様子を見守っていたラスティグは、3人の様子が出発前と違うことにすぐに気づいた。
エドワード王子は王女を気遣いエスコートしているが、視線は時々アトレーユに向けている。その舐めまわすような視線に、ラスティグは嫌な感じを覚えた。
一方の銀髪の騎士はどこか動揺しているようで、その視線に気が付いていないように見える。普段みせる鋭い気配との違和感に、どうしたのかと不思議に思う。
離宮の使用人たちがせわしなく、到着した主人と客人たちをもてなそうと動き回っている。夕闇が迫る中、いつまでも外にいるわけにもいかないので、ラスティグはすぐに自分の部下たちに指示を飛ばした。
ここは国境に近く、ましてやエドワード王子の離宮である。何かあってはいけないと、城を出る前にノルアード王子に王女の護衛を厳命されていた。
ラスティグとしては王城に残るノルアードの側を離れるのは心配であったが、彼の護衛は父に任せておけば間違いないであろう。
ふと父であるハーディンのことが頭によぎり、父がノルアードの立太子の取り消しを悲しむ姿が目に浮かんだ。
ハーディンはノルアードの立太子に尽力してくれた。国王にかけあい、公爵としての地位を如何なく発揮し、やっと立太子にこぎつけたのである。それが白紙に戻りラスティグたちも大いに落胆したが、もしかしたら父はそれ以上であったかもしれない。
ノルアード王子の存在を世に知らしめるのは、ストラウス公爵家にとっていい事ばかりではないのだ。いつか茶会で噂されたように、ストラウス家には口に出してはならない秘密がある。
暗黙の了解として公爵家に秘匿されている事実の中身については、父であるハーディンがはっきりと言明したわけではない。
だが、ラスティグとノルアードはその父が口に出さない秘密を知っていた。
その事実は少なからずノルアード王子と、実の父親である国王陛下との間に大きな溝を作る要因となっていた。しかしその確執を覚悟の上で、ノルアード王子は次期国王の地位を望んだのだ。
彼の覚悟とその想いを胸に、王女の護衛について、さらに気を引き締めるラスティグであった。
離宮は王城よりもずっと小さいが、田園地帯にある城ということもあり、どこか素朴さのある過ごしやすそうな居城であった。
西隣にはロヴァンス王国との国境にある鬱蒼とした森が広がっており、南側には大きな湖がある。豊かな自然に囲まれたその離宮は、景観に溶け込むように設計されており、とても美しかった。
煉瓦を積み重ね作られた壁には、蔓薔薇が美しく這っている。ちょうど花の時期なので、白やピンクの小さな房咲きの薔薇が城を彩っていた。
城の中は、煉瓦と無垢材の木が、美しく組み合わさり建てられていた。城はかなり古いのか、所々新しい木材で修繕された跡が見受けられる。
それぞれの居室に通され荷を解くと、すでに外は暗くなっていた。
離宮に務める侍女が、夕食の準備ができたと呼びに来たので、皆で食堂の方へ移動した。
食堂には数十人ほどが座れるテーブルがあり、すでにエドワード王子や騎士団長のラスティグがいた。
「ようこそ、わが城へ。ささやかながらおもてなしさせてください」
そういってエドワードは甘く微笑んだ。戸惑う護衛騎士たちの分の料理もどうやら用意されているようだった。
席へつくと次々と料理が運ばれてくる。アトレーユの部下たちは、一応貴族の出身の者もいるが、普段はこのように豪華な料理は口にしないため、皆目を丸くして、料理を凝視している。
そんな護衛隊の様子を見たエドワードはクスリと笑うと、気遣うように言った。
「どうぞ遠慮なく召し上がってください。お口に合うかどうかわかりませんが」
てっきり揶揄されるかと思っていたが、そんなそぶりはなく普通に食事を楽しもうといった感じである。
アトレーユは慣れた手つきで、侍女が運んできた王女の料理を手にとると、毒見をした。王女もいつものことであるので、そのままアトレーユの毒見を待っていた。その慣れた二人の様子に、エドワードは苦笑しているようだ。
「毒などはいっておりませんよ。ご安心ください」
エドワードの言葉を気にすることなく、そのままアトレーユは自分のやるべきことに徹した。代わりにキャルメ王女がエドワードの相手をする。
「私の騎士はとても心配症で過保護なのよ。お気を悪くされてないといいのですけど」
そういって蜂蜜のように甘い笑顔を見せた。
自国では毒見役は別の者がいるが、常に王女についているわけではないので、アトレーユがこうして王女の毒見役をすることもしばしばあった。
顔色を一切変えず、あくまで王女の護衛としての立場をくずさず、アトレーユは食事をした。他の護衛達はここぞとばかりに、料理をむさぼっているようだが。
「そういえばそちらの護衛隊長殿は、姫君とはどういったご関係なのですか?」
突然エドワードがアトレーユの方へ視線をむけて言った。アトレーユはピクリと片眉を動かしたが、すぐに動揺を鎮め何事もなかったかのよう努めた。
「……どうとは?私の騎士であり、大事な従姉妹ですわ」
キャルメ王女は訝しむようにエドワードを見て、事実だけを述べる。
「そうですが。大変親しそうなので、恥ずかしながら少々嫉妬してしましましてね。従兄弟殿とは存じませんでした」
そういっても王子のアトレーユに向ける視線にはどこか、意味深なものが含まれているような気がした。
「しかしこのように麗しい騎士殿がお側にいて、良からぬ噂などたたないものでしょうか?殿下の御身を思えば少々過保護も過ぎるのではないかと」
アトレーユが女性であるということを知らない人から見れば、そう思われても仕方ないのが実情だ。しかし、エドワードは先ほどの馬車での一件でアトレーユが女性であると気づいたに違いない。
その上でこの言葉の意味することはなんであろうかと、アトレーユはエドワードに紫の瞳を向け注視した。




