1章19話 平行線の話し合い
場所を変えて、王女たち一行は、大きなテーブルのある一室へと通された。
重厚なテーブルと、背もたれの高い椅子がズラリと並び、窓の一切ないその部屋は、物々しい雰囲気だ。
王太子や、王子たち、騎士団の面々がそろって席についていた。部屋の隅や、出入り口には騎士団の兵士が配置され、重苦しい空気が漂っている。
騎士団長のラスティグが、その重い沈黙を破って、話し始めた。
「まず初めに、王女殿下の元に出入りしていた商人というのは、どういう男なのですか?」
王女が答えるよりも先に、アトレーユが淡々と返す。
「王女殿下の懇意の商人ではない。私が懇意にしている商人だ。チャンセラー商会のもので、調べればすぐにわかる。我がポワーグシャー家御用達だからな」
淀みなくアトレーユは答えた。それも当然である。その内容はすべて事実であるのだ。しかし、その商会が諜報活動を担っていることは、勿論秘密である。
ロヴァンス王国は商業の非常に盛んな国なので、商会が他国へと出店していても、何らおかしくはない。だから、いくら疑われようと、ボロが出ないように、偽装は完璧にしてあった。それに彼らの調べが、チャンセラー商会に及べば、ポワーグシャー家の兄たちへ、今の我々の状況が伝わるだろう。そのほうがこちらとしても、都合がいい。
ボロを出さないアトレーユを、苦々しい表情で見つめたラスティグはさらに続けた。
「では、その商人がリアドーネ嬢を攫ったということですが、何か心当たりは?あなた方は関わっているのですか?」
この言葉にすかさずアトレーユは反論した。
「待ってくれ。その商人を見たといった人物だが、どうしてそれが数多くいる商人の中で、私が懇意にしている商人だとわかる?知り合いなのか?よほど特徴のある者ならいざ知らず、あの男はこれといった特徴のない男だ。知り合いでもなくて、見かけただけでわかるなど、おかしいではないか」
このアトレーユの言葉にラスティグは確かにそうだと思った。
件の商人を見たことはないが、わざわざ王女の元に出入りしている商人など覚えているだろうか?すでに侍女たちに話をきいたが、どんな男であったか、あまり覚えていないというのがほとんどであった。
言葉を詰まらせたラスティグに、アトレーユはさらに続ける。
「確たる証拠も無しに、ロヴァンスの王女殿下に疑いをかけるなど、言語道断。このことが我が国に伝われば、皆黙っていないだろう。ラーデルスの地を焼け野原にすることなど、我が国にとっては、他愛もない事だと、肝に銘じておいていただきたい」
アトレーユはラーデルスの面々を祖国の軍事力にものをいわせて、彼らを脅した。
いや、これは単なる脅しではない。もし本当に、王女が捕まるようなことになれば、兄達は黙ってはいないだろう。ポワーグシャー家の総力をもって、この国を潰すに違いない。少しでも馬鹿な考えは持たないように、脅しておくのが彼らのためである。
しかしここで、その脅しに屈しない一人の男が声をあげた。リアドーネの幼馴染のサイラス王子だ。彼はその灰色の髪を振り乱し、眉間に思い切りしわをよせ、苦悶の表情で食い下がった。
「侍女から受け取ったという手紙はどう説明する!?リアドーネをかどわかした者からの知らせではないのか!?」
怒りと不安で、部屋の外にまで聞こえるかのような大きな声で叫んだ。国同士が戦になることなど、理解できないほど、リアドーネ嬢が心配のようだ。
アトレーユはそれを哀れみの眼差しで見つめたが、この場でナイルの事を正直に話すことはできない。
もし、犯人の一味がこの場にいて、ナイルがどういう存在であるか知られれば、処分されかねない。いや、最悪の場合、王女に罪を着せられるかもしれないのだ。
「手紙はいつものことなのです。差出人のわからない手紙が送られてくるのは」
落ち着いた声で答えたのは、王女のキャルメだ。
「どういうことです?」
訝しんで、ラスティグが王女に向かって聞いた。
「簡単なことですわ。私やアトレーユに対して、想いを寄せるような内容の手紙を、どこかの人物が送って寄こしますの。我が国では侍女が事前に調べて、手元に届ける前に処分するのですけど、この国ではそうもいきませんでしょう?」
にこりと甘い表情で微笑んだ。その微笑みを見れば、先ほどの話しも納得できるというものである。
「で、その手紙は今は?」
王女がうまくかわしたが、手紙をみるまでは、その話を信じられないといった様子で、騎士団長は凄んだ。
「私が処分した。殿下に見せるほどのこともない、くだらないものだったので、中を見てすぐに火にくべた。見せられるのは残った灰だけだ」
そういうアトレーユの言葉に、他の護衛騎士たちも頷いている。事実、この国に来てからも、アトレーユ宛の恋文らしきものはちらほら届いてはいたのだ。その度にアトレーユ自身が処分をしていた。
これを聞いて、怒りに打ち震えたのはサイラス王子である。進展のない捜査に、その表情には、疲れと焦燥が色濃く出ていた。
「し、しかし!本当かどうかはわからないではないか!怪しいものは徹底的に調べなければならないだろう!?」
その必死の訴えに素直に賛同する貴族はいなかった。先ほどのアトレーユの脅しが効いているのである。一貴族の娘と、一国の王女とでは、天秤にかける重さが違いすぎるのだ。
しかし、サイラス王子の言うことも一理ある。疑わしい姫君をこのまま城に置いておいておくのは、問題があるのでは?という声も上がっている。
その様子を苦々しく思いながら、アトレーユは彼らを観察していた。
取り乱すサイラス王子を宥めるナバデ―ル公爵。エドワード王子は不謹慎にもそれをさも面白そうな表情で見ている。王太子のノルアードは感情を表にださずに沈思している。騎士団長のラスティグは、終始難しい顔をしていて、この状況にいら立っているようだ。
一向に解決に向かって話の進まない様子に、ついにサイラス王子が乱心したのか、椅子を倒す勢いで立ち上がると、王女に向かって詰め寄った。隈の浮き出た目が血走り、ものすごい形相だ。
すぐさま脇で控えていた騎士団の兵士たちが、サイラス王子を取り押さえた。ジタバタともがくサイラス。何か叫んでいるが、言葉にならなかった。皆、そんな第2王子の姿を直視できないようで、顔を背けている。
重苦しい空気が漂う中、一人の人物が口を開いた。
「王女殿下には、いったん王城から下がっていただき、どこか離宮に滞在していただいてはどうでしょうか。証拠がないとはいえ、無実である証拠もないのですから。このまま城におられても、嫌疑の目を向けられるばかりで忍びない」
そういってこちらに笑みを向けたのは、ナバデ―ル公爵だ。さも、こちらの為という姿勢であるが、単なる厄介払いのようにも聞こえる。
しかしこの提案に難色を示したのは、ノルアード王太子である。
「隣国から招待した王女をそのように扱うなど、失礼であろう。今は警備を厳重にするべきで、城から離れるのは得策とは言えない」
珍しく眉間にしわを寄せ、難しい顔を見せた。
しかし、ナバデ―ル公爵も引き下がらない。
「このようにバタついている時だからこそです。王城のように騒がしい所より、静かで安全なところにお連れしたほうがいいのでは?」
王女たちの意見を聞くことなく、話は進んでいく。王女や護衛たちはただ、傍観しているより他になかった。
そこへ、部屋の外から、バタバタと慌ただしく走ってくる音がした。




