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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
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カラスのデート・前編

「服、どうしようかしら」


 クローゼットを前にして、カラスは迷っていた。


 クロネコはヒゲン侯爵と話をつけて、爵位を購入できることになったらしい。

 彼のことだ、何か上手いこと策を講じたのだろう。


 そこで満を持してカラスはクロネコをデートに誘った。


 彼は「借りは返す主義だ」と二つ返事で受けてくれた。

 借りを返すためというのが少々癪ではあるが、忙しい彼の時間を丸一日独占できると思えば悪くはない。


 そして今日は、ついにデートの朝……なのだが。


「多分だけれど、色気を前面に押し出すのは得策ではないわよね……」


 色気がクロネコに功を奏さないことはすでに実証済みだ。

 彼がそんなものに惑わされない人間であることを嬉しく思う反面、自分の魅力が不足しているのではないかと落ち込む部分でもあった。


「だとすれば清楚系かしら。でもワンピースはリンガーダ王国のときに着たから、ワンパターンな女と思われるかも……」


 そういうわけでカラスは朝から下着姿で、クローゼットの前をうろうろしている。

 そして服選びでこれほど悩むのも久しぶりだなと、ある意味で新鮮な気持ちになっていた。

 彼女は何を着てもそれなりの見栄えになるという自覚があるので、普段はそこまで時間をかけないのだ。


「……彼の女性の好みがわからないのが致命的だわ」


 そうなのだ。

 そもそも他人に興味のない彼が、女に興味があるかどうかも定かではないが、とにかくどんなタイプの女が彼の琴線に触れるのか見当がつかない。


 色気は効果がない。

 清楚系は、リンガーダ王国でのデートの際の反応を見る限りよくも悪くもなかった。

 ボーイッシュ系は……彼が子供っぽい女に興味を示す図が想像できない。

 ギャル系も同様だろう。

 ゴシック系の服は持っていない。


「……」


 清楚なスタイルで行くことにした。

 というか消去法でこれしかない。


 そうと決まればカラスの準備は早い。

 クローゼットから淡色系のフレアスカートを取り出して身につける。


「上着は……」


 やや迷ったが、襟元が広めの薄手のニットを選んだ。

 清楚一辺倒ではなく、ごくさり気ない色気を混ぜることで、男はふとした瞬間にドキッとするものだ。

 たぶん。


 化粧は薄くていい。

 清楚なコーデに厚化粧など質の悪いジョークだ。


 長い金髪を梳く。

 この髪は彼女の自慢だ。

 手入れを欠かしていないおかげで枝毛もなく、さらさらしている。


 ただし今日は単純なストレートではなく、ふんわり緩やかなウェーブをかける。

 フレアスカートと合わせるのだ。


 鏡の前で全身を確認して、くるりと一回転する。

 スカートがふわりと揺れた。


「……うん」


 カラスは満足した。

 我ながら完璧だ。


 育ちの良い庶民の娘といった風体だが、クロネコとの釣り合いを考えればこれくらいが妥当だろう。

 どうせ彼はそこまで外見に力を入れてこないに決まっている。

 コーデというのは独りよがりではなく、パートナーとのバランスまで考えてこそなのだ。


「さて、行きましょう」


 バッグを肩に掛け、カラスはアパートメントを出た。






「ようよう、そこの金キラお嬢さん。俺っちとモーニングティーでもどうだい?」

「ごめんなさい、デートの約束をしているの」


 カラスは大通りでナンパを断っていた。


 何が金キラか。

 髪を褒めてくれているのだろうが、成金みたいな表現はやめてほしい。

 あと俺っちはない。


 ナンパ男は名残惜しそうにしていたが、カラスはさっさとその場を立ち去る。


 迂闊だった。

 我ながらいい感じのコーデに仕上がったと思うが、そのせいかナンパが鬱陶しい。

 まだ昼にもなっていないのに元気なことだ。

 いや、時間は関係ないのだろうけど。


 緩やかな金髪をなびかせて、フレアスカートを揺らしながら歩くカラスは、確かに人目を惹く。

 大通りを歩いていると、普段よりも周囲の視線を感じる。


 女としての魅力を再確認できて悪い気分ではないのだが、あまり注目を浴びるのもよろしくない。

 あくまでカラスは裏社会の人間なのだ。


 とはいえ今日くらいは許してほしいと思う。

 何といっても、意中の人と待ちに待ったデートだ。

 カラスの胸は高鳴っていた。


「よう、姉ちゃん。ちょっと俺といいことしようぜ」


 またか。

 カラスは愛想笑いを貼り付けながら振り返る。


「ごめんなさい、デートの約束が……」


 言いかけてカラスの表情が引きつる。


 ナンパ男はやたらガタイがよかった。

 見上げるほど背が高く、筋肉ムキムキだ。

 そしていかにもガラが悪そうだ。


「そう言わずによお。ちょっと茶の一杯でも付き合ってくれりゃあいいんだよ」

「ええと……」


 顔を近づける筋肉男に、カラスはじりじりと後退する。

 勘弁してほしい。


 カラスは周りを見回す。

 しかし通行人たちは皆、視線を逸らすばかり。


 それはそうだろう。

 誰だってこんな筋肉の塊とお近づきにはなりたくない。

 殴られて怪我をしたくないし。


 どうしよう。


 カラスも裏社会の人間として、護身術程度の嗜みはある。

 ただそれが、この筋肉ダルマに通じるかというと……。


 それに何より、服が汚れたり破れたりしては困る。

 彼女はこれからデートなのだ。


「俺は気が短けえんだ。四の五の言わずにさっさと付き合えよ」

「痛っ……」


 筋肉男に腕を捕まれ、カラスは顔をしかめた。


 仕方ない。

 この場から逃れることが先決だ。

 服の汚れや破れは諦めよう。


 でも朝からあれこれ悩んだのになあ。

 せっかくのデートにボロボロの服で赴いたら、彼はどんな顔をするだろう。

 今日に限って、何でこんなことに……。


 カラスは悲しくなった。


「ぎゃああああ!」


 突如、筋肉男が悲鳴を上げた。

 カラスの腕が解放される。


「え……あ」


 カラスが見上げたその先には、まさに今から会いに行く意中の人――クロネコが立っていた。

 彼は筋肉男の腕を捻り上げている。


「俺の連れに何か用か?」


 冷えた視線に晒されて、筋肉男が脂汗を流す。


「て、てめえ! いいどきょ……ぎゃああああああ!」


 筋肉男の腕がぎりぎりと軋みを上げる。

 今にも折れそうだ。


「わっ、わかった! 俺が悪かった……! か、勘弁してく……いぎゃああああ!」


 クロネコはひとしきり男の腕を痛めつけると、解放した。


「失せろ」

「ひっ、ひいいいいい!」


 筋肉男はドタドタと走り去った。


「く、クロネコ……」

「怪我は?」

「だ、大丈夫だけれど……。どうしてここに?」

「待ち合わせ場所に向かう途中で、お前を見つけた」


 相変わらず無愛想なクロネコ。

 いつもと変わらず、上から下まで黒い格好だ。


 でも髪がちょっとだけ、普段より整っていた。


 そしてクロネコは、危ないカラスを助けてくれた。

 おかげで服も無事だ。

 かっこよかった。


「悪くない」

「え?」

「服だ」

「……!」


 カラスは嬉しさのあまり、クロネコの首に抱きついた。


「クロネコ、ありがとう」

「ああ」


 彼はカラスの好きにさせている。

 それは少なくとも、邪険にはされていないということだ。


 デートの前から一悶着あったが、そのおかげでカラスは改めて自覚した。

 ああ、やっぱり自分はこの人が好きなんだな――と。

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