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暗殺100人できるかな 第二部  作者: 湯のみ
第2章 ― 爵位編 ―
12/41

2人の朝はブラックで

 モモを処分してから数日。


 暗殺者ギルド内の食堂で、クロネコは朝食を取っていた。

 ここは値段が手頃で味も悪くないが、代わりに給仕はセルフサービスだ。


 クロネコは黒パンと肉野菜のスープ、フルーツを平らげる。

 食堂内を見回すと、同じように朝食を取る情報員の姿がちらほらと窺えた。


 その情報員たちは例外なく、クロネコのほうを意識している。

 確かに彼がこうして食堂に姿を現すことは珍しい。


「ハロー、クロネコ」


 顔を上げると、トレイを持ったカラスがいた。

 リンガーダ王国での仕事以来、同じ依頼をこなすことはなかったため、ずいぶん久しぶりに顔を合わせたように思える。


「相席しても?」

「ああ」

「ありがと」


 カラスはテーブルにトレイを乗せると、優雅な仕草で腰を下ろす。

 柔らかそうな金髪が目に映える。


 彼女は相変わらず、すらりとしたスタイルをしている。

 それでいて出るところはきちんと出ているのだから、食堂にいる他の女性情報員がカラスのことを羨むような目で見ているのも、無理からぬことであろう。


「はい」


 カラスが湯気の立つコーヒーカップをクロネコのトレイに乗せる。


「何だ?」

「好きでしょ? 食後のコーヒー」

「よく知っているな」

「あなたの好みだもの」

「そうか」


 打っても響かないクロネコの受け答えに、カラスは胸中でちょっとしょんぼりした。


「うむ」


 カップを口に運んだクロネコは満足した。

 やはり朝のコーヒーはブラックに限る。


 そして満足しているクロネコを見ることができたので、カラスはまあいいかと気を取り直した。


「最近はどう?」

「悪くはない」

「ということは、新人の教育も順調なのね?」

「いや、モモは処分した」


 カラスは目をぱちぱちさせた。


「素質がなかったの?」

「身体的にはあった。運動神経がよかったからな」

「ということは?」

「価値観を矯正して使い物になるまでに、手間と時間がかかりすぎると判断した」

「……そう」


 クロネコは何らかの判断を下す際に、支払うコストにリターンが見合うかどうかを重要視する。

 モモンガのケースでは、一人前の暗殺者が一人出来上がるというリターンよりも、支払うコスト――つまりは手間と時間のほうが上回ると考えたのだろう。


 リンガーダ王国でクロネコと一緒に仕事をしていたとき、カラスは失態を犯して敵に捕獲されたことがある。

 その際にも、クロネコはやはりコストとリターンを天秤にかけた。


 カラスが救出してもらえたのは、ひとえに彼女が経験を積んだベテランの情報員であり、助けたほうが将来的なリターンが大きいと判断されたからだ。

 仮に彼女が新米の情報員だったならば、口封じのために処分されていた可能性が高い。


 もちろんカラスはそれを踏まえて、クロネコが自分を救出してくれるほうに賭けたわけだが、今考えても危ない橋を渡ったものだと思う。

 彼女は命がある幸運と、それをもたらしてくれたクロネコに、心の中で改めて感謝した。


 カラスは周囲に聞こえないよう、声を落として言葉を続ける。


「でもあなた、相当稼いでいると聞いているけれど」

「ああ」

「まだ爵位は買えないの?」

「それくらいの金は貯まっている」

「えっ、ほんと?」


 カラスはまた瞬きをした。

 細かい値段は定かではないが、確か爵位の購入には相当な額の金貨を積まねばならないはずだ。

 大商人でもぽんと出せる金額ではない。


「でも、じゃあ、買わないの?」

「爵位だけ手に入れても意味はないからな」

「ああ……。目的は土地だものね」


 この大陸にある多くの国がそうであるように、キャルステン王国でも土地の保有は王族と貴族にのみ許された特権だ。


 例えば農業を営む農民たちは、その土地を管理する地方貴族から農地を借り受けているに過ぎない。

 彼らはその土地を使って農業に従事できる代わりに、毎年、貴族に借地代を払うのだ。


「ふと思ったのだけれど、爵位と土地って買わないといけないの?」


 カラスの疑問に、クロネコは訝しげな視線を向ける。


「いえ。あなたなら、何か適当に非合法な手段を使って土地くらい手に入れられないのかなって」

「ほう」

「……何、そのお前にしては考えたなみたいな顔」

「気のせいだ」


 クロネコはコーヒーを口に流し込むと、一息つく。


「具体的な案はすぐには浮かばないが、考えれば非合法な手段の一つ二つはあるだろう」

「でも、やらない?」

「ああ。考えれば理由はすぐにわかる」


 カラスはさらさらの金髪を後ろに流すと、しばらく首を傾げる。


「……ごめんなさい。わからないわ」

「俺が土地を買うのは何のためか、以前話をしただろう」

「孤児や浮浪児を教育する施設を作るためでしょ?」

「そうだ」


 こうした明確な目的を持って金を稼いでいるクロネコに、カラスは敬意を抱いている。


 ただカラスには、孤児や浮浪児に何かをしようという意識はないため、この目的に対して共感はできていない。

 これはきっと孤児として生まれ育った人間にしかわからないのだろうと、カラスは考えている。


「その教育施設で働くのは誰だ?」

「それはもちろん、あなたが見つけてきた教師として適性のある人……あっ」


 思い当たったカラスを見て、クロネコはゆっくりと頷いた。


「確かに、そうよね。実際に働くのはごく普通の一般人なのだから、彼らが働く場所は合法的な土地じゃないと」

「その通りだ。非合法に手に入れて、後々ケチがついては彼らが困る」

「なるほど……」


 言われてみればその通りだ。

 逆に考えれば、爵位と土地を合法的に購入すれば、その土地をどんな目的で使おうがどこからも文句は出てこない。


「じゃあ、土地を買うまではまだ長い道のりね」

「そうでもない」

「えっ、もう目処が?」

「ついている。あと数回も大きな依頼をこなせば、必要額は貯まるだろう」


 カラスは感心と呆れの混じった視線を向けた。

 彼がこのギルドの稼ぎ頭であることは周知の事実だが、それにしてもいったいどれほど稼いでいるのか。


「ところで買う予定の爵位って?」

「最下位の士爵だ。金を積んで買えるのはそれだけだからな」

「ふぅん……。そういうお金で買える爵位って、どんな人が買うの?」


 カラスは疑問だった。

 金貨を積んで買えるような爵位に、いったい何の価値があるのかわからないのだ。


「例えば一部の大商人が購入することがあるそうだ」

「何のために?」

「一つは箔付けだ。爵位持ちというだけで凄そうに聞こえるから、商売に有利になる」


 確かにそれはカラスにも理解できる。

 何となく凄そうなイメージがつくだけで、商品の売り上げは変わるものだ。


「他にもあるの?」

「形だけとはいえ貴族の仲間入りをするわけだから、社会的な信用度が向上する」

「なるほど」


 貴族というだけで人は信用する。

 なぜなら貴族階級とは、他ならぬ国王の後ろ盾がある人々のことだからだ。


 そして信用というのは、商売人にとって最も重視すべき点だ。

 そう考えれば、爵位を持つ商人というのは非常に有利といえる。


「でも意外というか、あなた、爵位について詳しいのね?」

「自分が購入するものについて、きちんと調べるのは当然のことだ」

「それはそうね」


 たまによく調べもせず衝動買いをしてしまうカラスには、耳の痛い話だ。


 カラスはしばらくクロネコを見つめると、くすっと笑った。


「何だ?」

「あなたも貴族の仲間入りかあ、と思って」

「クロネコ士爵だぞ」

「ぷっ……」


 可笑しそうなカラスに、クロネコは憮然とした。


 だがともかく、目標額の達成は近づいている。

 クロネコのモチベーションは普段から振れ幅が少ないが、そんな彼にしては珍しくやる気に満ちていた。


 そしてそんなクロネコを眺めながら、カラスは自分に損のない範囲で、助力を申し出てもいいかなと思っていた。

 例えば必要な人材を集める際に、情報員として活躍してきたカラスのコネは役に立つだろう。


 何より、また彼の側で仕事をしたいのだ。

 暗殺の依頼ではなくとも、カラスの力がクロネコの目的達成の一助になれば、彼女としては嬉しかった。


 そんなことを考えていると、クロネコと目が合った。


「どうしたの?」

「必要があれば、お前の力も借りるかもしれん」

「えっ」

「もちろん、適宜報酬は支払う」

「そ、そう……」


 まさに考えていたことを言い当てられて、カラスはどぎまぎした。

 胸に手を当てて落ち着く。


「報酬が出るなら、手伝わざるを得ないわね」

「不満か?」

「いいえ」


 カラスは微笑んだ。

 むしろ嬉しい。


「他ならぬあなたの頼みだもの」

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