星落とし
けたたましく響くラッパの音とともに、敵兵が一気に退いていく。それはまるで何かの襲来を合図するかのようだった。
嫌な予感がしてチャムは青髪を揺らして周囲をつぶさに観察する。すると敵陣の中を兵士の波に逆らうように複数の大型馬車が突進してきているのが見えた。
「焔熱の星よ! 全軍、退避ー!」
欠片の逡巡もなく彼女は大音声を張り上げた。
焔系統は元々ゼプルの魔法である。その必要構成量は彼らが一番知っているのだ。
その発展型であの威力だととするならば、ひと一人の魔法演算領域には収まらない。必然的に相当な大きさの魔法陣を必要とするのはすぐに割り出せる。それにしたところで魔法陣に注入しなければならない魔力量は常識を越えた量になる。
魔法陣もかなり大きな布に刻印塗料で描くか、大型馬車の床面にでも刻印するしかない。それらを鑑みて敵兵の動きを加味すれば、その大型馬車は焔熱の星が刻印されているものだと即座に分かる。
「攻撃準備!」
「攻撃準備完了です! いつでもどうぞ!」
エルフィン隊はチャムに従って残っている。命じればすぐに応えた。
早くも抜け出してきた馬車は、炎に包まれると同時に真っ二つに割れた。カイが光条で薙いだのだ。
「近場は僕とフィノで潰すから、チャムは出発して」
パープルを駆けさせてきた青年が告げてくる。
「お願い、やっぱり処理に手間が掛かりそう」
「みたいだね」
燃え上がる馬車からは人が転げ出てくる。中に隠れていたようだが、遠隔魔法攻撃から馬車を防御する為の魔法散乱用の魔法士が乗り込んでいたようだ。怖ろしい事に彼らは死を承知の上でいるらしい。
炎槍が一台の馬車に集中する。防御膜に掛かって消え失せるが魔法散乱も揺らぐ。そこへフィノの爆炎星が炸裂して四散した。
フィノほどの魔法士でも一台を処分するのにそれなりに時間が掛かってしまう。彼女と平行してカイが馬車を撃破していくしかない。
遠方は二千のエルフィン隊を率いているチャムが主になって処理していく。対処法は打ち合わせてあった。
「総員、続け!」
彼女の掛け声でエルフィン隊は人の居なくなった戦場を横断する。
「魔法隊狙え! 撃てー!」
接近する数台に複数人が魔法を放つ。魔法防御が消耗したところで、中から魔法士が出てきて魔法散乱を掛け直そうとする。
「弓隊、射てー!」
一斉に放たれた矢は一直線に飛び、魔法士を針山のようにして射倒した。
「再攻撃!」
再び放たれた魔法が馬車を破壊する。
この工程を繰り返しつつ駆け抜けたエルフィン隊によって焔熱の星の発現は阻止された。
(何とか済んだわね。あんなとんでもない魔法を使わせて堪るものですか)
役割を果たせてチャムは一息吐く。
しかし、彼女はこれがディムザの時間稼ぎだとは気付いていなかった。
◇ ◇ ◇
「しめたぞ! マンバス、見ろ! 青髪はあの位置だ!」
ディムザはその僥倖を手を打って喜んだ。
彼女は戦場を横断して正規軍から見て右翼側、北の端辺りまで移動している。
彼も焔熱の星による攻撃が成功するなどとは考えていない。カイの事だから、すぐに意図を察して馬車は破壊されるだろうと思っていた。
ところが安全策をと思ったのか、阻止に動いたのは四人と森の民の一団だけ。大型馬車は残らず撃破されたものの、チャムを戦場の端まで追いやる結果を生み出した。
青髪の叔母の一件は彼らもディムザの責任は小さいと考えていたらしいし、そう明言もしている。それでもさすがに女王本人に傷の一つも付ければ、神使の一族とは完全に敵対関係に陥ってしまうだろう。
例えこの戦争に勝利したとしても、今後は国際関係の逆風の中で非常に困難な舵取りを強いられてしまう。そんな理由があって、適うならばゼプル女王をカイ達から切り離した状態で包囲に入りたかったのだ。
「こんな好機は他にない! 一気に攻め立てるぞ! 彼女を仲間のところへ戻すな!」
ディムザは立ち上がって全軍前進を命じた。
◇ ◇ ◇
ところ変わって帝都ラドゥリウス近傍。そこへは大軍が迫りつつあった。
無論、ラムレキア軍である。
休戦中にフーバを焼かれた王妃は激怒し、長期休養を許可して故郷に戻っていた兵士まで再呼集を掛けて掻き集め、十八万の大兵力を備えて国境を一気に越えると攻め上ってきたのである。
カイが西部連合軍を率いて新皇帝と対峙しているのは聞いているが、それでは彼女の腹は治まらない。
「まあ、滅茶苦茶腹立ってんだけど……」
勇者王ザイードは幾度となくこの愚痴に付き合わされている。
「吐き出そうにもチャムはあんな悲惨な目に遭っているじゃない? あまり気易く文句を言い合う訳にもいかないわ」
「ふむ、致し方あるまいな。少し我慢しておけ。いずれ魔闘拳士がディムザの首を刎ねる」
「そうよね。その時まであたしのストレスは取っておくわ」
アヴィオニスは不満げに口を曲げているが、辛抱する気はあるらしい。
エカエンテ平原まで南下してきたラムレキア軍を阻む軍勢はいない。ただ、遠目にも帝都の街壁上には帝国兵が鈴生りになっていると確認出来る。
「こいつら、完全に籠城戦に入る気みたい。まさか刃主が魔闘拳士を倒せるとでも思ってるんじゃないでしょうね?」
チャムが時折り無意識に零す情報から王妃は、カイがどんな局面でも本気を出していないのだと推測している。
「勇者じゃないと対抗し得ない闇の眷属とも渡り合うような拳士を倒せる訳ないじゃないの」
「分からんぞ。刃主とてどこまで本気を出しているかは明らかでない」
「なに? 貴方、自分の出番もあると思ってるの?」
悪戯げな笑いを向けてくる妻に苦笑を返す夫。
「そうは言わんが楽な相手ではなかろうと言っている」
「まあね。まず三十万っていう皮を剥ぐところから始めなきゃいけないんだもの。……どうしたの?」
アヴィオニスは指揮戦車の脇に馬を寄せてきた伝令に声を掛ける。表情から緊急性は無さそうだが、報告を上げなくてはならないくらいには対処に困っているようだ。
「申し上げます。東側から接近する軍勢あり」
普通に考えれば大事だ。なのに切羽詰まった感じはない。
「どんな相手なの?」
「確認し得る限り、全てが獣人です。おそらくはコウトギの軍勢かと?」
「ん? カイが呼び寄せたって話は聞いてないわよ? でも、東からって事は間違いなさそうね。使者を送ってくるようならすぐにお通しなさい」
「了解致しました」
予想通り、彼らに気付いた軍勢はすぐさま使者を送ってきた。
豹の獣人らしい猛々しさを感じさせる容姿の男は、しかして冷静に夫妻に頭を垂れる。
「ラムレキア国王とお見受けする。私はオーグナ。コウトギより来た」
牙の覗く口からは太く響く声が流れてきた。
「ご苦労である。しかし、貴国からの出兵は聞いていない。何事か?」
「我ら有志の軍。危急の際と聞き、多くの郷より勇士を集めてはせ参じたものなり」
「ほほう? そんな事情であったか」
聞けば神使の誘拐事件を交易で出入りするエルフィンから聞き及び、それぞれの郷から有志を募って参戦準備をしていたらしい。彼らの導き手である魔闘拳士の属する国の王族への蛮行を腹に据えかねたと言う。
そこへフーバの件も耳に入り、呼応してコウトギ山脈を降りて集結したのがこの軍勢という訳だ。
「見るに帝都を攻める軍と思われる。我らの加勢、お受けいただけようか?」
豹獣人は瞳に義憤を宿して訴え掛ける。
「手伝ってくださるの? ありがたいわ。配置の相談、させてもらっていい?」
「貴女に従おう」
下と見ない発言にオーグナは礼で応じた。
コウトギ義勇軍二万がラムレキア軍に合流して街壁を目指す。
魔法発現阻止戦の話です。焔熱の星の発現を阻止する下りからチャムの移動、帝都局面の展開でした。使うも阻むも、落とすと言えなくもないのでこのタイトル。そして、ラムレキアも黙っている訳ありません。休戦に油断したところへ寝耳に水でしたから。




