ゼプルの糾弾
麗人が静養に時間を要する間にカイは動き始める。
騒動の後、相当に慌てたのか離脱する神至会の足取りを追うのは難しくなかった。
さすがに昼間は避けたようだが、夜更けになって多数の馬車が教会から出てくるのを目撃されている。まだ酔客が街をうろつく時間帯だ。聞き込みで、どちらに向かったのかも確認させてもらった。
街道に出てからも、馬車隊の構成から問えば多くの証言を得られた。そこから行き先を想定するのは容易だ。出発してからも聞き込みを続けると、一行は帝都方面に向かっている。一度態勢を整えるつもりか?
何にせよ、先回りは可能なようだ。四人は仕掛けの段取りに入る。
「どこで仕掛ける? リアム様を直接狙うなら街中のほうが良いがよ、夜との戦闘は人の多い場所は避けてえな」
街中なら徒歩移動もあるので姿も確認出来ようが、馬車となるとどの客車に乗っているかは判別出来ない。
「軽く当たってみて、守りの固ぇとこを狙う手もあるが確実じゃねえしな?」
「そうだね。組織でも上のほうの人がいればそこも守りが固いだろうし、確定は難しいかな」
「兵士さんと違って魔法士は男性女性の割合に差が出ませんもんねぇ?」
体力的な負担を考えて、女性に割り当てる馬車の構造で見分けるのも無理そうだ。
「やっぱり私一人が出て、一芝居打つのが確実でしょ?」
「仕方なさそうだね」
溜息を吐きながらもカイは賛同した。
◇ ◇ ◇
「やっと捕まえたわよ!」
エジア湖のある高山近くまで南下した街道上で馬車列の前に青い騎鳥とともに青髪の美貌が走り込んでくる。御者達は慌てて停車させるが不審には思わない。彼女は数陽前に襲撃を掛けて捕らえるも、奪い返されてしまった相手だ。
「もう一度リアム叔母様に会わせなさい。問い質さなければいけない事が有るわ」
腰の剣に手を掛け、力づくでもという風情だ。
「仲間はどうした?」
「騙して置いてきたわよ。そうでもしなきゃ、あんた達、叔母様を人質にして逃亡を図るでしょ?」
言う事は理に適っているが、簡単に信じるほど間抜けではない。魔法士の男は緑の鉢金の間者を従えて前に出る。
「聞けんな。拘束させてもらおう」
「ふざけないで」
取り囲もうとする夜の会に抜いた剣を突き付け、装着した盾の射出口を向けてくる。
「分からない? こっちも一人で来たって事は命懸けなの。要求を聞き入れられないなら武力に訴えさせてもらうだけ」
「反応は?」
「有りません。本当に一人のようです」
サーチ魔法の使い手に確認させるが反応は無いようだ。
剣気を収めないチャムをしばらく観察したが引く気配もない。諦めて顎をしゃくって合図すると、馬車の中の一台からリアムが付き添いとともに顔を見せた。
「リアム叔母様、お聞かせください。どうしてゼプルを裏切ったのですか?」
ナトロエンはただ女剣士を見続ける。
「……どうしたの、チャム。わたくしの言う事が聞けないのですか? こちらの方々に協力しなさい」
「その前に納得出来るお答えをください。私だって里を出た頃の子供ではないのです。頭ごなしの命令など聞けません」
「…………」
強い意志を込められた緑眼が向けられる。一方の緑眼は空虚を示していて男の焦りを誘う。
「わたくしの言う通りになさい。あなたの為ですよ?」
「どうしたのですか、叔母様。もっと理路整然とした方だったはずです」
「…………」
苛立ちが募ってきているのがありありと分かる。
「叔母様!」
その瞬間、ナトロエンを警護していた夜が横様に吹き飛んだ。
◇ ◇ ◇
狙撃リングを限界の三つまで発現させた黒髪の青年は、チャムの様子を観察している。樹の梢から覗き見ているのだが、目標のリアムが姿を現しても麗人からの合図はない。
進み出てきたローブの男やリアムと言い争っているようにも見える。緑に半包囲されている状況に、狙撃したい衝動に駆られるが我慢する。
チャムが盾を持ち上げて振り下ろした。埒が明かないと判断したか?
まずはリアムの周囲から狙撃していき、チャムと被らない位置の敵も排除していく。残りは自分で片付けるはず。
即座に重強化を起動して飛び降り大地を蹴る。50ルステンを四呼で駆け抜け、チャムを取り囲む一人を通り抜け様に吹き飛ばすと、まごついているリアムに迫る。
付き添いの女魔法士は彼女の影に入って身を守る。攻撃出来ないのを完全に読まれている。すると突然、美貌の叔母は剣を取り出して斬り掛かってきた。
「くっ!」
青髪にチャムを連想してしまい間合いを外す。しかし、その斬撃に鋭さなど欠片もなかった。
焦点の定まらぬ視線に緩慢な動き。明らかにまともな状態ではないと感じる。
再びゆっくりと剣を振り上げる彼女の鼻先にジャブを放った。なのに躊躇いもなく振り下ろしてくる。
(驚かないばかりか瞬きさえしなかった)
一撃を躱し、次の一撃を左のマルチガントレットで受けると、泳ぐ左腕を無理矢理掴んだ。組み合った状態で完全に狼狽してしまう。
(これは……。どうして悪い予感は当たってしまうんだ)
「あなた方は!」
怒りに闘気が揺蕩い始める。
「何て事をするんです! それでも人間ですか!?」
怒気を露わにすると女魔法士は委縮して後退りした。
しかし、リアムは何の反応も示さず、再び剣を振り上げては下ろすを繰り返す。左腕を放したカイは、両腕を掲げて受けるだけに終始している。
「止めて! 叔母様、お願い! この人は敵じゃない! 叔母様を連れ帰ろうとしているだけなの!」
夜の会を斬り伏せた麗人はリアムを制止しようとするが、彼女は淡々と青年に攻撃を続ける。
「無駄だ、チャム! 退くよ!」
「どうして? 叔母様を確保しないと!」
「何も出来ない。逆に僕達が危険になる。理由は後で話す。早く!」
疾走してくるセネル鳥四羽とトゥリオ達の姿が見えて参戦の意思が感じられるが、この状況では焼け石に水でしかない。
包囲しようとする間諜と遠巻きに魔法の準備をしつつある敵に、光条発射口を向けて威嚇し道を空けさせる。チャムを抱き上げると擦り抜け、大きく跳躍してパープルの背に着地し、駆け抜けさせる。
「失敗したのか!?」
並走するトゥリオが訊いてくる。
「根本的な部分で想定が違ったんだ。方針を練り直さないといけない。この機会は惜しいけど、無理をすれば誰かが傷付くかもしれない」
「安全策なんですねぇ? では逃げないとですぅ」
「カイ、どうしてなの?」
そうは言うが、彼女は強引に連れ去るのも可能だと感じたのだろう。
「ごめん。君の判断が必要だ。あの状況では相談なんてしていられない」
「信じるわ。私こそごめんなさい」
悲痛な表情を見せる彼に思い直してくれたらしい。
「ごめん」
今のカイには繰り返す事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇
すぐさま赤燐宮に連絡を取り、エルフィンを派遣してもらう。
高山にある帝国北西門を通ってアコーガとクララナがやって来てくれたので、馬車列の追跡を依頼した。居場所だけは確認しておきたかったのだ。
街道を外れてエジア湖のほうへ向かい、ルレイフィアの別邸に立ち寄る。落ち着いて話せる環境が欲しかったのだ。
幸い、邸宅の管理に残っている使用人達はカイの顔を憶えていて、テラスに案内してくれる。彼らは現状も四人の素性も知っていて、もてなしを受ける。気遣いの出来る彼らは深刻な空気を読んで席を外してもくれた。
「落ち着いて聞いて欲しい」
カイは真摯な視線を向けてくる。
「リアム様はもう亡くなっている」
告げられた内容にチャムは打ちひしがれた。
糾弾の話です。再度リアムを確認するも、カイはその様子から事実に気付く展開でした。あれだけ振りをしておいたので、何が起こっているかはお気付きの方も多いかと思います。




