身体強化
「『神々の領域』。あれは明らかに異常な魔法だったわよ。名前からして強化系っぽい感じだけど、どんな効果を及ぼす魔法なの?」
チャムが感じたのは膨大な魔力量。そして、瞬間移動能力。そんな魔法は見た事も聞いた事も無い。
「割と単純。重強化の重ね掛けみたいなものだよ」
重強化を魔法記述に書き起こして刻印化、それを起動音声で任意に起動出来るようにしただけのものだと説明する。ただし、刻印を記したのはカイの固有形態形成場そのものというのが普通ではない点だろうか?
「変じゃない? あなた、変形させない状態で固有形態形成場に手を加えるのは無理だったって言ったわよ」
「言ったね。真っ当な手段では無理だったよ。文字を刻む程度の小さな変化を加えるだけでも、とてつもない魔力量を必要としたんだ」
彼がそれを記述したのは三輪近く前、レンギアに入る少し前に魔力切れを起こしたのがそれなのだと言う。
「あんな前から準備してたって言うの!?」
「神々の領域は僕の手札の中でも切り札中の切り札だからね。よほどの事が無いと見せる訳にはいかない魔法」
「それで二重起動音声にしてあるんですねぇ」
不用意に起動してはいけない魔法であるが故に、起動に二つのキーワードを設定してある。それ程厳重に管理してきた魔法だったが、さすがに人類最大の災厄「魔王」相手に使用を躊躇う訳にはいかなかった。
「なるほど、解ったわ。でも、重強化の重ね掛けにしても強化の度合いが半端じゃないわよ?」
「これが僕も驚いたんだけど、固有形態形成場に重強化を刻印したら、倍率が乗算されたんだよ」
カイの常時起動の身体強化は五倍。普通に重強化を使えば三倍を加算して八倍。
ところが固有形態形成場に刻んだ重強化を起動させると、乗算されて十五倍になったのだそうだ。
「神々の領域は、腕と顔と胸、三ヶ所に重強化を刻印してある」
つまり、五倍の三倍で十五倍、それに三倍を乗算して四十五倍、更に三倍して百三十五倍。それだけの倍率で能力が強化されるらしい。筋力も魔力も実に百三十五倍になると、とんでもない事を言う。
身体強化能力というのは、そのまま筋力が増強される訳では無い。それは物理的強化であって魔法的強化とは違うし、その為には筋肉量そのものの増加も必要だ。
それは強化スーツを着るようなものなのだ。介護用アシストスーツの実用化などが有名だが、あれと同じように動作の負荷に対して力の補助が掛かるのではない。動作に対してアクションフィードバックが行われて、瞬時に力や速度の強化が為されるのである。機械的には非常に困難と思われるこの効果が、魔法では容易に実現されている。
その身体強化能力の特徴故に、見た目の筋肉量や体型が変わらないまま強化が行われるのだった。
「って、カイ!? 百三十五倍なんて耐えられる訳ないじゃない!」
彼が瞬間移動しているように見えたのは、単に百三十五倍の速度で移動していただけの話だった。
しかし、それで身体に掛かる負担は想像を絶する。八倍の強化状態に慣らしてある筋肉でも、百三十五倍の速度と力で振り回されればズタズタになってもそれは当然と言える。その反動がカイの今の状態だ。
「ダメだね。たったあれだけの稼働時間でこの有様だよ。切り札としても使い物にならないや」
今回は強化された魔力までも魔王の固有形態形成場破壊に用いられてほぼ底を突いた状態だけに、復元を用いた損傷した筋肉の修復が行えない。とは言え、稼働直後に復元を使用するまで身動き出来ない状態が確定となれば、あまりに大きな隙になる。そういう意味で彼は不合格を示唆したのだ。
「ちょっとずつ慣らして、せめて最低限の動作が出来るくらいにしなきゃ」
「そうじゃないでしょ? もっと段階を追って何とかすべきじゃないの?」
ボロボロになっている彼を心配したチャムは、もっと身体に負荷が掛からない方法を提案する。
「んー、そっちのほうが近道かな? 起動する刻印数を制御すべきなのかもしれないね」
「出来るならそうしなさいよ」
「はーい」
カイは稼働状態を思い起こす。
自身の固有形態形成場に施した刻印はそのままの状態では浮かび上がらず、文様を描くように表面に現れた。それは彼が起動時に脳裏に描いたイメージに影響されたものだと思われる。
それならば、起動刻印数の制御もそう難しくは無いように感じた。
「今陽のところはこのくらいにしてあげる。もう休みなさい」
さすがにちょっと責め過ぎたかと感じた彼女は休息を促す。
「うん、ありがとう。ちょっと眠るね」
「ええ」
チャムは治癒を彼の身体に光述すると魔力を注ぎ込む。少しは身体が楽になったのか、すぐに寝息を立て始めた。
「お疲れ様。格好良かったわよ」
頬を包むように手を当てて、優しい声音でそっと告げた。
「起きている時に言ってあげたほうが良いですよぅ?」
「そんなの恥ずかしいから嫌」
乙女心は複雑難解である。
◇ ◇ ◇
結局その場での夜営と相成って、浴室が準備された。
二刻ほど眠って魔力が或る程度復活したカイは、復元を使用して身体の修復を行い、自在に動けるようになった。夕食の準備を始めようとした彼だが、女性陣に休息を命じられる。皆が疲労を隠せない状態なので、その陽は出来合いのものを温める程度で済ませる事で意見が一致する。そうは言っても、保存食だけでも充実した品揃えを有する彼らなので満足する夕食にはなったのだが。
皆が入浴まで済ませて、疲れを多少は抜いた状態で就寝した。
明けた朝、もう一度黒い神殿内を確認した冒険者達はその場を後にした。
森の中を進む間も皆が上機嫌で軽口が飛び交う。彼らとて、人生の中でこれほど充実した時間はあまり無かったように感じる。そんな四人を眺めているのは、小動物や小鳥くらいであった。
封印石柱を越えた辺りからカイがキョロキョロとし始める。
「何か忘れものですかぁ?」
「ちょっと探し物。丁度良いくらいの岩がないかな、と思って。普通は動かせそうに無さそうなくらいのが良いんだけど」
「じゃあ、ちょっと手分けして探しましょうか?」
その辺りをうろついて、フィノが結構な大岩が露出しているのを見つけてきた。
「持ち上げるのは無理ですよぅ。何かの材料ですかぁ」
「いや、いい感じだよ」
苔むした大岩はそこに何十輪もどっしりと座しているように思えた。
左のマルチガントレットを装備して、光条で腰の高さくらいで切り分ける。重強化を起動して切り取った上の部分を脇にどけると、カイはそこに刻印を始める。
「これは魔獣除けですぅ」
最近は見慣れてきた魔法陣の形は、他の三人もすぐに気付いた。
「この辺を魔人が徘徊しなくなると、魔獣が入って来ちゃうからね。そうするとタイクラム家の人達の狩場が無くなってしまう」
「おっ! そう言われりゃそうか。魔王倒したからって喜んでばかりじゃいられねえんだな?」
「損しちゃう人も居るって事ね」
「だから対策」
結構な時間を要して魔獣除け魔法陣を刻印し終えると、更にひと回り大きな円周に強化刻印を施し、魔力を流して起動する。その上に切り取った岩を元通りに戻し、軽く融着して風化を防いだ。魔法陣は周囲の空間魔力を吸いながら起動し続けるだろう。
これであの一家の狩場は守られる筈だ。
神々の領域の説明の話です。サブタイトルはそれだけで内容バレしないよう、今更の身体強化の説明を指しています。そして再び300話も前の伏線回収でした。
さて、ウルガン編ももう終わりますので今後の予告を。本文中に有ったようにホルツレインに帰るのですが、ホルツレイン(3)編の前に、数話程度ではありますが魔境山脈編を挟みます。内容的にはウルガン編のエピローグ的意味合いも有るので加えようとも思ったのですが、それほど深く関与しないので独立させる事にしました。内容は、跡始末と諸々、そして今後のストーリー展開に大きな影響を与える伏線エピソードが一つ有ります。以上、予告でした。




