未来を担う者
色々とあったが、その後は和やかに会食の段になった。
堅苦しさなど欠片も感じられないこの席に、ミルティリアは大はしゃぎをして今は丸くなったリドにくるまれて静かな寝息を立てている。その様は女性陣の柔らかな視線に包まれていた。
少し離れた場所では、カイがゼインとナーツェン二人と並んで腰掛け、遠く広がる草原を眺めていた。
「ゼイン、ナーツェンと仲良くなれた?」
「うん、ナーツェンはすごい。兄様みたいに色んなこと知ってる。僕はまだまだいっぱいいっぱい勉強しなきゃいけないと思った」
「そう。じゃあ頑張らなきゃね」
彼はナーツェンの知識量と思慮深さに思うところがあったようだ。
「いえ、それほどでは。僕はゼインのようになりたいと思っているのです」
「僕?」
「僕は父上のようになりたくて一生懸命勉強しています。でも何かを判断する時、一つの答えに辿り着くまでうんと考えなくてはいけません。ゼインは違うでしょう? たぶん労せずして見えているんでしょうね。悩むこと無く結論に辿り着いてしまう。僕はその慧眼が欲しいんです」
「そうなの?」
幼いゼインにはまだ自分の見えているものが皆と少し違うことがはっきりとは理解できていない。
「そういうところは確かにあるね。でもそれが一番いい形とは限らないんだよ、ナーツェン」
「僕には一番近道に思えます」
「いいかい? 確かにそれは近道だ。近道な分だけちょっと間違うと全然違う所に着いてしまう可能性も孕んでいる。ナーツェンにはそれが少ないでしょ? だって君は本当に一生懸命考えているから。間違う可能性を一つ一つ潰して正しい道を模索して進む。それはとっても大切なことだと僕は思うよ」
尊敬する人物に高い評価を貰えて、ナーツェンは赤くなって俯く。
「僕は変なのかな?」
「いいや、そんなことは無いよ。君の才能は、ナーツェンが言っているように誰もが喉から手が出るほど欲しいものだと思う。素晴らしい才能だ。君の頭の中は閃きに満ちているんだろうね。でもその閃きを唯一の答えだと思ってはいけないと思う」
ゼインは小首を傾げて自分の頭を指差し「閃き?」と呟いている。
「その閃きは閃きのまま大事にして、もう一度よーく考えてみるんだ。それに何かおかしい所はないか、とね? それはナーツェンが上手だよ。いつもやって慣れているからね」
「ナーツェン、教えて」
「僕でよろしければ喜んで」
はにかむ笑顔に満面の笑顔が重なる。かれらにはもう絆が生まれつつあるように見えた。
「君たちにはお互いに足りないものを補い合ってほしいと思ってるんだ。だから僕から君たちに贈り物」
「贈り物?」
「何ですか?」
遠話器を二台取り出してそれぞれに渡す。カイたちが使っている物とも、両国の魔法研究機関が作り出した物とも形の違う、表面のツルンとした一目で魔法具とは解らない作りをしている。周りの大人たちがつまらない考えを起こさないための配慮だ。細いチェーンが取り付けられていて、首から下げられるようになっている。
「この遠話器は、二台の間でしか繋がらないように作ってある。これを使って、君たちはこれからも色々と話し合ってほしい。この西方の平和と発展の未来のために」
二人は矯めつ眇めつしてその贈り物を喜ぶ。お互いに見せ合っては笑い合っていた。
「ありがとう、兄様。いっぱい話すね」
「よろしいんですか、カイさま?」
「いいよ、だってそれが僕の望みだから」
通話面に付いたミスリル板には「話す」という単語の頭文字が刻印され、隣の水晶球から内蔵された魔石に魔力を充填できるようになっている。ゼインは『倉庫持ち』なので魔力は十分に持っているし、ナーツェンも普通の魔法具を扱えるくらいの魔力はある。小まめに充填すれば困ることは無いはず。
二人はこれから様々な事柄について多くを語り合うだろう。それがもしかしたら西方の未来を左右するようなことになるかもしれない。だが今はお互いを深く深く知り合って吸収し、高め合っていって欲しいとカイは思う。それが、彼がこの会合を画策した一番の目的だったのだから。
「でも兄様が居れば西方がおかしなことになること無い」
「そうです。カイさまが目がある限り、軽率な行動を取る者は現れないはずです。父上も先ほど、愚かしい野望など抱かせないとおっしゃっておられました」
彼らの期待は大きい。しかしカイは少し違う考えを持っていた。
「僕という存在は軍事的にも政治的にも諸刃の剣といっても差し支えないと思うんだよね。有用ではあれど、反感の種も撒き散らしてしまう。誰にも仕えないから抑えも利かない」
それらの原因は自分に有るという自嘲もある。
「いっそのこと、戦術兵器扱いできたほうが使う側も相手側も判断しやすいんだろうけどね。だって使うか使わないかの問題になるから」
「それは無理。兄様は正義になりたいだけだから」
ここもゼインは独特の表現をする。正義という不確かな概念を思う時、彼にとってカイはそれそのもののように感じられているのだろう。
「うん、僕は意思も信念も曲げるつもりは無いから国という括りに属するのは難しいね。だから君たちの力になることで西方を助けたいと思っている」
力強い味方を得たゼインやナーツェンだが、それに伴う責任も強く意識される。それは期待の裏返しでもあり、誇らしくもあるのだ。
「うん、頑張る!」
「見ていてください」
決意漲るゼインの瞳も、武者震いしつつも拳を握るナーツェンの様子もカイは心強く思う。
(易々と組織には属せないんだよ。厄介なのに目を付けられているみたいだし)
あてこするように強く意識に上らせるのだった。
◇ ◇ ◇
さすがにフリギア国内で夜を明かすのは問題があろう。
その点は皆の意見が一致していると見え、クラインたち視察隊は辞去の態勢に入る。
「お土産を用意させていただきました。もうそろそろ届きますので、お受け取りください」
「気を遣わせたか。喜んでいただこう。その代りといっては何だが貴国の要望は必ず陛下にお伝えしよう。期待してくれて構わない」
協議内容に関して、クラインに否やは無いものに落ち着いていた。それは両国にとって利益になるはずなので、多少は無理をしても通すつもりのある彼は、胸を叩いて請け負う。
「ありがたきお言葉。……ああ、見えてきました」
彼方に土煙が見える。ここまでの遣り取りで、急速に近付きつつあるそれを警戒することも無い。今更無茶をしたところで誰の利益にもならない。
それは、お土産と呼ぶには少々規模の大きいものだと思える。だがバルトロの情報収集能力を象徴するような、必ず相手を喜ばせるようなお土産だった。
「セイナ様がご執心だと聞き及びまして、ご用意させていただきました」
「わあ!」
ずらりと並んだのはセネル鳥の群れだ。五十羽以上は居る。
「あいにくと属性セネルは五羽しか準備できませんでしたが、気持ちですのでお納めください」
「ありがとうございます、バルトロ卿。こんなに嬉しい贈り物はございませんわ」
心から嬉しそうにセイナが言う。
色とりどりの属性セネル五羽と五十羽の通常セネルが群れを成せばなかなかに壮観だった。
「御者を一人付けております。行き先を告げていただければ送り届けますよ」
「何から何まで気遣いいただき感謝する。彼は必ず無事帰すと約束しよう」
クラインは一筆書いて持たせるつもりだ。国内通行の許可と、御者の身分を保証する書状を持たせれば心配ないだろう。
「キュリルラ、キュゥ?」
「キュラ!」
満面の笑みでバルトロと握手をするセイナを片目で見つつ、チラリと振り向くとセネル鳥たちは一斉に頭を地面近くまで下げ、翼を広げて低い姿勢を取る。その先にはパープルの姿。彼と行動を共にするようになってからは、よく見る光景。
あれは儀式か何かかと、汗を垂らすカイであった。
幼き担い手の話です。このゼインとナーツェンの出会いと遠話器譲渡のエピソードが、カイが西方を留守にする条件フラグのようなものの一つでした。次話はもう一つの未来の一歩。セネル鳥の話になるのですが、ちょっと遊ぼうかと考えています。




