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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
トレバ戦役

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両軍の協議

 ドリスデン・スタイナー伯爵が司令官としてフリギア軍を率いてロアジンに到着したのは、ハイクムがトレバ軍に合流した()の夕刻だった。

 ホルツレイン軍司令官クラインとの遠話協議で、無理してまで追撃撃破の必要無しとなっていたのでそれほど行軍を急いでいなかった所為もある。敗走軍の痕跡を調べると南回りに本隊と合流を果たしたらしい。今はもうホルツレイン軍と対峙していようが、正直なところ敗走軍は既に死に体だった。

 あんな状態で合流したところで戦力になどならない。逆に足を引っ張るのが精々だと思えた。

 そんな経緯があるのでドリスデンは、無残な姿を晒す城塞都市ロアジンを前にして全軍を停止させ、休息を命じた。


「こんなにゆっくりなさってよろしいのでしょうか? 東側ではエントゥリオ様が待っていらっしゃるのですよ、お父様」


 優美な軽鎧を身に着けた娘がドリスデンに呼び掛けてくる。彼女はメイネシアだ。ドリスデンは武門の娘として戦場を一度くらい感じておくべきだと、彼女を司令官補佐として連れ出していた。

 細君には不要だと散々抗議されたものだが、本人の希望も有って同行の運びとなっている。当然、前線で戦うことなどさせるつもりは無く、傍近くに控えさせているだけだがそれでも勉強くらいにはなるはずだ。


「ここまでの行軍で兵も疲れている。お前はセネル鳥(せねるちょう)に揺られていただけだが、歩兵はずっと歩き詰めなのだぞ?少しは休ませねば如何なる状況にも即応できる態勢など取れぬわ」

「はい、解りました。差し出口、申し訳ございません」


 メイネシアは少し気が急いていた。

 そこにはトゥリオの存在も影響していたが、何よりホルツレインは王太子を出征させている。この局面で戦果まで大きく後れを取るようでは戦後協議での発言にも差を付けられ兼ねないと考えたのだ。

 自分も戦場に居た状況で、国益を損なうのは面白くないと感じている。そういう意味で彼女は焦りを覚えていて、父を急かす発言に至ったのだ。


「構わんよ。お前が物見遊山でなく、お国のことを考えているのは分かる。だが、戦場は生き物だ。余裕がある時は休んでおかねば無理も利かなくなるのだ。覚えておくといい」

「心に刻み付けておきます」


 そう言うと彼女は自分のセネル鳥の首を撫でる。チャムのブルーと親しく接してからメイネシアはセネル鳥の虜になっていた。ドリスデンに無理を言って一羽の属性セネルを手に入れた彼女は、リシュと名付けて愛鳥にしている。風セネルのリシュは本気になると本当に風のように走る。それが彼女が更にセネル鳥に魅せられる原因になっていた。フリギアでも貴族は馬を使うのが普通だが、今ではなぜそんな習慣になったのかを疑問に思うほどだ。

 確かに属性セネルは従順で扱いやすいが、現実には入手が困難で十分な数の確保ができない。戦場で使うにはそういう意味で劣っているのだ。それでも城門内でメイネシアが颯爽とリシュを駆る姿は少しずつ噂になりつつあり、小さなブームがレンギアにも訪れつつあるのも確かだ。


 完全に日没を迎える前に南回りにロアジンの周囲を巡り東部平原に出ると、そこには対峙するトレバ軍とホルツレイン軍の姿がある。

「まだだな。今陽(きょう)のところは合戦まではいかないようだ」

「そうですね。……お父様、あれはどうしてなのでしょう?」

 東側の街壁崩壊部分からしきりに手を振る市民が見える。どう見ても笑顔なのだが、敵国軍に笑顔を向けるとはその意味が掴めない。

「解らんな。儂も長く戦場働きをしてきたが、こんな奇妙な戦場は初めてなのだ」

「はあ、本当に……。街壁がこんなになってしまうなんて普通は考えられませんし、考えたくもありませんものね」

「魔闘拳士殿の仕業らしい。底の知れんお方だな」

「そんな凄い方には見えませんでしたのに。人当たりの良い、朗らかな方でしたわ」

「まあいい。腹ごしらえが済んだら王太子殿下に連絡を取ってみよう」


 その場での夜営を命じられたフリギア軍のそこかしこから焚き火の煙が上がり始めていた。


   ◇      ◇      ◇


【なるほど。ではもう投降者も出ているということですか】

「そうです。しかも糧食も多少ながらは持ち出しているでしょうが、兵の分まで回っているとは思えません。そこからご覧になっても解るとは思いますが、竈の煙さえろくに上がっていないでしょう?」

 星が輝き始める頃合いになってから掛かってきたドリスデンからの遠話に、カイたちと夕食を共にしていたクラインは応答している。フリギア軍が姿を現したのは確認していたので、そろそろだとは思っていた彼は情報共有のために今陽(きょう)の出来事を語っていた。

【連中、空きっ腹を抱えて指を咥えてこちらを見ているわけですな?】

「変に刺激をするのも何なんですが、だからと言って兵たちに食事を控えろとも言えず、悩ましいところですね」

 笑いを噛み殺すように言うクライン。ドリスデンもこのしばらくの交流でクラインの為人も掴んできたところだ。彼の思うクラインはユーモアも解する洒落者で、実際に大きく外れてはいないのだった。

【なに。それは報いというものです。殿下がお気になさることはありませんな。我らは十分な食事を楽しませてもらいましょうぞ】

「おお、ところで兵站には問題ありませんか? 本来、遠征を前提とした出兵ではなかったと思いますけど?」

【今のところはまだ何とかなりましょうが、あまり長引くようでは少々心許ないところはありますな】

「いつでもおっしゃってください。こちらはしっかりとした補給線が築けています。幾らでもとは申せませんが、十分な量は融通できると思います。対価のことは後々で構いませんので」

【その時は頼らせていただきましょう】

 支援のほうはそれで問題無いだろうが、クラインの専門分野はここまでだ。


「本来なら細かい戦術面の詰めもするべきなのでしょうが、軍務卿があまり乗り気ではないようで……」

「何の訓練もしてない軍団同士が奇麗に連携なんて取れないさ。指揮系統も方法もバラバラなのを無理やり一緒にするよりはそれぞれが戦況を見て動いたほうが良いって言ってるさね」

【それはそれがしも同意見ですな。変に合わせようとすると要らない隙ができかねない】


 トレバ軍は五万足らず。対するホルツレイン四万とフリギア軍三万の計七万。トレバ兵の体調や士気を考慮すれば、それ以上の兵力差があると考えてもいい。ならば変に小細工するよりは状況に合わせて臨機応変な用兵をした方がお互いに足を引っ張り合うようなことにならないで済むというのがガラテアとドリスデンの見解なのである。


「そんなものなのでしょうか?」

【ええ、よろしければ専門家にお任せいただきたい。それがしにはそれしか能が無いのでありますよ】

「御謙遜を。それが本当ならサルーム陛下が貴公を頼りにはされますまい」

【陛下はこの老いぼれに死に場所を考えてくださっているだけでしょうぞ。……そんなことをおっしゃってはダメです、お父様!! ……む、そう言うな、メイネ】

「ほらほら、つまらないことを考えているからお嬢さんが怒ってしまわれるのですよ? そこは彼女が産んだ孫を抱くまで死ねん、と言うところです」

「そうだぜ、爺さん。メイネを泣かすなよ」

 同席しているトゥリオからも茶々が入る。そのために拡声魔法を使っていたわけではないのだが。

【お恥ずかしいところを……。そうですな。まだこの爺にもやらねばならんことがあるようで】

「そうですよ。いかん、長話になってしまいましたね。それでは明朝、また連絡させていただきましょう」

 クラインが遠話を終えようとしたところでカイがストップをかける。


「少し僕に時間をいただけませんか?」

フリギア軍の動向の話です。と言う訳でメイネシアも再登場です。彼女もいつから入ってきたのか思い出せません。プロットの時はここには居なかった筈なんですけど、いつの間にか。あまり遊ぶと後々足を引っ張られそうな気がするけど、そんなに出しゃばるタイプでもないんで大丈夫かな?

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