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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
トレバ戦役

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街壁崩落

「じゃあ、後はよろしくね、フィノ」


 正直、回答に困る。カイがつまらない嘘を吐くことは無いが、本当に街壁を切り取ってしまうとは思わなかった。だがここまでお膳立てしてもらった以上、フィノもできると言ったことはやらなければならない。


「はい。始めます」


 昨夜、軽くそらんじておいた構成を魔法演算領域で編み始める。その構成を送り出すと、手にしたロッドの大型高品位魔石はスルスルと飲み込んで膨大な面積を誇る魔力回路に書き込まれていった。その感触は魔法の成功を意味する。後は魔力回路にフィノが必要な魔力を追加してやればいい。


崩壊(ブレイクダウン)!」

 トリガー音声を唱えた直後は変化は無かった。しかし崩壊(ブレイクダウン)によって結合力を解かれた土壁は砂粒に還元されていく。上部からさらさらと崩れていく街壁は、建造時の逆回しを見るようにその高さを減じていった。


 最終的には1ルステン半(18m)の隙間を空けた街壁が残る。一見すればただ隙間が空いただけと言えるが、街壁の機能から言えばこれは致命的な空間だ。外敵を妨げるべき壁が一部とはいえ失われているのだ。魔獣の脅威を防げないだけではなく、現在は敵軍が陣取っている。街壁も街門も機能を失ったと言っていいだろう。


 この状態を見て、うんうんと頷いたカイは「じゃ、移動しよっか」と軽く言う。

 チャムは苦笑い。トゥリオは額に手をやって項垂れ(ご愁傷様)と思う。フィノでさえ自分のやったことなのに少し申し訳ない気分になっていた。やはりこの男だけは怒らせてはいけないし、ましてや戦争などやってはいけないということだろう。

 セネル鳥(せねるちょう)の駆け足で反対の西側に場所を移した彼らは、そこにも同じ隙間を開ける。朝靄が晴れる前に何とか作業は終わった。


「これで撤退中の侵攻軍は逃げ込みやすくなったね」

「いや、笑い事じゃねえし。中の人間はたまったもんじゃねえぜ」


   ◇      ◇      ◇


 カイから報告を受けたホルツレイン軍幹部はロアジンを臨む高台からその姿を見て開いた口が塞がらなくなる。早朝からの僅かな時間で皇都は事実上丸裸にされていた。籠城戦など望むべくもない状態だ。


「ずいぶん殺生なことをするもんさね」

「攻め込んでくれと言わんばかりですぞ」

「魔闘拳士殿がやったのでありますか?」

「難攻不落と呼ばれた城塞都市がこの有様とは……」

 意見は様々だが、一様に終わりを示唆している。


「カイ、君は攻め込めと言うのか?」

「ダメですよ。攻め込んだら市民に被害が出るって言ったじゃないですか? あとはお膳立てしてあげればいいんですって」

「お膳立て?」

 その後にカイによって語られた献策に、一部の者を除いたその場にいる全員が顔を青くする。

「え、えぐいさね」

「何をどう考えてその結論に至ったかは、私は聞きたいとは思わんよ」

「えー、そうですか? そうかな、チャム?」

「自分の胸に聞いてみなさいな」

 どんよりとした空気が流れる。


 カイにとっては不本意だったようだが。


   ◇      ◇      ◇


 ガラテアは騎馬四千魔法士百の分隊を二つ編成し、それぞれの崩落した街壁前半ルッツ(600m)に配置する。如何にも(攻め掛けるぞ)と言わんばかりの示威行動に、その場を警備するトレバ軍部隊に緊張が走る。しかし、ホルツレイン騎馬分隊は整然と並んでいるだけで何もしてこない。


 そのままでは簡単に侵入されてしまうと、工兵や街区衛士の手によって土塁が作られ、積み上げられていく。すると騎馬分隊が前進を始め、近付いてくる。すぐさま工兵たちを下がらせて迎撃態勢を整えると、騎馬分隊後方から魔法が飛んできて、積み上げた土塁が破壊された。それを確認すると騎馬分隊はスッと後退し、元の位置に戻って整然と並ぶ。またそこには平地が残った。


 様子を見た後にまた土塁が積み上げられると、再び魔法によって破壊されるという工程が再現される。そんなことが数度繰り返されると、内部の兵はんでくる。トレバ兵の中には騎馬部隊を指差して何かを言い募っている様子が見られたりもするが、ホルツレイン部隊は素知らぬ顔だ。彼らはガラテアによって言い含められているのだ。


「攻め込むな」

「ただ監視しろ」

「挑発に乗るな」

「街壁を修復しようとしたら破壊しろ」

「攻め出てきたら迎撃して押し込め」

 受けた指示はこの五つだけで、厳守を言い渡されている。

 あとはただ魔法散乱レジストを張ったまま、相手のやることを眺めているだけだ。


 昼時になると、それまでに移動してロアジンまで3ルッツ(3.6km)まで迫った軍営から旗手の合図があり、騎馬部隊は整然と後退していった。ここぞとばかりにトレバ兵が修復作業を進めるが、その間に粛々と進んできた交代の騎馬部隊がやってきて、修復部分が破壊される。土塁を積んだり、土系を得意とする魔法士が仮の土壁を構築したりするが、そのことごとくが破壊された。

 事ここに至って、トレバ兵のストレスは最大になる。暴走したと思われる小隊が街壁外まで飛び出して剣を抜いて討ちかかってくる。だがその規模の攻撃ではホルツレイン部隊は小揺るぎもしない。一詩(6分)と掛からないうちに皆が斬殺死体に変じていた。


 夕暮れを迎えるとホルツレインの騎馬分隊は撤収していく。やっと解放されたトレバ兵は篝火を焚き、光魔法をも使って現場を照らし、修復作業を急いだ。集められた工兵や土木作業員の疲労は濃いが、機会は今しかない。皆が声を掛け合って作業を急ぐ。

 だが悪夢は夜やってくるものだ。深更を越えた頃、どこからともなく飛来した風刃ウインドエッジが修復部分を切り裂いていく。

 全てが無に帰した現場を眺めて膝から崩れ落ちる者が続出する。「もう嫌だ!」と吠えて泣き出す者さえ出てくる始末だ。それでもトレバ軍現場指揮官は作業員を武器を掲げて脅してまで再び作業に就かせる。


 その努力も、明朝やって来たホルツレイン部隊によって打ち崩されると知ってか知らでか。


   ◇      ◇      ◇


「眠くない、フィノ?」

「平気です。お昼寝させていただいたので」

 真っ暗闇の中、二現場を回って修復部分を破壊した彼女を気遣ってカイが声を掛ける。

「気に病まないでいいからね。これは僕の命令だと思って」

「大丈夫です。必要なことなのは解っていますので」

「まあね、戦争なんて相手が嫌がることをどれだけやるかみたいなものだものね。その辺りはフィノも解っているはずよ」

 彼女もハイクラス冒険者に見合う経験は積んでいる。

「皆さんに付き合っていただいて護衛までしてもらってるんですからフィノは頑張れます」

「いいからもう帰ろうぜ。さすがに眠くなっちまった」

「あんたが先に音を上げてどうすんのよ?」


 それがトゥリオの気遣いだと解っているフィノは笑いながら帰途についた。


   ◇      ◇      ◇


「陛下、崩落した街壁前には昨陽(きのう)に引き続きホルツレインの分隊が居座っております。その所為で修復作業も儘ならず、未だ開放された状態になっております」

 皇王ルファンは報告役の指揮官を睥睨すると言い放つ。

「朕は速やかに修復せよと命じた。そなたらが上げていいのは修復完了の報告のみだと知れ。それが神意である」

「しかし作業の妨害が続きましては如何ともし難く……」

「できぬと言うのならそなたは必要ない。官職を退いて蟄居せよ」

「そんな!」

「お待ちを、陛下。これは我らを消耗させる彼奴らの策であります。ここは一つ、修復は諦めて兵による警備の強化で対応してはいかがでしょう?」

 無視できなくなったクアルサスが進言する。

「何を申すか、貴様! 守りも儘ならぬ状態で朕を放置すると? さては貴様、朕が死ねば良いと思っておるな!? これは叛意有りと見做す。衛兵! 此奴を捕えて牢へ!」

 追い込まれて疑心暗鬼に陥っているルファンは、自らを守るべき軍の最高司令官さえ信じられなくなってきているようだ。

「それはいけませぬ、陛下! 今、陛下をお守りできるのはクアルサス卿のみでございます! どうか、どうか卿の言葉にお耳を傾けてくださいませ!」

 重臣たち皆がそう言い募ってくる。クアルサスが失脚するのはどうでもよいが、今後の対応を自分が命じられては敵わない。ここはクアルサスに矢面に立っていてもらわねばいけないのだ。

 ルファンは鼻を一つ鳴らして続ける。

「そなたらがそこまで言うなら仕方あるまい。此度だけは許す。早急に外の卑劣な奴らを駆逐せよ」

「ぎょ、御意!」


 首の皮一枚繋がったのが吉と出るか凶と出るか何とも言い難いクアルサスだった。

崩落の話です。諸々の前提条件としてカイが打った初手がこれです。既に振り回されつつあるトレバですが、この後は…。この話数で触れましたが、ロッドの魔石の性能でより複雑な構成を可能にする理屈について書いたの初めてだったかもしれませんね。これからもこんな設定を小出しにしていく場面は有ると思います。

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