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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
流堂 櫂

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諏訪田の試し

 師匠と呼ばれた男は諏訪田剛人と名乗った。格闘家としては平均的な体格をしているように思える。多少細い方か。それはむしろ研ぎ澄まされた刀の薄刃を思わせる。


「僕は流堂櫂と申します。少しお聞きしても良いですか?」

 櫂は小学五年生に上がった頃から敬語と朗らかな笑顔で相手に接するように心掛けてきた。それはいつも人に囲まれて笑っている拓己への憧れの結果であり、多少なりとも近付きたいという思いから続けてきたものだ。それが中一に上がった今になってやっと様になってきたように感じている。

「ああ、構わんぞ。お前みたいな奴にはここは場違いだと思うがな」

「? ここは何の道場なのでしょう? ここから見た限り竹刀や薙刀まで使われているようなので気になってしまって」

 場違いだと言われてもその理由が解らない櫂には答えようがない。

「ああ、あれか。そりゃあ、何でもいいからだ。そいつに合った力が示せればそれでいい」

「……ずいぶん革新的な考え方なんですね。つまり強ければ何でも有りですか?」

「単純に言えばそうだ。ここには自己顕示欲求を満たされずに弾き出された奴が集まっているからな。奴らにとってのコミュニケーション手段を奪って、どうやって語り合えというんだ?」

 ここに至ってやっと櫂はその一端を理解した。つまりここは学校生活からドロップアウトしそうな児童を集めて様々な意味で鍛え上げる矯正道場みたいなものなのだと。

「そうか。それなら僕はあながち場違いではないかもしれませんね」

「ああ? 何でだ?」

「空手教室に通ってましたけど、少し前に三人病院送りにして馘になってしまいました」

 彼はわざと茶化して説明する。

「へぇ、俺の見込み違いだったか。悪かったな。何なら見ていくか?」

「はい、よろしければお邪魔させてください」

 そこは櫂が求めている物とは少し違うが、もう引っ込みは付かないので見学させてもらう。


 よく見てみると確かにちょっとヤンチャそうな子供達の多い場所だった。だが決して無秩序ではなく、一種の集団意識のようなものが感じられる。それは宗教や体育会系のような方向性を一つにする類の物ではなく、自己発現の場として皆が大事に思い、保とうとして生まれてきている社会性の一つであるように見えた。そうやって社会性の重要さを認識させることで、彼らの精神的な成長を促しているのだろう。


「どうだ。変なとこだろ? 俺はこんな場所にするつもりじゃなかったんだが、いつの間にかこうなっちまった。今じゃ悪くないと思っちゃいるがな」

「変ですか? みんなあなたを慕ってここに居るんでしょう? あなたを中心とした秩序のようなものを感じます」

「お前も変な奴だな。普通に武道やってる奴はここ見たら大概顔を顰めてすぐに興味を失うぜ」

 諏訪田は意外なものを見るような目で櫂を見る。

 櫂は門下生の一人が諏訪田を「師匠」と呼んだ意味を理解した。彼は武術指導者なのではなく、社会を自分たちに示してくれる師匠せんせいなのだ。


「お前、経験はどのくらいだ?」

「空手を二年半やりました。他の経験はありません」

「いっちょ組んでみるか?」

「良いんですか? 僕はまだ門下ではありませんよ」

「ヤバくなりゃすぐに止めるさ。それくらいの腕はある。おい、文哉! ちょっとこいつの相手をしろ」

 進み出てきた少年が「えー、俺っすか?」と不満気に鼻を鳴らす。諏訪田が相手している少年のことは気になるが、門外漢に試しに使われるのは面白くないと意思表示する。

 この日は櫂も胴着は持っていないが、動きやすい格好はしている。組み技が主体の相手でなければ不都合はないはずだ。

「こいつも主には空手をやっている。いいだろ?」

「はい、構いません」


 文哉と呼ばれた少年と相対した櫂は払いを中心として相手の技量を測るところから始めた。彼の技量はそれほどではなかったが、一撃にある種の鋭さを内包している。それは異種間組手から発生したものだが、櫂にそこまでは解らない。

 一歩も引かずに全てを捌いてしまう櫂にイラつきを感じてきた文哉は攻撃が雑になってきた。大振りの一撃をいなして前に出ると、必殺の一撃を繰り出して寸止めし、動けなくさせる。それは文哉の顎のすぐ手前まで迫っている、櫂が打ち上げた左肘だ。


「手前ぇ!」

 それを振り抜けば文哉の顎は簡単に砕かれていたことだろう。察した彼は一気に激昂する。

「ここは強さを自己表現する場なのでしょう? だったらこれを予想していないのは君の油断ですよ?」

「!!」

「止せ、文哉! そいつの言う通りだ。相手を空手使いと侮っていたお前が悪い」

 文哉は、櫂の言には納得できないようだったが諏訪田に言われて引き下がる。頭が冷えれば自分の落ち度に気付くだろうと諏訪田は思っていた。


(しかしこいつはとんでもない猫を被ってやがるな。中身は獣じゃねえか)

 諏訪田は自分の読み間違いを少し後悔していた。それならそれでやり方を変えねばなるまい。


「宗二! 次はお前だ」

 文哉が簡単にあしらわれていたのを見た諏訪田道場門下生達は鼻息が荒くなっている。

「やっちまえ!」

「舐められてたまるか!」

「叩き潰せ、宗二!」

 歓声が次の組手相手の後押しをしているが、櫂は気にしていない。彼らの流儀に自分の流儀をぶつけなければ理解は得られないだろうと思っている。ここはそういう場なのだ。

 宗二は竹刀を携えている。主には剣道だろうが、それだけと思えば痛い目を見なければならないだろう。

「良いか、櫂。宗二が持っているのは真剣だと思え。握ったり払ったりはできないぞ」

「解りました」

 櫂がそんな考え方をするのを諏訪田は読んでいた。ここが何でも有りならそういう戦法も通じるのを一つの可能性として指摘し禁じておく。これがまた誤りだった。


 始めの合図と共に突きが迫ってくる。少年剣道では禁じ手のそれは、ここではもちろん禁じられてなどいないのだろう。

 上半身を振って足捌きも交えて回避していくが、中に払いも混ざってくればそれだけでは対処できない。面でも胴でもない払い斬りはどこを狙ってくるか解らないのだ。こうなると間合いの長い竹刀の術中に嵌っている。後退を強いられる櫂に、周囲からは宗二へのやんやの喝采が飛ぶ。いつまでも後退していけるわけもないので、彼は宗二の剣筋を注意深く観察する。

 動き出し、目配り、それぞれが宗二の攻撃起点を示しているはずだ。竹刀を引いて次の攻撃に移る一瞬の間に櫂は左半身を右半身に切り替えて迫る突きを背後に逸らし、振り上げた右手を振り下ろそうとする。その手は拳ではなく、第二関節から折り曲げられた抜き手の形で外側に手首を曲げて強度を増している。


「止め! そこまで!」

 諏訪田が腹から発した声で二人を制止した。二人はスッと離れて一礼する。この辺りはしっかりと秩序立っている。

「櫂。お前、宗二の手首を砕こうとしただろう?」

「あれが真剣ならばそうしなければ確実に取り落とさせることができませんので」

「……お前という人間がやっと解った気がするぜ」

 諏訪田は一息吐いて眉間を揉みながらそんなことを言ってくる。

「お前は技術が足りないと思っている。だからより過激な方法で打開しようと考えた。そうだな?」

「はい、足りないものは覚悟で補おうと思いました」

「…………」

 諏訪田は左手で頭を掻きむしった後に告げてきた。

「解った。技術はくれてやる。だからもうそれは止めろ。いいな?」

「ありがとうございます」

 櫂は止めてくれる相手を探していたのにその時気付いた。

「明日から来い」


 こうして櫂の諏訪田道場入門が決まった。

諏訪田師匠との出会いの話です。櫂の人間性もこの辺りになるとかなり出来上がってきています。それが諏訪田を困らせているんですが、彼も初めて接するこのタイプとの関りを楽しんでいる感じでしょうか。

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