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魔闘拳士  作者: 八波草三郎
黒狼の復讐

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理性と感情

「復讐はそんなにいけないことかな?」

「いけないに決まっているだろう!」

 トゥリオはカイの台詞に勢い込んで言う。

「なぜ?」

「ただ恨みに支配されて相手にぶつけたって何も生まれないじゃねえか? それどころか逆に恨みを買うだけだろ? その家族や親しい者にも復讐の権利があるとでもいうのか? そんな復讐の連鎖に何の意味も無いって頭の良いお前なら解ってねえはずねえだろ!」

「そこに生きる意味を求めてしまう人間も居るって考えたこと無い?」

「ぐ…。だがそりゃ建設的じゃねえ。復讐を認めていたら人間社会なんて成り立つわけねえんだよ」

 沈黙が下りる。悲しげなカイの顔には自嘲が見え隠れする。

「トゥリオ、君は本当に幸せなんだね?」

「なんだって!?」

「君は耐え難いほどの激情を知らないんだ。感情豊かに見えるけど、実はそれは普通ならこんな反応するだろうって思ってやっているんじゃない? 自分はこんなに直截的な人間なんだよってポーズなんじゃないの? それって心からの感情なの?」

「お…まえ…。それ、本気で言ってんのか?」

 顔を真っ赤にして怒りを露わにするトゥリオ。

「違っていたらごめんね。でも僕にはそんな風に見えてしまうんだ」

 言い訳っぽく聞こえるが、そこに真摯さは感じられない。

「もちろん、一般論としてトゥリオが正しいのは知ってるよ。それが社会生活上、悪に分類される感情だともね。でもそんな物で割り切れるほど人間の感情って単純なのかな?」

「もう黙れ! くそっ! ちっと頭を冷やせよ」

 トゥリオは足音高く去っていく。そんな感情の表し方が彼らしいと思ってしまう。


「僕が変なのかな?」

「少なくとも私には冷静に見えるわ。論理的破綻も見られないし」

 チャムに客観的意見を求めたカイは何と答えればいいのか解らない言葉を貰う。

「あなたは終始一貫しているわ」

 カイは話せるものには誠実ににこやかに接する。逆に話も通じず敵対するものにはあくまで厳しく当たる。大切なものはどこまでも大事にし、無関心なら無関心で応じる。これは相手が人間だろうが動物だろうが魔獣だろうが何に於いても変わらない。一切区別しないのだ。この揺れ動かない信念がまるで彼の象徴であるかのように。

 それを形作っているのが何だろうかチャムには解らない。生まれた世界の違いがそうさせているのか? それは違うように感じる。おそらくそれが彼の生き様なのだろうと思う。


「一つ、教えて。あなたは何を知っているの?」

 目を閉じて結構な考える時間を取ってから答える。


「身体を内側から焼き尽くしてしまうような怒り、かな?」


   ◇      ◇      ◇


 翌陽(よくじつ)の朝食の席は静かだった。昨夜のうちに事情を聞いていたフィノが気遣う素振りを見せるが、あまり効果は得られていない。

 アキュアルは昨夜に一瞬であるが垣間見た彼らの意見の対立に何かあったんだろうとは察せられる。言われるままに眠ってしまったことが悔やまれた。自分が原因なのに放置してしまった責任を感じる。


「アキュアル、気にすることは無いよ。子供っぽく見えるかもしれないけど、大人にだってこういうことはあるんだ」

「でも、アキュアルが…」

 まるで自分の感情の揺れを彼らに感染させ(うつし)てしまったような気分が彼の表情を暗くさせてしまう。

「まだ君はそんなに自分を律する必要は無いよ」

「うん」


 大人になればそんなことばかりだなんて言って、これ以上彼を苦しめる必要もない。ただ今は自分の感情と真っ直ぐに見つめ合うことが一番大事だ。カイはそんな風に考えている。

 悪い空気を薄々察していたピルスも、一見にこやかなカイの様子にホッとしてフィノにじゃれ付く。口元を汚す彼女の口を拭いてやりながらフィノも笑顔で応じている。


 沈黙を保つトゥリオを困ったものだと思うチャムだったが、彼女も仲裁する気など更々無かった。

 ここで流してしまえば彼らの間にはしこりしか残らない。逆にぶつかり合ってくれるくらいのほうが結果は早いかとも思う。それが決定的な決裂を招くことになっても関与すべきではない。

 ただの大人同士の付き合いなら取り持つのもやぶさかではないが、自分たちはお互いに命を預け合う関係でなくてはならない。そこにこんな意識の齟齬はあってはならないのだ。


 昨夜はよく眠れなかった。心は千々に乱れて自分を取り戻すことができない。感じた怒りは本物であるはずだ。それは自分のものなんだから解っている。ではなぜそうまで怒りを感じてしまったのか? 図星を指されたからか?


 自分の感情が模倣だと言われたのは衝撃だったとトゥリオは思う。人は相手によって多かれ少なかれ演技はする。それは当然だ。円滑な人間関係には必須だからだ。

 裏表無く開けっぴろげな性格が長所のように語られることもあるが、現実にそんな人間が居れば付き合いづらいことこの上ない。耳に心地よい素直な意見も聞かせてくれようが、指摘されたくもない劣等感を覚えている部分でさえずけずけと意見してくるのだ。

 それはまともな人間なら堪ったものではないだろう。だから人は相手に合わせて見え良い者を演じる。感情の仮面も被る。全く以っておかしなことではない。


 だが、それしか無い人間はどうなのだろう?

 大多数に受けの良い、付き合いやすそうな人物を演じる者には何がある? それはひどく薄っぺらい人間なのではなかろうか? カイはそんな薄っぺらい正義感で誰かを説き伏せようとするのを懸念したのかもしれない。相手の感情を本当に理解せぬまま導こうとしても、本当に寄り添うのは無理なのだろう。

 しかし今、突然人は変わることはできない。同じ感情を知るのは困難だ。ならばできることは少ない。一歩、踏み込んで相手の思いを可能な限り理解し、共に苦悩し共に模索してやるくらいしかない。


 トゥリオは怖かった。

 今まで一般論で乗り切ってきた場面に、自分の生の感情を当てなくてはならないのだ。それでは逆に自分が揺り動かされてしまうのではないか? ブレて引き摺られてしまうのではないか? そんなことばかりを考えてしまう。アキュアルの感情は強い。全てを魔獣に奪われたのだ。そんな彼を引き戻すだけの強い意志を自分は持ち続けることができるのだろうか?


「アキュアル、来なさい。少し見てあげるわ」

 チャムが取り上げた剣を掲げて示す。戦闘の手解きをしてあげると言っているのだ。

「はい!」

「カイもね」

「うん、僕も行くよ」

 広い場所が必要だ。三人は立ち上がって出ていこうとする。

「フィノ、後よろしくね」

「分かりました」

 ご機嫌なピルスを膝に乗せたままで言う。それだけの意味ではないのをフィノも理解していたが。


 しばらくすると、郷の同年代の子供たちがピルスを遊びに誘いに来た。いつものことなのだろうが、彼女はフィノを見て少し惑う素振りを見せるものの、「いってらっしゃい」と言われて笑顔で出掛けていった。


 部屋を再び沈黙が満たす。今度の予想範囲内の沈黙にはフィノも動揺しない。

「聞いたんだろ?」

「はい、チャムさんから」

 耐えきれずに口火を切ったのはトゥリオだった。

「滑稽だろ? こんなに簡単に自分が解らなくなっちまうんだぜ」

「確固とした自分を持つなんて、どれほどの経験が必要なのか解りません。フィノも迷ってばかりです」

「あいつはそうなのか?」

「…トゥリオさんは、カイさんに英雄の姿を見たいんですよね? フィノはそんな風に感じています。違っていますか?」

 彼女は少し考えて話題を変えてきた。

「…ああ、そうかもしんねえ」

「チャムさんが言ってました。『カイは皆が言うような勇者でも英雄でもないわ。あれは自分だけの正義の体現者よ』って。ただ、その強い信念が皆を引っ張ってしまって、一つの方向性を生み出してそんな風に見えているだけ、と」

「そうなのか」

「カイさんはおそらく、自分をどういう風に見せたいかなんてほとんど考えていません。自分に忠実に生きているんです」

「だが、そりゃ生きにくいだろう。ただの我儘に見えちまう。人間社会はそれほど寛容じゃねえ」

「それを支える強い思いがあるんでしょう」

「その根っこに強い感情があるっていうのか」

 トゥリオは顔を上げて、フィノをじっと見て続ける。

「なあ、フィノも強い感情(それ)を知っているのか?」


「はい。…フィノも『絶望』を知っています。家族以外の誰にも受け入れられず、フィノでも獣人らしくないと思えてしまう自分への『絶望』を」

トゥリオの内心の話です。今回は大事なんで何回も何回も推敲してしまいました。人によってはかなりデリケートに感じるところなのでちゃんと書きたいと思って。ただ、疲れてうつらうつらしながら書いた部分が悪くなかったのがちょっと意外でしたけど(笑)。

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