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楽しい転生  作者: ぱにこ
120/122

77話

 ━━━━ゴボゴボゴボッ……


「&$△#%'◆#*!? ━━━━」


 ━━━━ザッバーンッッ!


「#%'◆#*??? ━━━━」


 ━━━━ボヨヨンッ、ボンボン……


「ッ?! お、おっ、おえーーーーっ、ゲホッゲホ━━━━はぁはぁ……」


 抗えぬ程の激流に呑まれ、成す術もなく何処かへ到達した。

 私は飲んでしまった海水を吐き、呼吸を整えた後、懸命に思考を巡らせる。

 …………暗い。

 ………そして臭い。


「くさっ」


 突然、発せられた背後からの声に驚いた私は、咄嗟に距離を取り身構えた。


「っ! 誰っ? 」

「誰とはひどいですね、私ですよ」

「その声はダリウス? 」

「ええ」

「そっか、ダリウスか……良かったわ……」


 声の主がダリウスだと判明し、安堵した私はその場にクタリと座り込む。

 そこで気が付いた。

 地面? に手をついた瞬間、脈動を感じたのです。


「ねぇ、ダリウス」

「なんですか? 」

「この地面、おかしくない? 」

「おかしいもなにも、私達は何か大きな生物に呑み込まれたのですよ。この場所は、その生物の胃の中でしょうし、この生臭さも、肌がひりつく感じも納得のいくものです」

「…………そか」


 この生臭さは何かの胃の中だからだったんだね。

 そして、肌がヒリヒリしているのは胃液で溶かされかけているんだね……。


「ねぇ、ダリウス」

「なんですか? 」

「それって、ヤバくない? 」

「…………そうですか? 」


 こんな状況にもかかわらず、落ち着いた声色で返事をするダリウス。

 でも。


「今、妙な間があったね」

「……気のせいですよ」


 ダリウスが気のせいだと言うのなら、それを信じるのが友の務めである。

 足元が小刻みに振動しているのは、決してダリウスが震えている訳ではないだろうし、ガチガチと歯を鳴らす音が聞こえるのは、寒さのせいだと。


「今、明かりを付けるわね。『ライト』っ! 」

「ちょっ! 」


 明かりがともった瞬間、ダリウスが私の背後を取り、首を固定した。


「ダリウス? 痛いのだけれど? 」

「どうしてルイーズは人の了承なしに魔法を発動しますかね……」

「ん? どういう意味? 」

「決して、振り向かないと約束してくれますか? 」

「ん? 振り向いては駄目なの? 」

「ええ。振り向いてはいけません。もし、振り向く様な事があれば━━」

「あれば……ゴクリ━━」

「私も貴女もお終いです……」


 これまで聞いたことのないような声で紡がれる言葉に私の体は硬直した。

 もしかして、アレか? 私の苦手とするホラーな何かが背後に居るのか?!

 

「ぜ、ぜぜぜ、ぜぜっだいにむりむがない━━━━」


 ガクガクブルブルと震えながら宣言した私の背後で、ダリウスがゴソゴソと動き出す。

 

「これはいけませんね……」


 何が?!

 

「もう少し大きめの……」


 大きめの何?


「チッ……ボロボロになった」


 ボロボロ? ゾンビ?!


「無残な姿にもかかわらず、貼り付いて……」


 ゾンビが貼り付いてるの? 


「アイテムバッグを持ってくるのでした……これはどうだっ! 」


 もしかして、武器がないから止めを刺せないでいるの?

 

「グアァァァッ! 」


 ダ、ダダダ、ダリウスッ?!!


「こいつっ! ええいっ! 忌々しいっ」


 っ!! ダリウスッ!!


「くそっ! 」

 

 いつも冷静沈着なダリウスの焦る声。

 いつも貴族然とした言葉遣いを貫いているダリウスの、らしくない乱暴な言葉。


 ルイーズっ! ルイーズ、しっかりしろっ。

 友を助けず見捨てるのかっ。

 ピンチなんだぞ。

 絶体絶命かも知れないんだぞ。

 今動かなくて、いつ動く。

 そんな弱い気持ちで、世界を救えるのか。

 否!

 私は勇気を振り絞り、硬直する体をギリギリと稼働させ、目をつぶったまま振り向いた。


「ダ、ダリウス!? 敵がいるのなら、指示を出して」


「っ!? ルイーズっ! 振り向いてしまったのですかっ」


 こんなピンチにもかかわらず、私を気遣ってくれる友━━ダリウス。

 それに対して、未だ私は目を瞑ったままという、ヘタレっぷり……。


 ルイーズの根性なし!

 でも怖いのっ。


「あっ、目を瞑っているのですね。それなら、良しとします」

 

「わ、私は何をすればいい? 」

 

「そうですね……あっ! ルイーズはアイテムバッグ付きの水着でしたね」


「ええ。武器となる物は……包丁? ゾンビを倒すのには使いたくない……麺棒も……然り……でも、ダリウスのピンチなのだから、この際なんでも出すわ」


「では、タオルと私の着れそうな衣類がありましたらお願いします」


 衣類? タオル? ああ、寒くて震えてたものね。

 思うように体が動かなくて、止めを刺せないでいるのだわ。

 私はアイテムバッグに手を入れた。


「縫い終わったばかりのケンゾーのカンフー道着くらいしか入ってないけれど、体格的に同じくらいだし、大丈夫よね? それと━━タオルよ」


「助かります。……よっ、っと……さて、お前は、もう用済みですよ。喰らえっ! 」


 ダリウスがそう叫んだ瞬間、何かが焦げる様な香りが漂った。

 少し、海鮮焼きの香りがして、私の胃を刺激したのは内緒である。

 だって、ゾンビ? を焼いた香りだもん。


「終わった? 」


「ええ。もう、目を開けて大丈夫ですよ。暗闇に慣れてしまってるので、そっと開けてくださいね」


 確かに、いきなり明るくなると目にダメージを負ってしまいますものね。

 私はダリウスの言葉に従って、そっと目を開けた。

 そして、ダリウスを視界に収めるとホッと胸を撫で下ろし、微笑んだ。


「ふふ、ダリウスが居てくれて助かったわ。1人では心細かったもの」


 1人で、ゾンビ? 退治なんて無理、無理。

 心が持たないもの。

 本当に、ダリウスが居てくれて良かった。


「それは、お互い様ですよ。私も1人でしたら、途方に暮れていたかもしれませんし」


 謙遜しつつも、ダリウスは微笑み返してくれた。


「仲間っていいわね」

「ええ、本当に……」


「ふふふ」

「ハハハ」



 視界の端に映る黒い焦げた物体を直視しない様に、私達は微笑み合うのであった。


 ・

 ・

 ・


「さて、脱出方法を模索する前に、胃液で溶かされない様、結界を張るわね」

「お願いします」


 では、行きますよ。


「『防御結界』! 」


 私とダリウスの体を結界が包み込む。

 

「これは、新しい結界ですね」


 ダリウスが感嘆の声をあげた。

 私はエヘンと胸を張り、説明する。


「ええ。人が一塊でなくても守れる結界を想像してたら、出来る様になったのよ。しかも、移動可能! 」


「さすがルイーズですね」


 ダリウスに誉められ、テヘヘと顔を綻ばす。


「っ! 」


 瞬間。ダリウスが、口元を押さえ顔を伏せた。

 …………。

 そして、小刻みに震える肩。

 ん。

 これは、笑いを堪えてるな。


「ダリウス、笑い過ぎっ! 」


「いえ、笑ってる訳では━━」


「確かに誉められて、嬉しくて、だらしない顔になったかもしれないけれど。鼻の下も伸びてたかも知れないけれどっ」


「そうではなく。ルイーズが愛らして、つい━━」

「笑ってしまったと? 」

「はい」

「やっぱり、笑ってたんじゃない。もう、ダリウスったら」


 ぷんぷんと怒るふりをする私の前に、急に躍り出るダリウス。


「どうしたの? 」

「しっ! 何かがいます」


 私の口を塞ぎ、ダリウスが辺りを見渡す。

 そして、ある場所を凝視した。


「来ますっ! 」


 ダリウスがそう叫んだ瞬間。


 胃液の中から━━━━


『じゃじゃじゃ~んっ! 我、参上! 』


 変な生き物が飛び出してきた。


「「…………」」


 呆気に取られ、変な生き物を見つめる私とダリウス。

 まん丸とした体躯の人魚? といった感じとも言えるし。

 まん丸とした半魚人を、少し人間寄りにした感じとも言える。

 細かく説明すると、耳にヒレがあり、口元は魚の歯。

 まん丸ころりんとした人間っぽい体に、クジラみたいな下半身の妙な生き物なのである。


『あれ? 人数が足りぬな……』


 妙な生き物が首を傾げる。


「人数? 」


 ついうっかり、聞き返してしまった私を、ダリウスが隠すように前に出た。

 その様子を気にも留めず、妙な生き物はこう続ける。


『3人呑み込んだはずなのじゃが……1人しか居らぬではないかっ! なんてことだ。我のうっかり者め━━』


 そう言って、妙な生き物は自分で自分の頭をポカポカ叩き始めた。


「ねぇ、ダリウス。1人ってどういう事だろう? この場には私とダリウスの2人だよね? 」


 小声でダリウスに問うと。


「ええ」


 と短い返事が返って来た。

 私は思案する。

 2人居るのに、1人とは?

 もしやっ!


「このダリウスは偽物っ?! 」


 ペチペチと触って確かめる。

 

「本物ですよっ! 」


 軽いデコピンと共に、そう言い切るダリウス。

 

「いたっ━━えっ!? 痛くないっ」


 ダリウスにデコピンされたはずなのに、痛みがない。

 そう言えば、寒さも感じないわ。

 あれほど、ダリウスは寒がっていたのだから、ここはとても寒い場所のはずなのに。


 もしや、私はすでに亡き者にっ?!!!


 私は後ろを向き、先ほどまで居た場所を見つめた。

 そこには、黒く焦げた物体と何かの布切れが落ちている。

 あの布切れは……。

 水着っ?! そうよ、あれは私が丹精込めて作った水着の切れ端じゃない。

 では……横の黒い物体は……。

 ここで、私は納得した。

 ダリウスが頑なに、振り向くなと言った意味を。


 私はそっと瞳を閉じ、胸に手を押し当てた。

 心は驚くほどに凪いでいて、私の心にあるのは、感謝の念のみである。

 関わった人達の顔が次々と浮かんでくる。

 皆、ありがとう。

 そして、最期を看取ってくれたダリウスに、様々な感謝の気持ちを込めて、こう告げた。


「私のゾンビと戦わせてしまって、ごめんなさいね。手強かったでしょ」


「えっ? 」


 ダリウスは驚きの声をあげ、私に何かを告げようとするも。

 

「いいのよ。私は気付いてしまったの」


 私は背後を指差し、答えた。


「はっ? えっ?!! 」


 ダリウスは拳をギュっと握りしめて私を見つめている。

 その苦悩に満ちた顔で、私は察してしまった。

 別れを惜しんでくれている事を。

 だから、何も告げずにいた事を…………。


 私の気持ちは穏やかだけれど、心残りはある。

 もう、貴方達の血肉となるご馳走を振る舞えない事と、開発中の武器を渡せなかった事がね。


 私は、未来を貴方達に託して逝くけれど。

 大丈夫。今の貴方達は、レベルマックスでラスボス戦に赴く戦士と同じくらい強いもの。

 私の自慢の子達よ……。


 うん?

 でも、さっき、魔法を発動出来たわね。

 という事は……幽体でも魔法を使う事は可能という事なのかしら?

 しかも、アイテムバッグから、荷物も取り出せたわ。

 だとしたら、天に召される49日まで、現世で過ごすことが出来るって事?

 そうだとしたら、開発中の武器を仕上げる事も可能かもしれない。


 更に、諦めていた可愛い天使のジョゼやぴよたろう、父様や母様、ケンゾーに師匠。

 サクラおばあ様をはじめ、隠密部隊の皆さんにお別れを言えるし、ご馳走も振る舞える。


 うん。そうと決まれば、こんな胃の中でのんびりしている時間は無い。

 私には限られた時間━━49日しかないのだから。


「ダリウスっ! ここを出ましょう」

「えっ? ああ、うん、はい」


 私は幽体だから、すり抜けが出来るかもしれない。

 けれど、ダリウスには肉体がある。

 一緒に出る為には、正攻法で行くしかない……。

 まず、気にすべきはこの大きな生き物は食用かどうかという事。

 綺麗ごとかも知れないけれど、食べない生き物の殺生はしたくないのだ。

 

「ダリウス。この生き物は食べられると思う? 」

「うん? どうでしょう? 海の生き物ですし、食べられるとは思うのですが……」

「だよねっ! じゃあ━━」


 私は胃壁を指差し、


「あの辺りに、穴を開けるわね。そこから出ましょう」


「はい。お願いします」


 私は瞳を閉じ、集中してマナを練る。

 失敗は許されない。

 一回だけのチャンスである。

 手の平に集まった様々な属性を含むマナを、更に魔法へと進化させる。

 まず、痛みを麻痺させる雷系魔法を外側に。

 これは、痛みでこの大きな生き物が暴れない様にするためだ。

 もし、大暴れでもされたら、私達━━ダリウスはもれなく胃の中でシェイクされてしまうのだから。

 次に、風系魔法で穴をあける。私達が通れるくらいの穴が空くように。

 更に、穴を固定するためと流れ出る血で視界を塞ぐことがないよう、癒し系魔法を併用する。

 血塗れだと、歩きにくいし、前が見えなくなるからね。


「行くよ━━」

「はい」


 そうれっ!


『なっ! 何をしておるっ。待たぬかっ!! 』


 叫び声と共に、放たれた魔法を素早くキャッチした半魚人? もとい、妙な生き物。


「おお! 魔法を掴んだよ」

「ほう、凄いですね」


 私とダリウスが感心して見ていると、半魚人? は魔法をパクリと呑み込んだ。


「食べちゃったよ」

「食べてしまいましたね……」


『おお、なかなか刺激的な味わい。やるなっ』


「刺激的なんだって」

「刺激的なんですね」


『むむっ! これはっ! 力が溢れ出てくるぞい』


「溢れ出ちゃってるんだって」

「確かに、体から光が漏れ出ていますね」


 爆発物が、爆発する瞬間みたいな風貌になっている半魚人は━━面倒だから、魚人でいいや。

 穴という穴から、光が漏れ出ている。


「なんだか、見ていると不安になってくるわ」

「なぜです? 」

「だって━━」


 私は目を伏せ、ダリウスの問いに答えた。


「体の内側から、ドッカンって事になりそうでしょ……」

「…………」


 ダリウスは何も答えず、ゴクリと喉を鳴らした。


『ウッホホイッ! なんという事じゃ、なんという事じゃ~~~』

  

 爆発するでもなく、小躍りを始める魚人を見つめるしかない手持無沙汰な私とダリウス。

 

「ダリウス、こうしていても仕方がないし、口の方へ向かってみる? 」

「そうですね。余り長い間、留守にしましては、侯爵様も心配されますし、早めに脱出を図る方が良いでしょう」

「確かに。業を煮やした父様が、この大きな生き物を綺麗に切り裂いてしまうかも知れないものね」

「さすがに私達が中に居るのですから、一刀両断という事はなさらないでしょう」

「…………そうかしら? 」

「そうですよ。もし、その様な事となれば、私達も無傷では済みませんし……」


 そう断言しながらも、不安に感じたのか、ダリウスは四方八方を見渡した。

 そして、

「今のところは、大丈夫そうですね」


 と息を吐く。


「ダリウス、行きましょうか」

「はい」


 こうして、私とダリウスは脱出すべく歩き出した。

 食道へと続く道に向かって。


『ちょっと、待て~~~いっ! 』


 魚人の声が胃の中で木霊する。

 ぐわ~んぐわ~んと響き渡り、ちょっと五月蠅い。

 眉間に皺をよせ、私とダリウスは魚人を睨め付けた。


「何かしら? 」「何ですか? 」


『用があるから、呼んだのであろう』


「まぁ! 聞いた? ダリウス。人を丸呑みしておいて、用件があるですって」

「はっ! もしや、素直に消化されない私達に、消化を促すつもりですかっ」

「まぁ怖いわ」

「ルイーズ。私は貴女が消化されない様、精一杯お守りします」

「ダリウス……」


 幽体の私が消化されるのかは甚だ疑問ですが。

 貴方のその気持ち、とても嬉しく思いますわ。


『違うわっ。ええい、まどろっこしいの』


 そう言って、魚人は自身の頭を撫でつけた。

 ええ、お魚ですし、髪の毛は御座いませんわよ。

 つるつるっとしています。

 しかも、さっき食べた魔法のせいで、後光が差しているかの様に輝いております。


『まぁ、良いわ。よく聞け、小童よ。我は、名は無いがこの海を守護する者である』


「名前がないの? 」

「ないのですか? 」


『人は、我を『御柱様』と呼ぶが、これは名でないからの』


「ふ~ん」

「へぇ~」


『なんじゃ。食いつきが悪いの。もっと、なんかないのか? 気安く、きゃ~神話に登場する御柱様ですかっ! くらい言っても罰は当たらぬぞ』


「「キャー、シンワニトウジョウスルミハシラサマデスカッ! 」」


『心がこもっておらんが、まぁよい』


 いいんだ。

 しかも、まんざらでもない風で照れている。

 魚人━━御柱様、ちょろいな。


「神話って聞いたことないんですけど、有名なんですの? 」

「私も聞いたことがありませんね……」


 私達の問いかけに御柱様が驚きの声をあげた。


『ギョギョッ! 知らぬとはお主、この地の者ではないなっ』


「魚人が、ギョギョッですって。ふふ、可笑しい」

「言われてみれば、可笑しいですけれど、その事は一旦置いておきましょうね」


 そう言って、ダリウスは御柱様に向き直り、こう続けた。


「仰る通り、私達はこの地の者ではございません」


『なんとっ! そうじゃったのか……まぁ、詳しい話はこの地の者にでも聞くとよいわ。長くなるでの』


「帰ったら、聞いてみましょうか」

「村長辺りでしたら、知っているかもしれませんしね」


『して、用件を言うぞ』

 

 私とダリウスはコクリと頷いた。


『これから、数年後……世界が混沌に落ちる。それを救えるのは、お主と呑み損ねた2人じゃ。今、この地に来ておらん者も居る様じゃが、時が満ちれば、その者達もこの地にやって来るじゃろう……定めじゃからの』


 勘の良い私は気付いた。

 呑み損ねた2人とは、きっとナギとフェオドールで、この地に来ていない者は、殿下とジョゼだろうと。

 ふふ、これはゲームのイベントなのね。


『その時が満ちる時、我の導きである場所へ行ってもらう』


「ある場所? 」


 ダリウスが問う。


『そうじゃ。今はまだ言えぬが、その地に向かう事こそがお主達の力となる』


「強くなれるのですか」


『うむ。かなり強くなれる』


「承知いたしました。その時が来るのを心待ちにしております」


『では、これを授けよう』


 御柱様はそう言って、綺麗な石の付いたペンダントを5つ、空に浮かべた。

 そのペンダントが移動し、ダリウスの手にポスンと落ちる。


「綺麗な石ね」

「ええ」


『そのペンダントの石が光り輝く時、この海に来るのじゃぞ。他の者達も連れてな』


「はい。しかし、他の者とは誰なのですか? 」


『なに、案ずるではない。持つ者が現れた時、勝手に手に渡る様になっておる。しかも、資格がない者がが手にすると痺れる。それはもう、痛いくらい痺れるので、防犯機能バッチリじゃ』


 へぇ、面白い。

 後で、触らせてもらおうっと。


『では、元の場所へ送るぞ』


 御柱様がそう告げると、ダリウスの体が光に包まれる。

 そして━━居なくなった。

 …………あれぇ?

 …………私は?


「あのぅ……御柱様? ちょっとよろしいですか? 」


 おずおずと手を上げ、問いかけてみる。


『…………』


 返事がない。

 …………はっ!!

 そっか! 私は幽体だったわ。

 さっきから変だなとは、思っていたのよね。

 私の問いかけには反応しなくて、ダリウスの問いかけにだけ返事をしていたもの。

 そっか、そっか。

 幽体の私の声は、仲の良いダリウスにしか聞こえず、姿も御柱様には見えていなかったのだろう。


 そうと決まれば、胃の中に居ても仕方がない。

 サクッと外に出ますか。

 見えないとはいっても、礼を欠くのは嫌なので、御柱様にペコリと頭を下げる。


 そして、私は浮遊魔法を発動した。

 一番、お肉のなさそうな背骨側から、すり抜けようと思ったからだ。

 もし、お肉の厚い側をすり抜けようとし、前後左右を見失ってしまうと。

 もれなく、迷子になってしまう。

 私は幽体1年生。ピカピカの初心者なのである。

 無理は禁物。安全第一を心掛けなければならない。

 あと、ゆっくりと移動するのもやめた方がいいだろう。

 熱い血潮が駆け巡る様や、肉の脈動など見たくはない。

 なので、一気に、突き抜ける感じで行こうと思う。


 よし、出発だ!


「行けーーーーーーーっ!!!! 」


 拳を握り、高く掲げたポーズのまま、突っ込む。

 気分は彗星。

 または、スーパーヒーロー。


 そして私は…………背骨側の胃壁を通過━━━━


 ━━━━ボキッ!!!!!


『グホォォーーーッ!! 』


 ん?

 …………。

 あれ?

 …………。


 突き刺さった拳を眺める。

 あれぇ??


『グワァァァァ、痛いっ、痛いのじゃっ、息がっ、息が出来ぬっ』


 叫び暴れ狂う、御柱様を一瞥する。

 苦しそうね。大丈夫なのかしら?

 しかし、私が声を掛けたとて、聞こえないのだ。

 どうすることも出来ない。


 なので、私は自身の現状に目を遣った。

 この埋まった拳を引き抜くのが先決ね。

 グリグリ━━

 グリグリ━━

 

『やめてくれぇぇぇ━━後生じゃぁぁぁ━━━━』 

 

 なかなか抜けないわね……。

 幽体でもすり抜けが出来ない特殊な結界でも張っているのかしら?


 結界…………あっ!


 防御結界を解除するのを忘れていたわ。

 いくら幽体の私でも、結界を纏っていたら、すり抜けなんて出来る訳がないじゃない。

 結界は、ありとあらゆる攻撃、衝撃を弾くものであるのだから。


 テヘ、失敗失敗。


 頭をコツンと打ち、自身の失敗を窘める。


 そして、気を取り直し、胃壁に強化魔法を施し、足を置く。


「うんしょっと」


 すると、スポンと言う軽い音と共に拳が引き抜かれた。

 

「やった! やっと抜けたわ。やっぱり、足場が安定すると、力の入り具合が違うわね」


 感激する私とは別に。

 

『ウググググ━━━━』


 未だに、苦痛を耐え忍んでいる御柱様。

 私は、すぅっと表情を引き締め、こう告げた。

 

「御柱様、私にはどうする事も出来ません。ごめんなさいです」


 せめて声だけでも届いたのなら、何が辛いのかがわかるのに……。

 歯痒いわ。


 だからといって、立ち止まっている場合でもない。

 気を取り直して再出発と致しますか。


 私は防御結界を解除し、助走をつける為に距離を取った。

 

「さらば、胃壁! 私は外に出るっ!! 行けぇぇぇぇ━━━━」


 

 ━━━━バシュッ!!!!!


『グワァァァアーーーーーーーー!! 』


 …………。


 あれ?

 あれれ?

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