不穏なる闇の蠢動①
どうやら、副作用が現れたようでした。元々、魔族の力は人の身で扱いには、膨大過ぎる力だったのです。それを、無理やりに身体に捻じ込み、爆発的な力を得るのがあの錠剤。当然、瞬間的な戦闘力を得られるものの、副作用は強大で、大半の場合はその命を代価として奪ってしまいます。
キメラと同じで、自分の身体に異物を捻じ込んでいる様なものですから、体内ではDNAが反発し合い、臓器や器官をズタボロに切り裂いて使い物にならなくなります。
それを理解してか、していなかったのか。あの時、キリカナンは躊躇いも無く錠剤を吞み込みました。その後の彼の自信に溢れた様子を見るに、副作用の存在を知らなかったのか、あるいはそれを知った上で、自分なら大丈夫だとでも高を括っていたのでしょうね。愚かな事です。
眼前には、醜く蠢く巨大な肉塊がありました。嘗て、キリカナンだったものです。それは、今も膨らんでおり、破裂寸前といった感じでした。私は、慌てて横たわったままのお嬢様に駆け寄り、その身体を優しく抱き上げると、その華奢な身体に『魔力障壁』の魔法を掛け、肉塊の爆散に巻き込まれぬ様、退避します。
途端、お嬢様はううっ、と呻き声を上げ、瞼を開きました。目が覚めた様です。しかし、それは本来喜ばしい事なのですが、今だけは最悪のタイミングでした。
私の姿は今、アルシェードのままだからです。私の姿を見て、お嬢様が一瞬だけ激しい嫌悪感を見せた後、何かに気付いたのか、突然と身体の震えを止め、怪訝な声で問いました。
「……貴方、もしかしてアリス……?」
「……!? ち、ちがっ! わた……俺は、王太子アルシェードだ! アリスというものなど知らぬ!」
「……いいえ、その反応を見て、確信したわ。貴方は、アリスなのでしょう?」
「……だから、ちがう……と」
「では、その服は何なのかしら?」
確信を得て問い詰めるお嬢様に、返答に詰まっていた所、ブゥオオンと大地が鳴動したかのような音がその場に響き、私は不覚を悟りました。お嬢様が眼を覚ますという不測に慌てて、退避を忘れていたのです。
そして、部屋を埋め尽くす程に肥大化した肉塊は小さく小さく、豆粒程度に凝縮されたかと思いきや次の瞬間。
全てを呑み込む勢いで、大きく爆ぜました。
「しまっ――」
そして、視界が白に染まっていきます。
「…………危なかった」
あの瞬間、私は残るほぼ全ての魔力を使い果し、お嬢様と自分を護る『魔力障壁』を張りました。勿論、お嬢様の安全が最優先なので、障壁の硬度の殆どはお嬢様の方に偏りましたが、その影響あって、私の方では衝撃を緩和しきれず、大ダメージを受けました。今の構図を、三次元的に説明すると、肉片が散らばった洞窟の一室に、サイズの合わないボロボロなメイド服を着た、全身ボロボロの男と、その腕に傷一つ無い美麗の少女。といった感じでしょうか。一呼吸遅れるか、詠唱を間違えていれば、私も散らばる肉片の一つになっていたでしょう。
さて、と視線を下に向けます。お嬢様が、腕の中で安らかに寝息を立てて眠っていました。強い衝撃を受けて気絶してしまったようです。魔力障壁を張ってまで衝撃が伝わってくるなんて。多分、爆発の瞬間的な火力は、前世でいう核爆弾並みの威力はあったかと思います。
それはそうと、お嬢様には私の正体がバレてしまったのでしょうか? もしかして、解雇される? ……お別れの挨拶を今の内に考えておきましょうか。
――このまま誤魔化しきれれば、それが一番いいんですけどねぇ。




