真相の露見
悪辣な臭いと共に、空気が桃色の煙に染められ、やがて柑橘色に淀んでいきます。同時に、ぷしゅーと空気が抜けた様な音が響き、私の身体は熱に苛まれました。煙が部屋中に充満しつくした頃。散漫する煙は空気と同化し、徐々に視界が明瞭になって来ました。
そして、表情を驚愕に染めたキリカナンが、最初に口を開きます。
「——なッ! お前は……いや、貴方様は!?」
「……えっ、はっ? も、戻ってる……だと!?」
なんと、身体がアルシェードに戻っていました。肉体が誇張され、服が苦しくなります。
脳内が原因の解明へ向けて高速回転し、辿り着いた答えとして、魔力遮断(妨害)された事による弊害であると考えられました。
しばらく呆然と立ち尽くした両名でしたが、やがてキリカナンが苦笑交じりに口を開きました。次第に、それは愉快げな笑い声に変貌して行きます。
「まさか、な……くふっ、ふふっ、フハハハッハハッ!! よもや、よもやだ!! 滑稽だ! これ以上の笑い話を、俺は知らないッ!」
彼の様子に言い訳の余地なく、私はしばらく様子見に傍観します。
「まさか、これ程までに元婚約者への執着を持っていたとは! 王太子たる貴方が、姿性別を偽ってまで、メイドの真似事に勤しむだとッ……くくっ、嗚呼! 嘆かわしいッ! 堕ちたのは貴方の方では無いですか、愚鈍なるメイド。いいえ、王太子アルシェードよ!」
「………………」
尚も沈黙する私の様子に、キリカナンは失笑します。枯れた様な笑い声を上げた後、彼は突然声を荒げました。
「何か答えて見てはどうだッ!! アルシェード王太子!! 貴様、これは一体どういう了見だ! 王国を捨て、自分を捨てた女の元で駄々に耽っていたというのか!!」
「……お前には関係ない」
「関係ないだと!? ない訳があるものか! 私は宰相となるはずだった男だぞ! 貴様を支える片翼となるはずだった男だ! 私の期待を、そして王国の民の期待を貴様は裏切った! 私の憤慨が分かるか!?」
また、沈黙が続きます。ここで何か否定を入れなくてはならない。上手く言葉が纏まらず、口に出たのは嘗て母上にも申した、責任を放棄する様な言葉だけでした。
「…… 転生者の俺にとって、ぶっちゃけ、王国も民もどうでも良いんだよ! 王族の責務なんて、もっての外だ。俺はそんな器なんかじゃない」
「……はぁ? 転生者だと? 貴様、何を言って……遂に頭まで狂ったというのか?」
自分でも、無茶苦茶な事を言っている自覚はあります。しかし、やはり私には王国を支配するなんて野望も願望も、民を従える人徳も、そうしようとする気概も無かった。
キリカナンの言葉を無視して、私は言葉を重ねる。
「今の俺には、お嬢様がいる。お嬢様が俺の全てだ。彼女を護れるのは俺しかいない。運命から救ってやれるのは俺しかいないんだ。それを邪魔する者は誰であろうと容赦はしない。危害を加えようとするなら、排除するのみ。キリカナン、お前は此処でストーリーから除外されるんだよ!」
嘗て、私は己に問いかけた。
——その刃を、同じ『人』に向ける事が出来るのか。
やがて、その決断を迫られる時が来るのだと。それは、この瞬間で間違い無いだろう。臆病な私は、キリカナンという有毒を残しておく選択肢を取れそうには無かった。
「お前が誰の指示に従い、何の目的でお嬢様を狙うのかは知らない。だが、冥土の土産に覚えておけ」
そして、凍える程の冷徹さを滲ませた声で。
揺るぎのない殺気を込めて、私は言い放ったのだ。
「——お嬢様に手を出そうとするヤツは、誰であろうと決して生きては返さない!」




