ミッドナイト公爵の叱責
実は、アリス=アルシェードだと知っている者は、蛇三姉妹を除けば五人います。二人は、レイヴン伯爵家の父娘。もう二人は、国王陛下と王妃殿下。お父上と母上ですね。そして、五人目となるもう一人の人物となる男。
——ミッドナイト公爵家当主、ヴラド・ミッドナイトは徐に口を開いた。
「これは、どういう事かね。アリス“君”説明しなさい」
「……申し訳ございません。“旦那様”」
「謝罪はよい。無価値だ。私は事の経緯を聞いているのだよ。我が愛娘の専属にして、全ての元凶。アルシェード王太子殿下よ」
今朝方、お嬢様の突然の失踪が明らかとなった。お嬢様を起こしに、部屋を訪れたメイド長がお嬢様の不在を視覚し、迅速に公爵様へ報告しました。
部屋には、何者かが侵入した痕跡が残されていたそうです。残念ながら、最初にお嬢様の部屋を訪れたと思われるメイド長は、牢に捉えられる事となり、現在は厳格に事情聴取をされているとの事でした。
他の給仕さん達も、取り調べを受けている模様。今度はそれが、私の番となった訳です。
しかし、これは取り調べというよりお叱りという方が正しいでしょうか。
「君は初めて対面したあの時、私にこう豪語して見せたのだ。『私に娘を任せろ』とな。それが、どうだ? あろう事か九ヶ月もの間、無断で屋敷を去り、挙げ句の果てにはこの始末。君は一体、どの顔を立てて私に頭を垂れている」
重苦しい沈黙が続きます。旦那様の言葉に、私は返す言葉がありませんでした。彼との因縁と言いますか、アルシェードだと分かった上で、私が屋敷に居られる事には、彼と結んだ契約が深く関わっていました。その詳細はまたの機会に。
「……申し訳ありません」
「よい。それは聞き飽きたと言うておろう。私は、君に問うているだけだ。こんな所で、跪くのが貴様の仕事か、とな」
上に立つものとして、常に扇動的な口調なのが、このお方の苦手な所でした。伝わりにくいので、一々遠回しな発言をしないで欲しいです。当然、そんな想念は口に出す事なく、私は短く頷きます。
「どうか。もう一度だけ御機会を。お嬢様を救い出した際には、私の解雇を代償として頂ければと」
だから、私は彼の言語に合わせて見ることにしました。淡々と、要点だけを言えばいいのでしょう? 仕事人である彼には、交渉材料にメリットと代償を支払えば、応えてくれるに違いない。
しかし、旦那様は首を横に振り、私の即案を一蹴しました。
「ならぬ。それは、我が娘の望む事ではない。代償の話はまた今度だ。だが、機会を与える件は了承としよう。そこで、君に渡しておくべきものがある」
そう言って、彼は一枚の封を取り出しました。
「娘の部屋に残されてあったそうだ」
「なっ……! これは……」
表紙には、見た事のある家紋が刻まれており、私はその正体を連想して低く唸ります。このタイミングで、“バルトロ”家からの紋章の刻まれた手紙がお嬢様の部屋に置いてあった……その意味を深く吟味しながら、私はそれを受け取り、許諾を得てから中身を開封します。
そして——
「……キリカナンンン——!!」
憎き者の名を見た私は、湧き上がる怒りを抑える事が出来ませんでした。




