メドゥーサ討伐(?)②
「貴方ね? 我が妹メドゥーサを討伐したっていう人の子は」
「え、あの……違いますって……その、あの」
「あれれ~よく見れば可愛い顔じゃん。虐め倒してやろうか?」
「うふふっ。落ち着きなさいエウリュアレ。人間の子は初潮を迎えた直後が一番美味しいらしいわ。この子、如何いう事かこの年でまだ迎えていないみたいだし、もう少し頃合いを見計らってもいいわね」
「へぇー。流石はステンノー姉上。博識である」
「あ、あのう……お話を」
今、私の眼前に居るのは二体の巨大な蛇。メドゥーサとは違って、その顔は普通に蛇の物で、人の物では無かった。
彼女(?)達は、伝承にも伝えられるゴルゴーン三姉妹の次女と長女方。
落ち着きのある言葉遣いのが長女のステンノ―。
無邪気の子供の様な……いや、ギャルっぽい口調のが次女のエウリュアレである。
二人は私を見定めている……というより、尋問しているかのようだった。
――流石に冗談だとは分かっているつもりです。
……ですが、二人とも、眼が笑っていないというかなんというか。
本当に今すぐ私を食べてしまうんではないかといった雰囲気です。
大体、自分より何十倍も身体がデカい生命体を前にして、平静でいられる訳が無いですよね。
押し寄せる恐怖から、私は足が竦んで一歩も身動きが取れませんでした。
「いやぁ、生き返ったわ~。やはり水浴びは汚れと一緒に傷付いた心も洗い流してくれるわね」
その時、鼻歌交じりに私達に割って入ってきたのは、ゴルゴーン三姉妹が三女。メドゥーサだ。姉方と違うのは、その顔の部分が蛇の物では無く、人の顔であるという点。純粋な巨蛇である次女と長女に対し、メドゥーサは半蛇半人といった異質の生物であった。だが、それを気味悪がる者は、この場には居ない。
異質な姿に私が畏怖を抱える事はあれど、決して不快感を抱いてはならないのである。自分の命を掌握し得る相手に嫌悪感を向ける度胸なんて私には無い。
しかし、歪にコラージュしたその身体と顔に違和感はあれど、肝心のその顔は正しく人間でいう美少女に値する美麗なものであった。端正だが、幼さが残る顔は十代後半に差し掛かった当たりのものに見える。
丁度私と同年代ぐらいの顔だ。非常に可愛らしいものである。
……その半身が蛇で無ければだが。
そんな彼女、メドゥーサは私に背中でピーされた汚れと心のショックを洗い流すために近くの川で水浴びをした帰りの様だった。
「……って、あれ? 皆これはどういう状況なの? アリスが立ち竦んじゃってるみたいだけど」
「め、めどぅーざぁああ!! 助けてよ! 君のお姉さん方ってば全然話を聞いてくれないんですぅ……」
「こ、こらこら。分かったから少し落ち着きなさい?」
懇願する様にメドゥーサのその半身に抱き縋った私を、快く尻尾で背中をあやしてくれるメドゥーサちゃん。
――好き。
そんな私達の様子を見ていたゴルゴーン三姉妹が長女――ステンノ―が分かり易く演技だと分かる声で、驚いて見せた。
「きゃぁあああーー。め、メドゥーサが息返ってるーー!! ゆ、ユウレイだわ!! それとも死霊術? こ、こわいわー!!」
それに続いて次女のエウリュアレが、妹のおままごとに付き合ってあげる姉の様な面持ちで続ける。
「なななな、なんだって~!! アタシ達の妹、メドゥーサの死体が邪悪なる死霊術師『アリス』に操られているっていうの!? こ、これは大変!! 今すぐ邪悪の根源を倒さねば!」
そう言って、ワザとらしく、ぴしゃぁ!、と犇めいて私を睨みつけるエウリュアレ。
――こ、怖すぎて失禁しかけました……
じ、冗談ですよね??
「こら! お姉ちゃん達、余りアリスを怖がらせないで頂戴。この娘、こう見えてかなり繊細なんだから」
「め、メドゥーサが喋った!? この人でなし!」
そう言うのは、長女のステンノ―。
人でなしの使い処が間違っている様に感じるのは、言わないでおこう。
「さっきから、喋ってるわよ……久しぶりの人間で嬉しくなってはしゃぐのは分かるけど、程々にした方がいいわよ」
といって、姉を嗜めるメドゥーサ。
――何だろう。この中でメドゥーサが一番姉に見えるのだが……実は姉妹の順番逆だったりしないだろうか。
「ははっ! 妹の言う通りだぞ姉上。人間を虐めるのも程々にしておかないとな!」
と、途端に尻尾を返す次女のエウリュアレ。
――いや、貴女も私の事弄ってましたよね? 虐めるって最初に言ったのも貴女ですよね? 今更誤魔化したって許しませんからね!?
「むむぅ。エウリュアレまでいうなら仕方ないわね。それに、確かにやりすぎてしまった感は否めないわ。ごめんねぇ? アリスちゃん。メドゥーサの言う通り、久々に人間の娘が現れたものだからつい浮かれちゃって」
と言って、てへっ! とでも言うように片目をウィンクさせる長女のステンノ―。
――もう嫌だこの三姉妹。
とは終始決して言わなかった私の心の叫びである。




