お嬢様の魔法を見る
メイドなって二週間。仕事にひと段落付き、窓の外を眺めていると、洗足の講師から魔法を教わるお嬢様が目に映りました。
「水球!」
と、けたたましく魔法の名を叫びながら的当てに向けて放っています。
デート(勝手に思っている)の日から一週間。あれから、少しお嬢様の様子が変です。というのも、所々で私に構ってくるんです。
ある時は廊下ですれ違って、そのまま小一時間ほど立ち話を……
ある時は、夜な夜な私の部屋に忍び込んでは寛ぎ始めました。
流石に不味いと思ったので、少し寛いだ後に、部屋に戻ってもらいましたが。
話しかけてくれるのは光栄ですし、とても嬉しいですが何だか度が過ぎると言いますか、距離感が近すぎる? 気がします。
推しとコンタクトが取れる私としては眼福ですが、この距離感は何だか危険に感じるのです。
あ、そうそう。私、お嬢様の専属メイドに指名されました! 突然お嬢様のお父上であらせられる、旦那様に呼び出されて何かと思えば、お嬢様直々に専属メイドに抜擢してくれたそうです。
「給料を上げるからどうか娘を頼む!!」
とか言われるものですから、断れませんでした。守銭奴とかじゃなくて、旦那様の威圧に屈したわけです。
お気持ちは嬉しいのですが、こんなメイドなって二週間弱の若輩者が専属で宜しいのでしょうか?
「水牢!」
「ほほん。お見事です! ルルカリア様。本日の授業はここまでと致しましょう」
そんな事を考えながら、暫く魔法に励むお嬢様を見ていると、魔法講師の合図と共に、授業が終わったのか、魔法の打ち込みを止め、お嬢様は掛けてあったタオルを手に取って汗を拭き始めました。
そこで、廊下から眺めていた私と視線が合って、お嬢様は驚いた様な表情を見せます。
無視するのも良くないので、私はお嬢様に近寄って労いの言葉を掛けました。
「魔法の授業、お疲れ様でした。お嬢様」
「ええ。ありがとう」
お嬢様は水属性の魔法の使い手の様です。ゲームでは結局その力が振るわれる事無く、断罪されて死んでしまいますが、側から見てても分かる通り、その才は光るモノがあります。
ゲームでは中盤になって漸く攻略キャラたちが使える様になる中級魔法をばんばん発動させていました。
また、その精度もさる事ながら、恐ろしいのは魔力制御の質です。繊細で緻密な魔力操作が必要な水魔法を、お嬢様は完璧にコントロールしていらっしゃいました。
やって見ようと思えば、水の質量なりを圧縮したり、凝縮したりする事も出来るのでは無いでしょうか?
例えば、空気中の水分を抜いたりとか出来てしまうわけです……
お嬢様の魔法について解析していると、怪訝そうな顔で、お嬢様が訊いてきました。
「アリス、もしかして魔法に興味があるの?」
「ええ。それなりに嗜みますよ。腕にも自信があります!」
「えっ!? そうでしたの? も、もしかして、此処に来る前はそういう仕事に就いてたり……」
「はい! メイドになる前は冒険者になりたかったですし」
軽い調子で言う私に、お嬢様は血相を浮かべてまるで交通道路に飛び出た我が子を叱るかの様な形相で怒鳴る様に言いました。
「だ、ダメよ!!冒険者になんて絶対ダメ!」
……突然の荒声に、戦慄しますが、果たして何をそんなに怒らせてしまったのでしょう。
はて、と思っていると、お嬢様がしまった! と言いた気な困惑した顔を浮かべ、怯える私を見て謝って来ました。
「ご、ごめんなさい。突然怒鳴り付けてしまって。でも、仮にアリスが身を守れるだけの実力を持っていたとしても、冒険者だけはダメなの。危険だし、粗暴だし。生死を彷徨うとても、危険な仕事ですわ」
——何より。
と、意味深に言葉を強調させ、表情を恍惚のものに染めながら、お嬢様は続けます。
その眼からは色が抜け落ちている様に見えました。
「許可なく私の側を離れる事は許しませんわ。
ずっとずっと一緒よ、アリス。
貴女の事は、私が守ってあげる」
——何だか、激しく悪寒がするのですが!?




