ルルカとアリス②
「——それ以上を望めないんです」
彼女のその一言が頭から離れませんでした。多分、私はその先が聞きたかったのでしょう。望めないとは何をでしょうか? 何故、それを望んではいけないのでしょうか?
しかし、彼女は終始何も教えてくれませんでした。私はそれがひどく悲しかった。
会って一週間程度の間柄ですので、信用されていないのは当然ですよね。
だけど、そう言う彼女の顔が……とても悲しそうで、放っておけばこのまま消えてしまいそうで、私は辛かったのです。
——いいえ。消えてしまいそうに見えた……では無いですね。恐らく本当に何もしなければ彼女は私の前から消えてしまうのでしょう。
ええ。今思い出しました。あのこびり付く笑顔の正体を。重ねていたんです。あれは間違いなく同じものでした。
私が恋焦がれた、あの時のあの人の笑顔と……重なって。
だから、変だったんですね。ここ最近の私。
何だか、ずっとずっとあの子に心が振り回されていたというか……何かを引き摺っていた様な気がします。
その理由が分かりました。思えば『アリス』という名前にも激しい既視感を感じたのは、あの人と名前が似ていたからですのね。
私の《《元婚約者》》『アルシェード』に。
ふふっ。ふふふ、ふふふふふ。
溢れ出る笑みが止まりませんでした。
最早運命なのでは無いでしょうか? 貴方を失って、また貴方の面影に追われるだなんて。
どうして、忘れていたのでしょう。何度も何度も、無様に死んで何度も何度も、やり直して。
見飽きれるくらい、貴方の笑顔を見て。
そして、捨てられたというのに。
何度も何度も刻まれて。
何度も何度も、痛かったのです。
夢だと思いたくて……だけど、現実に私は痛くて。恐ろしくて。だけど、貴方は助けてくれなかった。
だから、私は何度目かも分からないこの機会に。
貴方を諦めようと決意したのです。
しかし、また結局私に会いに来ましたね。
これも私の未練なのでしょうか?
私が望んだ邂逅なのでしょうか————
——そんなモノ。望んだ覚えなんて無いですよ?
ポタポタ——
雫が溢れる。一粒流れれば、後は滝の様でした。
ははっ、あははは。ふふふふ——
我ながら乾いた笑いが出ました。
嬉しいですよ。はい。とても、とてもとてもです。
ですが、滑稽じゃ無いですか。
あの人の面影を勝手に貴女と重ねるだなんて。
これでは、失ったモノを貴女で埋めようとしているだけみたいじゃ無いですか。
こんな醜悪な私を。貴女も笑ってしまうでしょう?
いいえ、そんな事よりも。
——私は、貴女と。どう向き合えば良いのでしょうか?
「アリス」
いいえ、アルシェード——
——なんて、そんなはずありませんよね。
少々荒ぶってしまいましたね。今、冷静になりました。
少し。たったほんの少しだけ、アリスがあの人と似ているだけで、こんなにも荒れてしまうなんて。恥ずかしい限りです。
ええ。これは私の独先でしたね。
アリスとあの人は別人に決まってます。
性別から違うのですから、同一人物のはずが無いのです。
一体、何を重ねていたのでしょうか。
あり得ません。だって、アリスはあの人の様に私を刻まない。絶対に。私を見殺しにしたりなんてしない。
もう、私は【断頭台】に立つ必要はないのです。
そうでしょう?
——アリス。
今世では、私を助ける為に貴女は現れたのでしょう?
お願いですから、どうか私を。
嘗てのあの人の様に、
捨てないでくださいね?
今は、貴女が私の元を離れてしまうのが。何よりも怖いのです。
——ですから。少しぐらい束縛してしまっても、構いませんよね?




