ルルカとアリス①
私の名はルルカリア・ミッドナイト。ミッドナイト公爵家の長女ですわ。
私には、先日までアルシェード様という、この国の第一王子たる婚約者がいました。
しかし、訳あって私の方から婚約破棄させて頂きました。
決して痴話喧嘩では無いですわ。単に、私に愛想が無かっただけの事ですの。
私には分かります。アルシェード様には、私もよりも相応しいお方がいらっしゃる事を。
まるで予見のよう……ですか? ええ。そうとも言うかも知れません。何せ、私は一度……いえ。何でも無いのです。忘れてください。
そうして私は婚約者のいない独り身となりました。公爵家で十六にもなって婚約者の一人もいない様では、世間では笑い物です。
もし婚約破棄をしたのが、アルシェード様の方からでしたら、私は傷物令嬢として世間に哀れまれていたのかも知れません。
まぁ、そうはならない事も知っているのですが。きっと、婚約破棄をされた所で誰も私を哀れまないでしょう。
寧ろ無様でした。と茶会の話題にされて、嘲笑われるくらいでしょうか。
……今更悲しいとは思いませんが。
ですが。この期に及んで私は後悔しているのです。
幼きあの日に見たあの人の優しい笑顔を、忘れてしまいそうで。
ですが、変わったのは私ではなく貴方の方ではないですか。私の恋した貴方はもう、違う貴方へ変わってしまった。
思わず眦から溢れ出た雫を拭います。
——止めましょう。この話は。
引き摺っていても仕方のない事です。
楽しい話をしましょう。
そうです! そうです!
最近家の屋敷に、新しくメイドがきましたの!
絹のようなとても美しい金髪の可愛いらしい娘で、白のメイド服を着用していると、色合い的に違和感がなくてとても似合っていますの。
何だか、初対面の時にこちらを微笑んだ時の彼女の顔が忘れられず、もやもやとした日々を送っていました。
それから、一週間後の事です。
私は思い切って、彼女をお買い物にお誘いしました。その際に、名前をお聞きしたのですが、本当は彼女が『アリス』と名乗っている事ぐらい、知っていました。
でも、何だかいきなり名前を呼ぶのが照れくさくて、私は知らないフリをしたんです。
恥ずかしさと他にもう一つ。私の中で渦巻く感情がありました。
『アリス』
何処かで聞いた事のある様な響きでした。というより、誰かの名前に似ている気がします。その感覚が拭えませんでした。
……まさかね。何か嫌なモノに結び付きそうで、私は咄嗟に記憶を閉じました。
その感覚は彼女のふとした動作によって解消されます。
あれから流れのまま、一緒にお出掛けした最中の事です。
彼女の何処か達観した様で、物悲しそうなその笑顔を見ました。初対面の時に見せたあの笑顔です。今では胡散臭くも見えますが、私はその笑顔に惹かれていたのです。
またも何処かで見た笑顔の様な既視感に襲われますが、その時はその正体に気付きませんでした。
この当時、私の中にあるのは二つの違和感と既視感です。
一つは『アリス』と言う名の響きによって何か別の名前に結び付きそうな違和感。
そして二つ目は、彼女の笑顔を見て、いつかの光景をフラッシュバックしそうな既視感でした。




