お嬢様と行く街 ①
おめかしをする時間が欲しい。そう思った自分が不思議でなりませんでした。思えば、口調もそうですし、性転換のポーションを飲んでからというもの、体だけでなく心まで女の子化して来ている様な気がするのです。
何故こういう話をするのかというと、文字通り一瞬の暇なくお嬢様に街に連れて来られたからです。服装もメイド服のまま。
起床後に、軽くメイク(メイド長に教わった)はしてあるのですが、慕っている方とお出掛けするとなると、すっぴんに近い今の状態だと些かの不安はありますよね。
デート前の女の子って皆こういう心情なのでしょうか?
そんな女心が芽生えて来ている自覚はしていて、事実自分が変わり果てた事を、自然と受け入れられている気もするのです。
まるで、最初から女の子として育って来たのではないか……と錯覚するぐらいにはです。
ふと思ったのですが、私がもし仮に、次に元の兄弟とあった時、どんな顔で会えば良いのでしょうか?
お前の兄は姉になったぞ。 と?
何だか馬鹿馬鹿しく思えてしまって、私はその先の思考を辞めました。それに、今はお嬢様とデート(勝手にそう思っている)しているので、別の殿方や姫君の事を考えるのは不躾でしたね。
そんな訳でお嬢様に向き直ります。
「ん“ん”〜美味しい〜!」
お嬢様は今、私のお勧めでアイスクリームという、前世にもあった甘物を召されています。その表情は満足気でして、紹介して良かったなと心から思えました。
よっぽど甘党なのか、他にもこの前キャロル嬢も召された抹茶の茶菓子や、あんこ餅。ショートケーキや、チョコレートなど、甘い物ばかり召されていました。
そういえば、現代的なお菓子が揃っていますよね。チョコレートの製造や、ケーキ。アイスクリームの製造などは、この世界の文明の進化が追い付いていない印象を受けますが、そこはゲームお馴染みのご都合主義というものでしょうか。
一番謎なのは、これらの現代的なスイーツが平民の料理として貴族社会に伝わっていない点です。お茶会に出るお菓子などはクッキーが主で、私としては物足りない印象を受けます。
「アリス? 先から黙りこくっちゃって。もしかして、楽しくなかったかしら……」
考え事で上の空の私を見て、お嬢様が案じてくれました。その表情からは不安が伺えます。これはいけない! と思い、私は咄嗟に笑い顔を作りました。
「い、いいえ! そんな事はありません! 私は楽しいですよ?」
「でも、私に付き合わせてばかりで、貴女は何一つ満喫していないでしょう? 先も一緒にチョコレートを食べましょうとお誘いしましたのに断って」
「あ、その。チョコレートは少々甘すぎて昔から食べられないんです……それに、今はお嬢様に平民の暮らしをご紹介しようと……」
「確かにそうは申しましたが、折角来たんですから、貴女にも楽しんで貰いたいのです。それとも、私といるのは退屈で、あくまで仕事故なのですか?」
迫る様なお嬢様の物言いに、私は戦慄しました。勘違いさせてしまった不甲斐無さと、不甲斐なさ故に怒らせてしまった(ように見える)自責に囚われます。
お嬢様に気を遣わせるなんて、私はメイド失格です……
「あ、アリス? やっぱり、そうなのね? 私と居るのは貴女にとって苦痛でしか……」
無言で俯く私を見て、お嬢様はそれが先程の問いへの回答だと捉えたようです。
「い、いいえ! 違うんです。ただ、お嬢様に気を遣わせてしまった事が情け無くて……」
私の吐露を、少し溢れ出た涙を拭って、お嬢様は真剣な眼差しで聞いていました。
「私は今、楽しいんです。本当です! 人生で一番と言っても過言ではありません! ですから、ただ。それ以上を望めないだけなんです」




