存在しない特異点①
地下三階を抜けた先にあったのは、広大とも言えないですが、休息所とでもいうような不自然に拓けた空間でした。そこにはモンスターの姿はなく、松明によって視界が確保されています。そこへ踏み入れて最初に目にしたものは、『憩いの場』と質素に書かれた木製の看板でした。表面に傷一つない点が不気味です。一体いつ誰に立てられた物なのか。
「まるで、ダンジョンのようですね」
前世の記憶でいう、ダンジョンの中間地点、と言った所でしょうか。そんな印象を受けます。もしかして、ゲームにも登場するダンジョンだったのでしょうか? しかし、ゲームを何週もした私の記憶の中には、エリュンゲルの下が魔物の巣食う広大なダンジョンになっているなどという知識はありませんでした。
「こんなダンジョンありましたっけ?」
多少の知識や記憶のずれはあって仕方のないものですが、こうして実物を見ても思い出せないという事は、最初から知らなかったという事でしょうが……
繰り返しますけど、前世のお……私は『ときめき☆マジカルぱーんち(通称:マジぱん)』を何週といわず、何十周はしましたし、公式ファンブックを集めて読み漁っていた程の廃人オタクでしたので、知識漏れはありえないはずなんですよ……多分。
っていうか、あってはいけないのです。ええ、作中の重要キャラの一言一句、記憶していますとも。何でしたら登場する女性キャラ全員のスリーサイズだって……
……コホン! すみません、取り乱しました。
この記憶は抹消しましょう。削除削除と。
パニックになると卑しい私が出る癖やめましょうね。
とはいえ話を戻しますが、この現状はゲーム知識のある私にとって無視できない特異点と言えるでしょう。何せ、ある程度のストーリーのずれは生じて当然であるとしても、最初から存在しないはずのものが突如として現れたわけですから。
私の物忘れ以外に可能性があるとすれば……まさか、続編……とか?
いやいや、そんなわけないです。プレイする前に死んでしまった自分を許せなくなります。実際、死んだかどうかは分かりませんが。
……難しい話はやめです。そろそろ現実を見ましょう。
私の目前には今、広々とした空間が広がっています。はい、それだけです。本当に何もありませんね。寂しくて独り言が捗ります。
「憩いの場とはいっても、当然食事は用意してきてませんし、せめてシャワーを浴びれればいいんですけどねえ」
周りを見渡しても、何もありません。椅子代わりに腰かけられる岩も見つかりません。まるでリビングのないワンルームのようです。
……私、血生臭くないですかね? 魔物の血って妙にねばねばしてて気持ち悪いんですよ……特に、上層は蛇とか蝙蝠とか、ゴブリンとかばかりでしたし……
今の私は緑色のハッスルマンみたいになってますよ。どこかのヒーロー映画にでも出て来そうですね。
……はぁ、誰もいなくて良かったです。お嬢様にこんな姿を見せてしまったら幻滅されてしまうに違いありません。
とっととこの件を片付けて、アナスタシア様にお願いして暖かいお風呂に入れさせて貰いましょう。ほら、エリュンゲルって近くに火山がありますし、割と温泉が盛んみたいですよ。料金お高いですけど。
雑念を胸の奥にしまい込み、私は腰を上げて立ち上がりました。そのまま足を前に一歩を踏み出そうとした時です。休憩所のちょうど中心部辺りを中心に、部屋中全体が眩い光に包まれます。
次に目を開けた瞬間、視界に映った人物に、私は驚きを隠せませんでした。
「……あ、アナスタシア様っ!?」




