道化が終わる日 Ⅱ
『道化』は攻撃スキルを持たない。いや――アクティブスキルを持たないと言ったほうが正しい。
このゲームでステータスは職業とレベル依存でありプレイヤーは弄ることはおろか見ることすら出来ない。プレイヤーが唯一思いどおりに出来るのは職業事に存在する固有スキルだけだ。
そのスキルは大きく二つに分けられる。
一つ目は攻撃や回復魔法などプレイヤーの意思で発動させるアクティブスキル。
攻撃スキルを使用すればそれだけ強力な攻撃を加えることが出来る。超速の連撃で上下左右から同時に斬撃を放つことや、小山ほどある竜の一撃に押し勝つような拳撃だってお手の物だ。
回復魔法や攻撃を強化させるバフスキルもアクティブスキルの内に分類される。
二つ目はプレイヤーの意思とは別に恒常的に効果を得られるパッシブスキル。
一般的なのは筋力強化などのステータス強化系だ。スキルを取得するだけで効果が発動するのでとりあえず取っておいて損はないスキルと言えるだろう。
そして『道化』にはアクティブスキルが存在しない。
それはつまり、取得出来るスキルにパッシブスキルしか存在しないのだ。
数多の職業と見比べてもアクティブスキルが存在しないのは『道化』だけだ。
そしてこのゲームでアクティブスキルはプレイヤーのレベルを上げるのに最も重要な要素となっている。
『鍛冶師』なら剣や防具の作成、『調合師』なら回復薬の作成、というように生産系の職業はそれらのアクティブスキルを使用することで経験値を得て、自分のレベルを上げることが出来る。
ただし『竜騎』や『聖人』といった戦闘系の職業は戦闘による経験値の獲得でしかレベルを上げることが出来ない。
もしも大道芸などのアクティブスキルが『道化』に存在するならば、それらしく大道芸でレベルを上げることも出来ただろう。
だが、その道が封じられている故に、『道化』は敵モンスターやPVPなどで直接経験値を得ることでしかレベルを上げることが出来ないのだ。
加えて『道化』には武器を満足に操れるようなステータスも存在しないと来たものだ。
アクティブスキルが無いのでステータスに任せた殴りや蹴りという通常攻撃で戦うしか無い『道化』をパーティに組み込むという者は存在せず、いつしか『道化』は嘲笑の対象となっていた。
攻撃系スキル、生産系スキル、道楽系スキル無し。
だがヴィネルは、この『道化』に最強へと至る道を見た。
そのためには先ず、レベルを150――現在のカンスト値であり他職への転生を可能とする域まで上げなければならない。
己が最強の形を魅せるため、ヴィネルは松明に着火の意思を伝えた。
ボッ、という音とともにゆらゆらと松明の先に火が灯る。錬術によって強化されているため、普通の松明より明るく輝いているはずなのだが昼間なので大した差は感じられない。
松明は主に光源の無い暗い洞窟で重宝されるアイテムだ。
照明用だが持って殴ったり投げることも出来る。そう、これがヴィネルの主要武器だ。
ヴィネルは松明を片手にファルガとの距離を詰める。ターゲットまでの距離をシステムが正確に測り27メートルだと表示する。
ファルガは一直線に向かってくるヴィネルを見据えて重心を低く構えている。
カウンター狙いのように見えるが関係無い。
ヴィネルはランスの射程範囲に入る気など最初から毛頭無かった。
ヴィネルとファルガとの距離が15メートルを切る。
15メートル――ヴィネルが松明を投擲して『必中』する事が出来る射程距離だ。
ヴィネルは松明を振りかぶると出来るだけコンパクトなモーションで投擲する。
目に見えて当たっても大したダメージは無いと言える攻撃は若干の弧を描きながら飛ぶ。
当たる。ヴィネルがそう確信したと同時にファルガの唇が動いた。
「――『ウォーターウォール』」
言葉と同時、ファルガの眼前に分厚い水壁が出現し松明の炎をかき消す。
『ウォーターフォール』は水系統の魔法で物理的な防御力は殆ど無いが魔法、特に炎系統に大しては天敵とすら呼べる魔法だ。
ヴィネルはそこからファルガが水の扱いに特化した『水竜騎』だと判断する。それなら竜を召喚しても大して意味はない。
だが、まさか松明をそんな大げさに潰してくるとは思わず、そこで思考が滞ってしまう。
そんなヴィネルの隙をファルガは見逃しはしなかった。
「――『バインドジェイル』!」
ヴィネルの足元に魔方陣。しまったと思うよりも速く水で出来た四角い檻がヴィネルを囲む。
ファルガがランスを振りかぶっているのがその目に映る。投擲して串刺しにするつもりだ。
「はぁっ!!」
気合とともにランスが投擲された。
超速のそれはヴィネルの目にかろうじて捉えれるが、水の檻に囲まれているため左右への回避行動が取れない。
ドスッ、という重い音と共にランスが檻に突き刺さる。
ヴィネルはそれを地面に這いつくばって回避した。
だが、まだ攻撃は終っていなかった。パキパキ、と音が鼓膜を叩く。
頭上を通るランスを見てヴィネルは表情を凍らせた。
氷――音の正体はランスが発する冷気によって水の檻が凍る音だったのだ。
急速に凍結しながら檻は中にいるヴィネルに向けて無数の槍を形成する。
竜騎の上位スキル『ジェイルスキュア』だ。バインドジェイルから派生するスキルで中に居るターゲットに向けて無数の槍で刺突する。
さらに水属性のそれが武器の氷属性によってさらに強化されている。
唯一高レベルらしく高い体力は残るだろうが凍結状態では為す術も無く負けるだろう。
ヴィネルは起死回生の一手に賭けるべくインベントリから爆弾と松明を取り出すが――
それよりも早く、無数の氷の槍がその無防備な背へと殺到した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
勝った。ファルガはそう確信して背を向ける。
まだ体力は残っているだろうが氷属性を付与した無数の槍撃。
その激痛に『K・O』は間違いないと判断する。
センチュリア・オンラインの独特なシステムに『K・O』という物がある。
これはプレイヤーがダメージを負った際に体力が残っていても戦闘不能とするシステムだ。
その判定はプレイヤーの意識の途絶――つまるところ気絶だ。
このゲーム、前代未聞となる五感全てが搭載されている。
この中で最も重要なのが『痛覚』だ。
斬られれば本当に斬られたような感触と激痛が走る。
この『激痛』に耐え切れなくなり意識を手放すと『K・O』となるのだ。
PVPの決着は大抵この『K・O』で決まる。
思わず先日の光景が目に浮かび歯噛みする。
思い返されるのは屈辱とも言える、あのシステムログ。
【敵勢プレイヤー『ヴィネル』に討ち果たされました。使用武器『松明』】
松明。それは周囲を照らすための照明用であって断じて武器ではない。
殴れば物理ダメージや炎属性ダメージがあるだろうが微々たる物だ。
そんな物をわざわざ使って倒した挙句、ドロップしてしまった武器を奪われた。
絶対に許せねぇ。そうファルガは誓って『ヴィネル』について情報を集めてみるとすぐに集まった。
曰く、最低職『道化』を極める酔狂なプレイヤー。
それだけで十分だった。街を歩けば『道化』の格好は一目で分かる。
しかもプレイヤー人口は異常なほど低い、というよりいないと言っても過言ではない。
案の定最初に見つけた『道化』がヴィネルだった。決闘を挑み、そして勝った。
何のことは無い。PVPエリアで巨大な炎で奇襲され為す術も無く『K・O』されたのは恐らくペアやパーティだったのだ。
奴はそうやって誰かに寄生してレベルを上げたのだろう。そうでなければ攻撃スキルの無い『道化』でモンスターが倒せるはずがない。
ファルガはそうに違いないと決めつけ、同時に不審に思った。
(……何故だ? 何故ジャッジは俺の勝利を宣言しない?)
まさかと思いファルガが肩越しに振り返った瞬間のことだった。
腹に響くような爆音と共に、今や完全に氷と化した檻が爆砕され四方八方に吹き飛ぶ。
同時に起こったのは紅蓮の炎。『魔法師』の上位ランクの炎が檻があった場所に渦を巻く。
ありえない。道化に攻撃スキルは無いのだ。
さらに爆弾などの攻撃アイテムもあそこまで強力な物は存在しないはず。
(い、一体何が起こってるんだ!?)
「げほっげほっ……自爆なんてするもんじゃねぇな。お陰で体力がヤバイ」
唇を笑みに歪ませながら炎からヴィネルが現れる。
火傷、凍傷、服はボロボロで左目からは血を流している。その姿は地獄の道化とでも呼ぶに相応しいものだった。
「な、なんで『K・O』しないんだよ……」
意識を手放せば痛みは無くなってペナルティは受けるが復活出来る。
文字通り死にそうなほどの痛みが走っているはずなのに軽い調子で声を出すヴィネルにファルガは純粋な恐怖を抱いた。
「あぁ、それは無い。悪いね、俺に『K・O』は存在しないんだ」
「……なんだと?」
「パッシブスキル『ペインロスト』。俺は常時痛覚無効状態なんだよ」
『ペインロスト』は『道化』のパッシブスキルだ。
効果は痛覚の低減。しかし、ヴィネルは今『無効』と言った。
「な……情報じゃせいぜいカット出来るのは50%って……」
「そりゃスキルレベル20程度の話だろ? 俺は『ペインロスト』をMAXの50まで上げてるんだよ」
そう、『ペインロスト』を極めることで得られる恩恵は痛覚の100%を無効にする。
常時痛覚を排除した状態のヴィネルに『K・O』は存在しない。
このゲーム、プレイヤーのレベルが1上がるごとにスキルポイントを1もらえる仕様になっている。
つまりヴィネルはレベル50分のポイントを一つのスキルに注ぎ込んだと云うのだ。
ヴィネルは火のついた6本の松明で器用にジャグリングをし始める。
スキルでは無く、単純にヴィネル本人の技量によるものだ。
そこでファルガはふと思い出した。
道化の無駄に豊富なパッシブスキルの中には属性強化もあったはず、と。
(もし、それで松明の炎を強化出来るなら……まさか!)
「ハッ! 気づいたかな?」
ゴウッ! 松明の炎が『魔法師』が使う上級火炎魔法とほぼ同じ勢い燃え盛る。
この勢いではファルガの『ウォーターウォール』では止めきれない。
ファルガは身を焼かれる痛みを想像して総毛立った。
「『業炎極化』……効果は見ての通り、使用する火炎属性の強化。コレはまだレベル49だが……十分な火力だろ?」
49……無茶苦茶なスキル振りである。
カンストしてもスキルポイントは150までしか取得出来ない。
他のスキルを必要無いと切れなければそんな振り方は出来ないだろう。
だが、もしかしたらアクティブスキルが無いことで迷う必要が無かったのかもしれない。
あるいは、また別の理由か……。
「さぁ、幕を引こうじゃねぇか!」
掛け声と共に6本の巨大な炎を灯す松明が放物線を描いて投擲される。
しめた。ファルガはそれで再度勝利を確信する。
ファルガは炎の下を地を這うように走り松明を回避する。
ヴィネルの体力は既に限界に近い。
ファルガはまだ槍を回収していない状態だが、素手の通常攻撃でもなんとかなる域にある。
ファルガはニタリと不気味に笑うヴィネルに向けて一息に飛びかからんとする。
だが……ファルガは背後に迫る熱に否応無く振り向かされた。
「っ――――!!」
ファルガは声すら出なかった。その背後には、躱したはずの松明の炎がまるで追尾でもしてきたかのように迫っていたのだ。
轟音を上げて炎がファルガを包みこむ。
鎧の防御力を無視して暴れる炎に、ファルガの体は焼かれていく。
松明――否、アイテム攻撃の恐ろしさはある一点に絞られる。それは『防御力無視』という特性。
他のゲームでは一定のダメージを受けて終了だろう。だが、このゲームには痛覚が搭載されている。それが最も厄介だった。
このゲームにおいて『防御力』とはプレイヤーにとって最も重要なステータスの一つだ。
その理由として防御力を上げることで痛覚が軽減されるという事が上げられる。
だからプレイヤーは誰もが物理、魔法、それぞれを受けて『K・O』されないために防御力に磨きをかける。
だが、そんな防御力をアイテム攻撃は無視してしまうのだ。あまつさえ炎系統を強化したヴィネルの攻撃ではまず間違いなく耐え切れないと言える。
あまりの激痛に叫ぼうとファルガは口を開くも逆に肺も焼かれてしまう。
体力はまだ残っているので動こうとすれば動けるのだが、もはやファルガにとってはそれどころではなかった。
「『魔弾』。所謂絶対命中のスキルでね。射程距離内なら飛び道具は確実に命中させることが出来るようになるんだ。コイツもレベル50でね……」
当初は命中率が上がるだけだった『魔弾』が絶対命中になるなどヴィネル以外は誰も想像していなかった。
ファルガはヴィネルの無茶苦茶ぶりに驚愕しつつ、速やかに意識を手放した。
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【ファルガ Lv.141の『K・O』を確認。勝者ヴィネル Lv.149】
フィールドが消え去りPVPで負った傷が全快する。ヴィネルに痛覚は感じ無いのだがそのせいで傷の感触が手に取るように分かるのだ。
さらに目玉が潰れたのは初めてでもありその生々しい感触にヴィネルは思わずえずく。
【勝者への経験値移譲が行われます】
倒れるファルガの周囲には何も落ちていない。
彼のランスは既にインベントリの中に回収されたようだ。ドロップ品は無し。
そして経験値を受け取る。IDカードに表示されている経験値ゲージが一気に0.05%も上がったのを見てヴィネルは歓喜する。
経験値ゲージはMAXを示す100%を表示していたのだから。
【レベルアップ! スキルポイントを割り振ってください】
レベルアップを表す光の渦のようなエフェクトにヴィネルは包まれる。
光の残滓が残る中、ヴィネルは『業炎極化』をレベル50に上げる。使用する炎系統のダメージや範囲が更に強化された。
【《カウントストッパー》《クラウンマスター》の称号を獲得しました】
ヴィネルはLv150の到達が条件の称号を二つ獲得する。
と、なにやらひらひらと空から落ちてくる。ちょうど手元に落ちてきたそれをヴィネルは難なくキャッチする。
カード状のそれには黄金のように輝いており『Reincarnation』と刻まれている。
それは転生権の獲得を示すカードだった。
転生はステータスかスキルのどちらかを維持したまま他職になれるシステムだ。
ヴィネルにとって『道化』のゴール地点であり、これからのスタート地点でもある。
思わず哄笑を上げそうになるが、そこでハッと今の状況に気づいた。
大半の予想を裏切っての『道化』勝利。さらにはその『道化』がカンストしてしまったことでマーケットが騒然となっている。
流石に人の注目を集めすぎたと思ったヴィネルは人の波を避けて走りだす。
早速転生してマークに自慢でもしてやろう。
そうヴィネルは考えながら、何も無い自室へと歩を進めて行った。




