第98話 そうだ、防御陣地つくろう
☆
地面を掘る。
そんな私の言葉に固まった仲間たち。
真っ先に口を開いたのは、ライオネルだった。
「ええと……それはつまり、『堀をつくる』ってことか?」
「それもあるわね」
頷いた私に、怪訝な顔をする領兵隊長。
「じゃあ、他に何を掘るんだ」
「交通壕、かな」
「交通壕? なんだそれは???」
「陣地と陣地をつなぐ通路よ。––––どこまでやれるか分からないけれど、市壁の外に防御陣地をつくりましょう」
「防御陣地? それって野営用に陣を張るってことか???」
聞き慣れない言葉らしく、ライオネルも、他の皆も首を傾げる。
どうやら分かりやすい説明が必要なようだ。
☆
地球の歴史を振り返ったとき、重要拠点を守る防御施設は、その時代時代の武器や戦術によって姿形を変えてきた。
剣や槍、弓が主役だった時代の防御施設は、高い城壁に守られた『城』や『砦』だった。
銃や大砲といった火器が発達し始めてからは、堀や土塁によって囲まれた、五稜郭で有名な星形要塞などの『稜堡式城郭』がそれに変わった。
さらに近代に入り砲撃の射程と威力が増すと、複数の『堡塁』を塹壕や地下道で結んだ巨大要塞や防御陣地へと姿を変えていった。
ちなみに現在はどうかというと、永久陣地は航空爆撃やミサイル、誘導砲弾などによって容易に破壊されてしまうため、必要に応じて野戦陣地や塹壕などが用いられている。
では、今私たちに必要な防御施設は、どんなものになるだろう?
「私たちにとって一番の脅威は、魔物の数と、それらが押し寄せて来たときの圧力だと思うの」
私の言葉に、バージル司令がしばし考えた後、
「その通りですな」
と首肯した。
「であれば、第一にすることは『敵の足を止めること』。次に『効率よく敵を倒すこと』だと思うのだけど、どう思う?」
「うーむ……。つまり、堀をつくって敵の足を止め、防御陣地とやらで敵を倒す。そういうことか?」
考えながら答えたライオネルに、私は頷く。
「概ねその理解で合ってるわ。––––見て」
私は傍らに置かれた指示棒を手に取り、地図を指した。
「ココメルは街の南を流れるホルムズ川を背に、平坦な土地につくられた街よね。ほぼ正方形の市壁は、一辺が約七百メートル。街の西側には森が広がっていて、東側はなだらかな丘陵になってる。北側は平地だけど、西の森と東の丘陵に挟まれているから、ちょっとした隘路に見えなくもないかな」
ちなみに南の川には橋がかかっているので、最悪の場合、住民を川向こうに退避できる。
もちろんその場合、橋を落として、ココメルを放棄することになるのだけど……。
私は、街の北側をトン、トン、と叩いた。
「これらの地形を考えれば、まず間違いなく魔物の大群は北の平地からやって来る。それこそ地を埋め尽くすような勢いでね。そしてそれは、そのままココメルに殺到することでしょう」
私は指示棒で、予想される魔物の流れをなぞる。
「従って何もしなければ、開戦初期の戦闘正面は市壁の北辺になるはず。時間経過とともに敵は街を囲むように広がっていって、北の平地、西の森、東の丘陵の三方向から攻撃を受けるようになる。そうなれば対応が追いつかなくなって、敵に壁を越えて侵入されるのは時間の問題––––私はそんな風に考えているのだけど、どうかしら?」
そこまで一気に説明した私。
が、顔を上げて初めて、皆がポカンとした顔で私を見ていることに気がついた。
「えっと……みんな、どうかした?」
おそるおそる尋ねると、うちの領兵隊長が、ひと言。
「軍人か」
「はい?」
聞き返す私。
するとライオネルは、わしゃわしゃと頭をかいた。
「いやまあ、お嬢が天才なのは知ってたが……まさか、こっちの才能まであるとはな。俺とバージル司令も同じ結論だ。さすが『疾風のブラッド』の娘。血は争えないな」
領兵隊長の言葉に「おお……!」と感嘆の声があがる。
「はは……」
そんな彼らを前に、乾いた笑い声を漏らす私。
私が地形図や戦況図を読めるのは、どこかのミリオタ兄のせいなんだけどね。
まあ、どっちでもいいか。
今役に立ってるんだし。
気を取り直した私は、あらためて地図を俯瞰した。
守るべき戦闘正面は、初期で北辺の七百メートル。
時間が経てば西と東に広がって、一キロ以上の市壁を守らなければならない。
こちらの兵員は、約二千人。
対する魔物は、一万から五万程度は覚悟した方が良いだろう。
戦力差は五倍から二十倍以上。
まともにやれば、五百挺の魔導ライフルの優位など消し飛んでしまう。
「では、どうするの? ということなのだけど––––」
私は指示棒で街の北側を指した。
「街の北側に、盛土によって誘引路をつくります」
「誘引路?」
ライオネルの問いに、頷く私。
「そう。誘引路。––––あえて何ヶ所か通路を開けておいて、それ以外は盛土で傾斜をキツくすることで、魔物を特定のエリアに誘い込むの」
私は机の上の鉛筆を手に取ると、地図上の市壁の北側に、台形を横に引き伸ばしたような絵をいくつか描きこんだ。
「この台形が盛土ね。台形と台形の間をあえて開けておくことで、敵はその『通路』に殺到するようになる。––––目の前に平坦な道と急な斜面があったら、わざわざ斜面を登ろうとする人はいないでしょう?」
「なるほど、それが『誘引路』ってわけか!」
ポン、と手を打つライオネル。
「そう。そしてその通路に入った魔物たちには、空堀による罠が待っている」
私は、台形と台形の間、そして市壁と台形の間に、空堀を表すひし形をいくつも描き込んだ。
「この空堀で、魔物の勢いと圧力を削ぎます。深さ一メートル、一辺二メートルくらいのひし形の空堀をいくつも作っておくの。敵は次から次に押し寄せてくるでしょうから、足を取られて将棋倒しになるはず。––––ここまではいい?」
顔を上げた私に、皆がコクコクと頷く。
私は説明に戻った。
「こうして圧力と勢いを削がれた敵は、やっと市壁にたどりつく訳だけど……そこがメインのキルゾーンになるの」
私は台形と台形の間から市壁にぶつかるまでの三叉路を凸字に枠取り、斜線を引いた。
「キルゾーン?!」
またしても出てきた聞き慣れない単語に、ライオネルが聞き返してくる。
「平たく言うと、『銃や弓の攻撃を集中させるところ』ね」
私は指示棒で市壁を指した。
「まず正面は、市壁の上や壁に開けた小さい穴……銃眼から、銃や弓で攻撃します」
私の説明に、皆が頷く。
「次に、側面は……」
私は盛土を示す台形の底辺に、市壁に繋がる『足』を付け足した。
「この部分を塹壕と盛土で陣地化して、側面攻撃を加えられるようにします。––––そして、最後」
私は台形の底辺の部分を叩いた。
「『十字砲火』。ここから射撃して、市壁を登ろうとしている魔物の背中を撃つのよ」
「「…………」」
沈黙する仲間たち。
「?」
首を傾げる私。
なんだろう。
何か変なことを言っただろうか?
不思議に思っていると、ダンカンが口を開いた。
「……なあ、嬢ちゃん。その台形って盛土じゃなかったか?」
「そうだけど?」
「盛土から、どうやって攻撃するんだ???」
首を傾げる工房長。
––––なるほど。
それで皆の反応が微妙だったのか。
私はあらためて地図に目を落とし、一つの決意とともにその言葉を口にした。
「––––『反斜面陣地』。盛土でつくった斜面の反対側に陣地をつくって、突出してきた敵を背後から攻撃するの」









