第84話 家門会議 〜 各領地の課題
☆今回、数字は仮となります。
☆
皆が着席したのを確認した父は、簡単な挨拶の後、すぐに本題に入った。
「皆も知っての通り、先日我が家門は保有する二つの爵位の陞爵を受け、新たに領地を管理することになった。一つは私が預かるオウルアイズ新領、もう一つがレティシアが預かるエインズワース伯爵領だ」
ちら、とこちらを見たお父さまに、私は頷き返す。
「今日ここに皆に集まってもらったのは、他でもない。この二つの領地と既存のオウルアイズ本領について、誰が、何の管理を担当してゆくかの分担を決めるためだ。––––ソフィア嬢。まずはエインズワース領の報告を頼む」
「はい」
私の隣に座っていたソフィアは父に応えると、他のメンバーに小さく会釈をした。
「エインズワース領で内政官を務めさせて頂く、ソフィア・ブリクストンです。王家からの引き継ぎを完了しましたので、現状をご報告させて頂きます。––––ロレッタ、一つ目の資料を」
「はいっ!」
アンナと同じくらいの年ごろの若い女性が、木製の移動式掲示板に紙を貼り出す。
実は彼女はソフィアの元同僚で、国の新人行政官だった。
ソフィアが私のところで働くと聞いて、直後に転職を申し出てきたのだ。
まあ要するに、ソフィアの追っかけである。
合流が遅れたのは、前の職場の引き継ぎ作業に時間がかかったからだけど、それでも一ヶ月掛からずにここまで追いついて来れたのは、ソフィアへの憧れゆえだろうか?
ロレッタが貼り出した棒グラフを示しながら、ソフィアが説明を始める。
「提示したグラフは、エインズワース領の過去十年の収支の遷移です。ご覧頂いて分かるように、年毎の変動はあまりなく、概ね収入が支出を上回っている状況です。まずまず安定している、と言えるでしょう。ただし––––」
ソフィアは資料を提示しながら、簡潔に分かりやすく今のエインズワース領の状況を説明をしていった。
以下に要点をまとめる。
エインズワース領の財政は今は安定していて僅かに黒字となっている。
が、それは王国の騎士団・直轄軍の分遣隊が治安維持を担っていることが大きい。
ようするに、お財布が別なのだ。
自前の騎士団と領兵隊が業務を引き継げば、すぐに赤字に転落してしまうだろう。
陛下から頂いた猶予は三年。
三年間は直轄軍が引き続き駐留してくれる。
その間に私たちは、エインズワース領自体の『稼ぐ力』を高め、自前の騎士団と領兵を整えなければならない。
とはいえ、現在の基幹産業は労働集約型の農業であり、その他の産業は育っていない。
農地や放牧地に使えそうな広大な平原と丘陵地帯はあるけれど、人口の少なさからそれらのかなりの部分が未開拓のまま放置されている。
『ハイエルランドの穀倉地帯』と言えば聞こえは良いけれど、要は人手に頼った農村地帯なのだ。
主要課題は三つ。
一つ、農業の効率化と高付加価値化。
二つ、新たな産業の育成。
三つ、自前の騎士団と領兵隊の創設。
前の二つで収入を増やし、三つ目の準備を進める。
ようするに––––
「『富国強兵』を目指さなければならない、ということね」
呟いた私に、皆がぎょっとしたようにこちらを見た。
「『フコクキョーへー』? レティ、なんだいそれは?」
首を傾げるお父さまに、私は慌てて説明する。
「領地を富ませ、兵を整える。そんな意味のどこか異国の言葉だったと思いますわ、お父さま」
「そうか。レティは物知りだな!」
「あ、ありがとうございます。うふふ……」
親バカモードで微笑むお父さまに、私は苦し紛れに笑って返したのだった。
☆
エインズワース領の課題が明らかになったところで、続いて財務官から新旧オウルアイズ領の現状報告があった。
本領については、魔導ライフルの量産準備のために、二十年かけて少しずつ貯めてきた預金を崩して大規模投資をしているとのこと。
今回の投資で預金の半分弱を取り崩す予定であるものの、基礎的な収支そのものは安定しているらしい。
問題は、新領だった。
「分かり易く言えば、エインズワース領と同じ問題を、より深刻なレベルで抱えている、ということだ。国軍の駐留費用は国庫からの持ち出し。その上で毎年の収支が赤字になっている」
お父さまの言葉に、皆は絶句した。
「新領は公国と接するため、より大規模な部隊が駐留している。現状の兵力を新領だけで維持しようとすれば、今の五倍の収入が必要なのだ」
「「五倍……」」
ホールがざわつく。
その時、私の隣のソフィアがすっと手を挙げた。
「閣下、少し補足させて頂いてよろしいでしょうか?」
「うむ。頼む」
「ありがとうございます。––––ロレッタ。最後の資料を」
「はいっ。お姉さま」
父の了承を得たソフィアの言葉で、ロレッタが掲示板にグラフを貼り出す。
「…………」
ナチュラルに流してしまったけれど、今、なんだか微妙な単語を聞いた気がする。
(気のせいよね?)
私は思わずロレッタを凝視した。
そんな私をよそに、ソフィアは淡々と説明を始める。
「貼り出させて頂いた左のグラフは、新旧オウルアイズとエインズワース、三領の収入額の比較表です。ご覧頂いて分かるように、本領とエインズワース領が同程度、新領の収入額は本領の七割程度となっています」
こうして見ると、新領の収入額の少なさは顕著だ。
お父さまが唸った。
「面積で言えば、新領が一番広いのだがな……」
確かに、面積では一番の広さを持つ。
それでも収入額が小さいのは––––
「王都から離れた僻地であること。そして公国と国境を接し紛争のリスクが高いため、他領からの人口流入がほとんどないことが原因と考えられます。またこれは公開されている統計情報を分析した私見ですが、新領の若者の多くが直轄軍に入隊しており、生産への寄与率が低いことも影響していると思われます」
議場がどよめく。
「さすがソフィアね。それは私も知らなかったわ」
私の言葉に、ちらりとこちらを見るソフィア。
これは褒められて照れている仕草だろう。
「愛国心、愛郷心が強いのは悪いことではないが……なかなか難しい問題だな」
お父さまが、むう、と唸る。
ソフィアが掲示された資料に向き直った。
「今触れました軍備について、もう少し詳しくお話しします。––––右のグラフは、三領の常備戦力です。新領が突出しており、千五百人。エインズワース領が七百人、本領が五百人となります」
その説明に頭を抱えたのは、騎士団長だった。
「本領の七割の収入で、三倍の兵を養わなければならんのか。……無理だろう。どう考えても」
彼の言葉は、この場にいる皆の意見を代表していた。
「「…………」」
皆、黙り込んでしまう。
沈黙を破ったのは、お父さま。
「とはいえ、嘆いてばかりいても仕方ない。兵を減らしていざという時に敗北してしまえば、元も子もないからな。各領独立採算ではなく、三領で合わせてやっていくしかあるまい」
全員が頷く。
皆、重苦しい顔をしている。
私は自分の中の迷いを振り切り、小さく手を挙げた。
「お父さま、私から少しだけよろしいでしょうか?」
「もちろんだ。何か、気づいたことがあるのかい?」
父の問いに頷く私。
そして、先ほどから自分の中でぐるぐるまわっていた考えを、思い切って吐き出した。
「この際です。新領の兵力を半分にまで減らしましょう!」
その瞬間、皆の目が丸くなった。









