第69話 三つのご褒美
書籍化作業で投稿間隔が空いてしまいすみません。
GW明けにはもう少しマシになるかと思います。
ソフィアという名のその女性は、髪を後ろでまとめ、眼鏡をかけた目で私たちを一瞥すると、事務的に小さく立礼した。
「参りました、陛下」
「うむ。待たせたな、書記官」
コンラート陛下は腰を上げ、女性のところに歩いて行く。
お父さまと私も立ち上がり、すぐに陛下に続いた。
「紹介しよう。先ほど言ったように、エインズワース卿の領地経営をサポートするために派遣を検討している、ウェストフォード子爵令嬢だ」
陛下に紹介された女性は、今度はきちんとしたカーテシーの礼をとる。
「ウェストフォード子爵家次女、ソフィア・ブリクストンと申します。現在は都市開発局にて行政官として働いております」
「オウルアイズ侯爵を賜っている、ブラッド・エインズワースです」
ソフィア嬢の挨拶に、まずは父が応える。
続いて私もカーテシーで挨拶をした。
「エインズワース伯爵を賜っております、レティシア・エインズワースと申します。よろしくお願いしますね」
「……」
姿勢を戻した私を、じっと見つめるソフィア嬢。
一拍置いた後、彼女はあらためて「よろしくお願い致します」と会釈をした。
「ソフィア嬢は城の行政官の中でも特に優秀でな。この若さで第三書記官に任じられておる。卿につける者を探した時、複数の部署から推薦があったのだ」
「それは、とても優秀でいらっしゃるんですね」
私が感嘆の声をあげると、陛下は、うんうん、と頷いた。
「卿のサポートをする以上、無能な者をつける訳にはいかんからの。一応、彼女には候補として来てもらったが、もちろん他に良い者がいるのならそれでも良いぞ。その者の給与は王家が負担しよう。––––どうするかね?」
「そうですね……」
陛下の問いに、私はしばし逡巡し、あらためてソフィア嬢を見た。
動じることのない二つの瞳が私を見返してくる。
複数の部署からの推薦、か。
これは額面通り受け取って良いんだろうか?
男社会の官僚組織にあって、女性の行政官というのは珍しい。
建前として行政官試験は女性にも門戸を開いているけれど、まだまだ保守的な考え方が残る我が国では『女性は結婚して家を守るもの』という意識が強く、女性官僚は数えるほどしかいない。
そんな中で彼女は、若くして第三書記官に任ぜられているという。
局長を除く局内の第三席だ。
陛下に対して推薦もされている訳だし、実務上の能力は確かなのだろう。
––––だけど。
複数部署からの推薦というのは少し引っかかる。
わざわざよその部署の人間を推薦するというのは、どういうことだろう?
それほどまでに優秀なのか。
それとも……?
私は陛下に向き直った。
「陛下。後ほどソフィア嬢と少しお話しさせて頂いて、その上でお返事させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんじゃ。そなたの右腕となる者だ。合う、合わないが一番大事だからの。––––それでは書記官、悪いがまた待機室で待っていてくれ」
「かしこまりました」
ソフィア嬢は一礼すると、退室した。
☆
再びソファに戻った私たちは、残る二つの『ご褒美』を陛下から賜ることになった。
「一つは、これじゃ」
陛下が棚の引き出しを開けて持って来たのは、金細工と宝石で装飾された宝石箱だった。
「今回の件は王家からの依頼だからの。国からではなく、王家から褒美を渡そうと思っておる。––––さあ、開けてみなさい」
陛下の言葉に従い、箱を開ける。
「これは……!」
それは、澄んだ青い光を湛えた石……魔石を嵌め込んだペンダントだった。
「手に取っても?」
「もちろんだ」
私はそのペンダントを手に取った。
手の平に伝わってくる力強い魔力。
その力は強く澄み渡り、湖のように静かに安定している。
「っ……これほどの純度の魔石は、見たことがありません」
驚く私に、陛下は「そうじゃろ、そうじゃろ」と、にこにこと笑う。
「それに、安定した状態でここまで魔力密度を上げるのは、誰にでもできることじゃないはずです!」
「そうじゃろうな」
陛下は楽しそうに頷いた。
一般的に魔石は、純度が高いほど、そして大きければ大きいほど、多くの魔力を蓄えることができる。
自然界にある魔石の場合、石自体が元から保持している魔力は大体その最大容量の半分程度。
そこから人為的に魔力を注入すると、八割程度まで増やすことができると言われている。
もっとも、市販されている魔石のほとんどは魔力の追加などされていないのだけれど。
粗悪品を売る店は、採れた魔石そのままで。
エインズワース工房のようにきちんとした魔石を売る店でも、安定化の処理までで店頭に並べることがほとんどだ。
追加で魔力を注入したものは、贈答用や装飾用など、特別な品物に限られる。
なぜか。
これは主に、魔力注入にかかる手間とコスト、そしてリスクによるところが大きい。
魔石に魔力を注入するにはかなりの圧力で均等に魔力を注がねばならず、補充中に魔力バランスが崩れれば最悪爆発する可能性がある。
その作業は基本的に手作業で、魔力保有量が多く、魔力操作に長けた者でなければ担うことができない。
よしんば無事に魔力注入が終わっても、中の魔力が十分安定していなければ、これまたちょっとした衝撃で爆発しかねない危険なものになってしまう。
魔石の入手が主として魔石鉱山での採掘と、討伐された魔物からの採取に頼っているのは、それが理由だったりする。
リサイクルできない訳じゃない。
だけどその作業は危険で、人を選び、手間ひまがかかり過ぎる。
今ですら魔石は希少で高値で売り買いされているのだ。
もしこの先、魔導具が普及して魔石を大量消費する時代がくれば、資源問題が顕在化してリサイクルは大きな課題になるだろう。
「…………」
それはさておき。
私の手の中のペンダントには、親指ほどの大きさの魔石が嵌め込まれている。
サイズで言えば魔導ライフルに使う小型魔石ほどの大きさで、装飾品として使うにはちょうどいいサイズだと思う。
問題は、その魔石から尋常じゃない魔力の『重み』が伝わってくること。
普通なら十倍近い大きさがなければ入らないはずの大量・高密度の魔力。
これだけの魔力量に耐える純度の魔石を、私は見たことがない。
さらに驚くべきことに、この魔石はそれほどの魔力密度を安定して保っているのだ。
これだけ高密度の魔力を安定させる技術を持つ者は、そうはいないはず。
ひょっとしたら、私ならできるかもしれない。
でも、繊細な魔力操作から遠ざかっているお父さまやお兄さまたちではちょっと厳しいだろう。
一体、この魔石に魔力を注ぎ、安定化させたのは誰なんだろう?
「うーん……」
私がペンダントを裏返したりして観察しながら考え込んでいると、隣から覗き込んでいたお父さまが、はっとしたように口を開いた。
「陛下。ひょっとしてこのペンダントは『スティルレイクの雫』ではありませんか?」
父の言葉に、陛下がにやりと笑った。
「さすが当主、というところだな。オウルアイズ卿。––––その通り。それは『スティルレイクの雫』だ」
「やはり……!」
目を見開くお父さま。
「お父さま、このペンダントをご存知なのですか?」
私の問いに、父は深く頷いた。
「ああ、知っているとも。『スティルレイクの雫』は私の祖父……お前のひいお爺様が当時の国王から依頼されて魔石の加工を行い献上したものだ」
「ひいお爺さま……魔導コンロや氷室、魔導動力車を開発された、あのヨアヒムさまですか?」
「そうだ。よく知っているな」
目を丸くするお父さま。
「色々な意味で突き抜けた方だったと、お兄さまたちから聞きました」
「ああ、あの子たちから聞いたのか」
父は納得顔で頷いた。
曽祖父、ヨアヒム・エインズワースは、家門の歴史の中でも三本の指に入る優秀な魔導具師だったと言われている。
もっとも今の親族からは『多額の借金をして家門を傾けた愚か者』と眉を顰められるのだけれど。
実際、お祖父さまは曽祖父さまの借金を返すため、魔導武具の設計・生産技術を王立魔導工廠に売らなければならなかった。
エインズワース家が魔導具の新規開発に見切りをつけ、オウルアイズ騎士団での魔物討伐請負いに家業の転換を始めるきっかけを作った人でもある。
ある見方では『時代を先取りした天才』。
また別の見方では『借金で家門を傾けた愚か者』。
その功罪は、相半ばする。
ただまあ、かのヨアヒムさまならこれだけ高度な魔力注入と安定化をこなしてみせたというのも納得できる。
曽祖父さまは、やはり偉大な魔導具師だったのだ。
お父さまは、説明を続けた。
「そのペンダントは、当時の王が高位魔法使いだった王妃にプロポーズした際に贈ったものだ。妃が亡くなってからは見た者がいなかったというが……」
「まあ、城の宝物庫に眠っとったからのぅ」
ふぉっふぉっふぉっ、と笑う王陛下。
「宝物庫って……国宝じゃないですか! そのような大切なものを私に与えても良いのですか!?」
ドン引きする私に、陛下は好々爺のような穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「いいんじゃよ。今の王家にはそれを身につけるに相応しい者はおらんし、何よりそなたはそれだけのことを成し遂げたのだ。胸を張って受け取りなさい。それに宝物庫で埃を被っておるより、いざという時にそなたの役に立った方が有用というものだ」
そう言って笑う陛下に、私は根負けした。
「そこまで仰るのであれば……有り難く頂戴致します」
「うむ。必要になったら、躊躇せずに使いなさい」
「承知致しました」
私はその場でこうべを垂れたのだった。
☆
「さて。最後の褒美は、これだ」
陛下が事務机から取って来てテーブルに広げたのは、一枚の書類だった。
その紙を覗き込む、私とお父さま。
「ええと……『貸与契約書』ですか?」
書類のタイトルを読んだ私に、陛下が頷く。
「国内の魔石鉱山が、全て王家の所有となっていることは知っておるな?」
「もちろんです」
陛下が仰ったように、国内の魔石鉱山は全て王家の所有となっている。
これは、戦略資源である魔石の価格と流通量を統制する目的で実施されている政策だ。
同時に、鉱山の所有権を巡って領地同士が揉めるのを避ける意図もあるのだという。
もちろん鉱山は色んな領地に点在しているので、山だけの飛び地という扱いであり、採掘で得られる利益の一部がその領地に支払われる仕組みになっている。
ちなみにオウルアイズ領にも一つだけ魔石鉱山があり、我が家門は代々その山で産出した魔石を買い入れ、加工してきた歴史がある。
そんなことを思い出しながら、長々と書かれた本文を読もうと再び書類に目を落とす私。
すると陛下は、あっさりその内容を口にした。
「色々と書いておるが、要するにオウルアイズ領にある魔石鉱山の採掘権をエインズワース卿に貸与する、という話じゃよ」
「「はい???」」
私はお父さまと同時に、爵位授与式以来となる素っ頓狂な声をあげてしまったのだった。









