第65話 狙われた第三王子
☆
「……最初から狙われてた? 僕が?!」
愕然とした表情で見返してくるテオ。
私は頷くと、彼に言った。
「なぜ海賊は、あなただけ殺さず、他の人は皆殺しにしたのかしら」
「それは…………僕を人質にすれば身代金を取れるけど、他の船員はそうじゃないから?」
考えながら答えたテオに、私は首を横に振った。
「それが理由だとすると、二つおかしな点が出てくるわ」
「二つも?」
「ええ」
頷いた私に、テオが身を乗り出す。
「どんな点?」
私はお茶を一口飲み、カップを戻した。
「一つ目は、身代金ね。––––この件で、海賊からあなたの実家に身代金の要求ってあったの?」
私の問いに、しばし考えるテオ。
やがて彼は、ボソリと呟いた。
「……ないな。父上からも母上からも、そんな話は聞いてない」
「やっぱり。だから、殺された人たちとあなたの違いは、そこじゃないのよ」
「むう…………。ちなみに『二つ目のおかしな点』ていうのは?」
「他の船員たちだけど、海賊はなんで奴隷として売らずにその場で彼らを殺したのかしら」
「––––ああ、たしかに!」
ぽん、と手を打つテオ。
「私も人から聞いただけだけど、帝国や南大陸にはかなり大きな奴隷市場があるんでしょう? あなたの商会の船員たちなら何かしら優れた能力を持ってるでしょうし、四隻分の船員ともなれば、かなりのお金になるんじゃないかしら」
「ああ……。いや、まあ、確かにそうだけど。––––本当よく知ってるな」
テオは驚いたというより、ドン引きしたような顔で私を見る。
「きょ、教養よ。教養っ。今どきは女性でも色んなことを知ってないといけないの!」
慌てて弁解する私を「ふーん」と生温かい目で見ていた彼は、やがて「ぷっ」と噴き出した。
「まあ、今更か。その歳で伯爵だし、レティが色々と規格外なのは僕ももう知ってる」
「もうっ。人を化け物みたいに言って……」
ぷくー、と頬を膨らませると、テオは「ごめんごめん」と苦笑した。
「だけどそうなると、なんであいつらは僕たちを襲ったんだ? たしかに積荷には西大陸の産品を満載してたけど、そこまで希少性の高いものはなかったはずなのに……」
手をあごに当てて考えこむテオに、私は言った。
「だから、よ。海賊たちの目的は『お金じゃなかった』。––––そう考えれば、あなたの家に身代金を要求しなかったのも納得がいくわ」
「っ……!」
「じゃあ、何のために五隻以上の船を使ってあなたたちを襲撃したのか。彼らの目的は何だったのか」
私の言葉に、テオがごくりと唾を飲み込んだ。
「––––つまりあいつらの目的は、僕を誘拐して『これ』を埋め込むことだった、ってことか?」
彼の問いに、私は頷いた。
「敵の目的は、あなたに蜘蛛を埋め込んで長期にわたって人質にとることだった。あなたの命をたてに、あなたの家を脅迫しようとしているのよ。––––きっとただの海賊じゃないわ。相当な規模の大商会がバックについているか…………ことによると、海賊を装った他国の海軍かもしれない」
ダンッ、という音とともに、テーブルの上のカップがガチャッと飛び跳ねた。
テオがこぶしでテーブルを殴ったのだ。
本人も加減したようで、幸いなことにカップがひっくり返ったりということはなかったけれど。
「ちくしょう……。だからかっ!」
「?」
私が首を傾げると、テオはもう一度、今度は先ほどより軽く、テーブルを殴った。
「……手紙があったんだ」
「脅迫状?」
私の問いに、彼は首を横に振る。
「内容は知らない。海岸に倒れてた僕のポケットの中に手紙が入ってて、僕が気絶してる間に父上が回収したんだ。––––僕が父から聞いたのは『蜘蛛を取ろうとすると爆発する』ってことだけ。自分に関わることだから見せて欲しいって言ったけど『お前は気にしなくていい』の一点張りだった」
「……きっと、何かが書いてあったのね。知ればあなたが負担に感じるような、何かが」
「くっ……あのクソ親父」
悔しそうにこぶしを震わせるテオ。
父親を恨むようなことを言っているけれど、本当は自分の不甲斐なさに怒りと失望を感じているのだろう。
その気持ちは、よく分かる。
私にも覚えがあるから。
一方で、彼の話を聞いた私自身も、心中穏やかではいられなかった。
この蜘蛛を作った者。
そして、テオをこんな目に合わせた者たちのせいで、私も命を落としそうになったのだから。
☆
私は、この毒蜘蛛の中身を見たことがある。
もちろん今世の話じゃない。
巻き戻り前の話だ。
そのときの私は、蜘蛛の取り外しに失敗して、テオに大きな後遺障害を負わせてしまった。
彼は視力のほとんどを失い、杖なしでは歩けなくなった。
それでも「君に診てもらえてよかった」と笑った、十六歳のテオバルド。
私は自分の未熟さを呪い、そのやるせない怒りをぶつけるように、最早その機能を停止した蜘蛛をバラバラに分解したのだった。
––––せめて、テオを苦しめたその仕組みは、私自身の手で解明しようという思いで。
だが結果は、惨憺たるものだった。
各回路は罠の発動で焼け溶け、魔導金属が内部に飛び散っていた。
回路を読み取ることはおろか、一番太い魔力路がどう引いてあったのかすら分からなかったのだ。
それでもただ一つだけ。
元の形を留め、私の目を引いたものがあった。
それは、魔石。
その魔石は一見、我が国と周辺国で流通している普通の中型魔石に見えた。
が、実際にそれを手にしてみると、なにかが違う。
何百回、何千回と魔石に触れてきた私の手が、直感が、そう言っていた。
そうして、普通の中型魔石を横に並べたところで気がついた。
ほぼ同じ形、同じ大きさのそれは、わずかに形とサイズが違っていたのだ。
その時の私は、それが何を意味するかが分からなかった。
だけど、今は違う。
二人分の記憶を持ち、二回目のレティシアとして『あの事件』を体験し、解決に協力した私は、それが何であるかを知っていた。
間違いない。
テオの胸の蜘蛛と、飛竜を呼び寄せた『箱』や魔導通信機に使われていた魔石は––––同じものだ。









