第167話 家族と仲間と夕食会
☆
「グレアム兄さまっ!」
夕食前。
玄関に現れた長兄に私が駆け寄ると、統合騎士団の副団長を務める長兄はがっしりした体でしっかり私のことを受け止めてくれた。
「おかえり、レティ。迷宮国でも大変だったみたいだね」
「私は巻き込まれただけですよ。危ないところに自分から首を突っ込んでる訳じゃないですからね?」
「あれ、違ったかな?」
「もう、お兄さまイジワルですっ!」
私がぷいと横を向くと、兄は「ごめんごめん」と笑って私を見つめた。
「レティのそれは性分だな。騎士をやってきた俺も父上も言えたことじゃないんだが……俺たちがいつもお前のことを心配していることは覚えておいてくれよ」
「……わかってます!」
そうして私は、もう一度兄にギュッとしてもらった。
そう。
私はもう家族も、仲間も、自分自身も失わない。
あらためてそう心に誓ったのだった。
☆
「皆、遠いところをよく来てくれた。そして娘と懇意にしてくれて感謝する。父として、エインズワースの当主として、君たちを心から歓迎する」
お父さまの挨拶で、和やかに夕食が始まる。
最近は人前で話すことが増えたからか、お父さまも以前に比べるとかなり喋り方が柔らかくなったような気がする。
私やお兄さまたちとのじゃれあいが増えたからかもしれないけどね。
そんなお父さまは、食事が始まると『待ちかねた』とばかりに私に話しかけてきた。
「レティ、学校はどうだ? 不自由はないか? 困っていることは? 向こうでも大変なことに巻き込まれたと報告にあったが……」
「ふふ。多少の不自由も含めて学校生活ですよ、お父さま。ここにいるみんなや校長先生に助けてもらって自由に楽しくやらせてもらってます。……本命の研究は、私がいまだ魔術を使えないので進んでないですけどね」
自分で言っておいて「はは……」と乾いた笑いが出てしまう。
そうだった。
一学期は魔術杖やいくつか魔導具を作ったりはしたけれど、本来の留学の目的『魔術原理の利用による魔導具省エネ化の研究』は全然進んでいない。
だって、色々あったじゃない?
ケンカとか、杖づくり対決とか。
挙げ句の果てには、ナターリエや合成魔獣と戦うはめになってしまった。
––––なにか、戦ってばかりな気がするのは、気のせいだろうか。
私の学生生活って一体???
「あれ? おかしいな。こんなはずじゃなかったんだけど……」
思わず頭を抱える。
すると斜め向かいに座っているオリガが、こんなことを言った。
「レティアは私たちのためにずっと奮闘してくれてたから。それで、自分のやりたいことを後回しにしてしまったのね」
普段と変わらず、でもどこか申し訳なさそうな言葉。
「私も……レティアさんにはしてもらうばかりで何も返せてません」
オリガの隣に座るリーネも頷く。
私は彼女たちの言葉に首を振った。
「それは違うわ二人とも。仲間のためにすることはムダじゃないし、そのおかげで開発できた魔導具もあるから。それに私の魔導具作りにみんな協力してくれてるじゃない。湖底迷宮への突入にも付き合ってくれたし。本当に感謝してる。魔術がヘタなのは……要するに私がぶきっちょなだけよ」
私がまた自己嫌悪モードに入りかけたところで、向かいに座るテオが苦笑して手をあげた。
「ちなみにレティ、僕もまだ魔術を発動できてないからね?」
「あっ……」
忘れてた。
そういえば留学組で魔術を使えるようになったのはアンナだけだ。
「どこかの器用なおねーさんはともかく、魔法使いが魔術を使えるようになるのはそもそも難しいよ。染みついた魔力操作の感覚は一朝一夕じゃ変えられない」
「逆に私たちは魔法や魔導具のことはよく分からないし、お互い様よね。一度貴女が見せてくれた『複合魔法』なんか理解を超越してるわ」
オリガの言葉に、端の席のレナもうんうんと頷く。
「そっかあ……」
なんか、みんなに慰められてしまった。
お父さまがこちらを優しげに見る。
「よい仲間に恵まれたな、レティ。焦ることはない。できることからやればいいんだ。こうしてよき友、よき仲間に恵まれているのを見れば、お前が留学先でどんな風に過ごしているかも少しは分かる。お前は十分に頑張ってるさ。それに入学してまだ半年だ。まだまだ時間はあるんだから」
「お父さま……」
そうね。
できないことを嘆いても仕方ない。
できることから進めよう。
「みんな、ありがとう! 元気が出たわ」
「それはよかったわ」
やれやれ、という笑みを浮かべるオリガ。
ふふふ、ははは、と笑いあう私たち。
その後わたしはお兄さまたちからも質問ぜめに合い、仲間たちも加わって楽しい時間を過ごしたのだった。
☆
翌朝。
朝食を終えた私たちは、お父さまの案内で屋敷裏の小道を通り、オウルアイズの本工房に向かっていた。
テオを除けば、アイゼビョーナのみんなにとっては滅多にない海外旅行の機会。
研修を名目に私に同行してる子もいるし、お父さまと相談して『見せても差し支えないところまでは工房を案内してあげよう』ということになったのだった。
––––のだけど、
「ここ、どこ?」
森の小道を抜けた先。
開けた場所に出た私は、茫然と立ち尽くした。
「これは……とんでもないことになってますねえ」
隣のアンナも目を丸くする。
彼女の言う通りだ。
あるべき光景が、ない。
いや、ないはずの光景が、ある。
オウルアイズ本工房は、私がいない間にとんでもないことになっていた。
かつての倍以上に切り拓かれた広大な敷地。
雨後の筍のように建ち並ぶ、何棟もの真新しいレンガ造りの建物。
荷台にいっぱい物を載せた何台もの馬車たち。
さらに、職人と思われる人たちと工事作業者が大勢行き交っているせいで、さながら目の前に一つの街が出現したかのような有り様だった。
それも、かなりの規模の街が。
「おとう……さま?」
ギギギ、と父の方を振り返る。
「驚いたかい? レティ」
私の反応が期待以上だったのか、父は嬉しそうに私を見た。
「お父さま、これは……?」
私が顔を引き攣らせながら尋ねると、父は説明を始めた。
「実はお前の広告のおかげで『ここで働きたい』という者が殺到してね。採用人数はしぼってるんだが、それでもこの有り様だ。食堂も、更衣室も、研修室も足りない。おまけに元老院からは魔導ライフルの更なる増産を指示されてしまった。それで工房の大規模拡張に踏み切ったんだよ」
「ねえお父さま、ちょっと待って。確か一年前にライフルの生産ラインを敷いたときにもかなりのお金を使いましたよね? 一体どこにこんなに追加投資するお金があったんです???」
確か去年の段階で、家門の蓄えの約半分を使っていたはず。
まさか……
「それはお前、もちろん残りの蓄えを使ってだな––––」
「ちょっとお父さまっっ!! なんてことするんですかああああああああっっ????!!!!」
私の悲鳴が、あたりにこだました。









