第155話 夕焼けの空の下
☆
「くっ……!」
再開される触手の攻撃。
加えてキメラの老人は、魔法まで使い始めた。
「ふははははははっ!!」
笑いながら無詠唱で火球を生成し、こちらに発射してくる。
ドンッ! と爆炎が防御膜を揺らす。
魔術と違って速度は遅いけれど、その分『重い』。
「やはり良いな、この体は! 魔力切れも、魔力酔いも気にせず魔法が使える。まさに儂の理論通りだ!!」
そう言って再び火球をぶつけてくる。
「くそっ! なんとかしないと!!」
曲刀を振りながら毒づくセオリク。
「なんとかって言っても––––」
火球と触手を防ぎながら、考える。
私の渾身の一撃は、ダメージを与えたはずなのにあっさり再生されてしまった。
再生し辛い場所を狙わないと。
でも、それってどこ???
その時、セオリクが言った。
「頭はどうだ?」
「あたま???」
「ああ、あの鬱陶しいジジイをライフルで吹っ飛ばせば––––」
「だめ!!!!」
セオリクの言葉をいつになく大きな言葉で遮ったのは、まさかのレナだった。
「レナ?」
「頭は攻撃したら絶対だめ。頭がなくなったら、本能のまま際限なく暴走して手がつけられなくなる」
「じゃあ、どこを狙えばいいんだよ?!」
イラついたように叫ぶセオリク。
そんな彼にレナは言った。
「胸の真ん中をねらって」
「胸? 心臓を狙うのか???」
「違う。胸のど真ん中。そこに迷宮核がある。それが再生の元凶」
言われて気づく。
膨大な魔力の発生源は、たしかに胸のあたりにある。
そうか。
考えてみれば、そうだ。
魔物を食べたって、それがすぐに再生のエネルギーになるはずがない。
どこかにエネルギーの変換器があるはず。
あのキメラの場合、体内のダンジョンコアがその変換器なんだ!!
「分かった。もう一度攻撃してみる! ––––みんな、手を貸して! 連続攻撃で敵の弱点をこじ開けるのっ!!」
「「分かった(分かりました)!!」」
「一、二、三、で一斉に攻撃する!」
「「了解っ」」
私の呼びかけに叫び返し、杖を構える仲間たち。
魔術を使えないセオリクは数歩下がり、中衛に場所を譲った。
私自身も防御膜で敵の攻撃を防ぎながら、魔導ライフルを構える。
そして、引き金を半引きして魔力収束弾と加速魔法陣を––––
「っ!」
一瞬、ふらついた。
さっきから魔力酔いがひどい。
そりゃあそうだ。
休むことなく防御膜を張ってるんだもの。
でも、ここは踏ん張らなきゃ!
「それじゃあ行くわよ」
「「はいっ!!」」
「…………一! ……二ぃ!! ……三っっ!!!」
「「はぁっ!!!!」」
一斉に放たれる、火、氷、雷の魔術。
私も一瞬遅れてライフルの引き金を引く。
それらは光の奔流となって、おぞましい化け物に殺到した。
「ぐぅっ?!」
私たちの攻撃を防ごうとして、触手を盾にするキメラ。
しかし––––
バシバシッ! ズンッ! ドカンッ!!
みんなの魔術が次々に命中し、全ての触手を粉砕する。
そこに、発射のタイミングをずらした私の光弾がキメラの胸部に突っ込んだ。
ドォオオンッッ!!!!
辺りに響く爆音と閃光。
魔物の胸元が吹き飛び、グロテスクな中身が露出する。
その時、リーネが叫んだ。
「あっ! あれっ!!」
リーネが指差したのは、赤く輝く巨大な魔石だった。
「ダンジョンコア?!」
キメラの体内にあった迷宮核。
今や半分ほどが露出したそれは、私の攻撃で一部が欠けて––––しかし未だその光を眩く放ち続けていた。
「うそでしょ?」
これじゃあ……このままじゃ、また再生されてしまう!
「––––も、もう一撃っ!!」
私は魔導ライフルを構えようと、銃口をキメラに向ける。
––––が、
「っ?!」
ずっと我慢していた魔力酔いに、目がまわる。
「お嬢さまっ!!」
私を抱きしめるアンナの腕。
こんな時に。
倒れてる場合じゃないのに。
そう思ったときだった。
シューー……
すぐ隣で、眩く輝く光弾が形成されていた。
「セオリク?」
いつの間にか私の隣に戻ってきていた少年。
彼はまるで弓を構えるように、棒状のものを構えていた。
それは、私の腕の中にあるものによく似ていて…………
「ま、魔導ライフルっ?!」
朦朧とした中、思わず叫ぶ。
「なんで? なんであなたがそれを持ってるの???」
すでに魔術が使えるようになったアンナのライフルは、出張所のみんなに預けて持って行ってもらっている。
彼女の魔力量では魔力収束弾を使えず、迷宮内の取りまわしを考えると、魔術攻撃に集中してもらった方が良いと思ったから。
残る一丁は私の腕の中にある。
今ここに、他のライフルがある訳がない。
だけどそれは……セオリクが構えているそれは、まごうことなく私が作った魔導ライフルだった。
「大丈夫だよ、レティ。僕が仕留める」
優しい、落ち着いた声。
加速魔法陣が展開され、光弾がもう一段大きくなる。
そしてそのエネルギーが起こす風で、セオリクのローブのフードがめくれあがった。
そこにあった横顔は––––
「……テオ?」
「ああ」
私の友人にして恩人。
エラリオン王国の第三王子、テオバルド・ユール・エラリオンは短くそう答え、引き金を引いた。
カチッ
ドンッ! という魔力収束弾特有の重い射撃音。
輝く光弾は、二重の加速魔法陣を通過して加速し––––一閃の光の筋が宙を切り裂く。
そしてそれは、一直線にキメラの胸元へ。
「!!」
閃光。
爆炎。
そして、フロアを震わせる爆発音。
ダンジョンコアが誘爆する。
「みんな、伏せろっ!!」
テオの声に慌てて伏せた私たち。
直後、頭上を荒れ狂う爆風とバラバラになった怪物の破片が通り過ぎたのだった。
☆
深層のキメラを倒してから一時間ほど後。
私たちは地上に戻ってきた。
討伐隊は迷宮内に残った敵を掃討しているけれど、エネルギーの供給源である迷宮核が砕け散ったせいで、残った魔物たちも弱体化している。
私たちの出番は、名実ともに終わり。
すれ違う騎士や兵士たちから感謝の言葉や歓声を浴びながら、私たちはローブを被ってこそこそと討伐軍の臨時指揮所に戻ったのだった。
「そうか。そんなことが……」
私たちの報告を聞いたエリク王子は、しばし思案するように会議机を睨んでいた。
「生捕りにできれば何らかの情報を得ることもできたんでしょうけど……申し訳ないけれどその余裕はなかったわ」
私の言葉に、王子は慌てて顔をあげる。
「ああ、いや。君たちがいなければそもそもその怪物を倒せたかどうかも怪しいんだ。討伐してくれただけで十分だ。感謝している。あとはこちらで調査することにしよう。分かったことがあればすぐに君にも知らせるよ。君たちも分かったことがあれば教えてくれると嬉しい」
「承知しました。できる限り情報を共有させて頂きますわ」
もちろん、本国の承諾を得られたものに限るけれど。
私が微笑を返したときだった。
「そういえば」
それまで黙って話を聞いていたオリガが、ぽつりと口を開いた。
「あのとき、最初にあの化け物が言葉を発したとき、どこのものか分からない言葉を喋っていたのですが––––」
そういえば、そうだった。
老人が発した聞き慣れない言葉。
たしか『標準語』と言っていたんじゃなかったか。
「その時は気づかなかったのですけど、うちの領地に帝国側から逃れてくる者たちの一部が、似たようなイントネーションの言葉を話していたような気がします。……私の思い違いかもしれませんが」
オリガの言葉に、エリク王子が目を細める。
「『帝国』……ライラナスカか。あり得ない話ではないな」
「帝国、ですか?」
私の中で、ナタリーは公国のスパイということで結論が出ていた。
突然の話に、思わず聞き返す。
「西の帝国『ライラナスカ』は凍土大陸西側の小国家群に興り、その強大な軍事力によって大陸の半分以上を支配下に収めてきた覇権主義国家だ。この十年ほどは我が国とも西の山脈で国境紛争を繰り返していてね。現状、最大の脅威と言っても過言じゃない」
「私も名前だけは聞いたことがあります。ですが大陸が異なるせいか情報があまりなく『よく分からない』というのが正直なところです」
「帝国はかなり厳しい情報統制と貿易規制を敷いているからね。我が国でもなかなか動向を探りきれずにいるんだ。伝え聞くところでは、被支配民族に対しかなり過酷な支配を行っているらしいが……」
エリク王子はそこまで話すと、こちらを向き姿勢をただした。
「さて。話が長くなったね。今回の謝礼については、後日改めて話し合わせてもらうということでどうだろう? その間にそちらの希望をまとめておいてくれないか。君の仲間の分も含めてね。僕もしばらくは後片付けに追われそうだから」
「承知致しました。それではまた後日お会いしましょう」
私が立ち上がると、エリク王子もイスから腰を上げる。
「…………エインズワース卿。アイゼビョーナの諸君。あらためて礼を言おう。卿らのおかげでこの街は救われた。心から感謝する」
王子の言葉に、私は微笑んだ。
「一日も早く魔術学校が再開されることを願っておりますわ」
「最善を尽くそう」
こうして、私にとってのエーテルナ湖中迷宮暴走事件は幕を下ろしたのだった。
☆
臨時指揮所の天幕を出ると、空は真っ赤な夕焼けに染まり、庭の木々に長い影を作っていた。
「それで? 私たちは貴方のことをなんて呼べば良いのかしらね」
やや皮肉めいた顔で尋ねたオリガに、テオは首をすくめた。
「今まで通り『セオリク』で」
「でも、レティは『テオ』って呼ぶんでしょ?」
「そうね。もちろんテオが『セオリク』って呼んで欲しいならそうするけど、なにかの拍子に『テオ』が出ちゃいそう」
振り返ったオリガに、私はちょっとだけ考えてそう答えた。
「テオはどう?」
見つめる私。
「うっ……」
なぜかうろたえるテオ。
しばらく頭を抱えたあと、彼は息を吐き出しこう答えた。
「分かった。もうみんな『テオ』でいいよ」
「敬称は『閣下』?」
さらに追撃するオリガ。
どうやら彼女は、私とテオのやりとりから、テオが高貴な身分であることを見抜いたらしい。
そんな彼女にテオは顔をしかめ、再び考えたあと、みんなを手招きした。
テオの周りに集まる仲間たち。
「今から言う名は、聞いた瞬間に忘れてくれ」
そして彼は、小声で自分の名前を言った。
「はあ?????」
その瞬間ぎょっとしてテオを見たオリガは、彼女には悪いけれどとても面白い顔をしていたのだった。
指揮所を出た私たちは、オリガの提案で街中にある彼女の屋敷に向かうことにした。
彼女曰く屋敷には最低限の人員を残しているということで、しばらくの間お世話になることになったのだ。
「ねえ、テオ」
「ん?」
私が隣の友人の名を呼ぶと、南の島の王子様は微笑とともに私を振り返った。
「テオはなんでルーンフェルトに留学してるの?」
ぎくっ、とした顔になるテオ。
「い、いや。まあその、ちょっと見聞を広めようと思ってさ」
「ふぅん……。名前も身分も出自も偽って?」
「そ、それはレティも一緒じゃないか」
「まあね」
そう答えて、くすくす笑う。
「なにかおかしいこと言ったかな?」
「ううん。同じ学校に通えることになってうれしいな、って思っただけ」
「ぼ、僕もだ」
テオがそう言った時だった。
「はい、ストーップ!」
アンナが間に入ってきた。
「またあんたか」
うんざり顔のテオ。
「それは私のセリフです。どうやらブーブー漬けが足りなかったようですね?」
「そんなものいらないけどな?」
そう言って睨みあう二人。
リーネが笑顔で口を開く。
「お二人とも仲がいいんですね!」
「「よくないよ(よくありません)!」」
同時に叫ぶ二人。
「……はぁ」
やれやれ、というようにため息を吐くレナ。
「行きましょ、レティ」
「あ、待って」
歩き始めるオリガに駆け寄る私。
そうして私たちは夕焼けの空の下、オリガの屋敷までワイワイガヤガヤしながら歩くことになったのだった。
『やり直し公女の魔導革命』
《第三部 了》









