第126話 クラスメイト
☆
顔を真っ赤にして狼狽える令嬢たち。
そんな彼女たちの中で、最初に立ち直ったのはフレヤ・アストリッドだった。
「貴方……。さっきから聞いていれば、貴族家門の私に向かって無礼な口をきいてくれるわね。この国でアストリッドを侮辱したらどうなるか分かってるの?」
論点をすり替えるフレヤ嬢。
だけど民族衣装の少年は、そんな彼女を鼻で笑った。
「さて、どうなるんだろうな。……言っておくが、ルーンフェルトは創設以来『種族、性別、門戸に関わらず学生を平等に扱う』と宣言してそのルールを徹底してきた。それは王家ですら例外じゃない。出自をかさにきた言動は訓告の対象だぜ。あんたも俺らと同じウグレィに来るかい?」
にやりと笑う少年に、フレヤは目を吊り上げる。
そして––––
「貴方、名前は?」
「マラケサのセオリク・バーラト・オル・アライオン」
「そう。貴方たちのことは覚えておくわ」
「それは光栄だね」
「ふんっ。––––皆さん、落ちこぼれは放っておいてもう行きましょう」
「そうですわね。バカが感染りますわ」
そんな負け惜しみを言って退場するフレヤ一行。
彼女たちを見送ったあと、私はセオリクという名の少年を振り返った。
「セオリクさん、と仰いましたね。助けて頂きありがとうございます」
私がお礼を言うと彼は、一瞬びくっとして視線を逸らした。
「いや、いい」
「?」
後ずさるセオリク。
(極度の人見知り……という訳じゃないわよね。さっきはあんなに堂々としてたのに)
先ほどまでとの様子の違いに、首を傾げる私。
そういえば、入試の実技試験の時もこんな感じだった。
(ひょっとして、怖がられてる?)
私の方に心当たりはないけれど、何か彼を怖がらせるようなことをしただろうか?
(うーん……)
正直、心当たりがない。
一つだけ可能性があるとすれば、私の魔力量を感じ取って、というのはあり得る。
私はハイエルランドでもトップクラスの魔力持ちだ。
むやみに魔力を放出してはいないけれど、魔力感知に優れた人なら、感じるものはあるだろう。
(あまり怖がらせてしまっても申し訳ないわね)
私はとりあえず自己紹介だけしておくことにした。
「私はハイエルランドのレティア・アインベルです。同じクラスですし、これからよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。そうだな。よろしく頼む。––––じゃあ、またな」
セオリクはそう言って、いそいそと去って行った。
「なんか、不思議な人でしたね」
リーネがそんな感想を口にする一方、アンナはぷりぷりと怒っていた。
「助けてくれたのはありがたいですけど、あの態度は失礼です! せっかくレティがお礼を言ったのに」
「きっと彼にも事情があるのよ。––––それより私たちも寮に行きましょう。今日中に荷解きを終わらせないと、明日から困るでしょ?」
「たしかに! 早速明日から授業ですもんね」
ぽん、と手を打つリーネ。
「レティと同じ部屋になりますように……」
「ほら、アンナ姉さん。行くわよ」
私はまたしても女神さまに祈り始めたアンナの袖口を引っ張り、これから私たちが生活することになる女子寮に向かったのだった。
☆
ルーンフェルトの女子寮は、校舎と同じく歴史を感じる重厚な建物だ。
五本の太い円柱を外周に配置しそれらを通路で結んだ五角形の形をしていて、円柱が各クラスの寮、中央が管理棟となっている。
ちなみに広場を挟んで反対側には同じ形の男子寮が建っており、そちらの方が歴史が古いらしい。
それぞれの円柱の中央は吹き抜けになっていて、一階にはサロンがある。
そこを見下ろすように各階の廊下があり、生徒たちの部屋が外側に並んでいる、というようになっていた。
さて。
重いカバンを手に寮にやって来た私たちは、ウグレィ寮のサロンで部屋割りを確認することになった。
結論から言えば、アンナの願いは女神さまに届かなかったらしい。
「なんで私だけ別の部屋なんですかあ?」
部屋の入口に立ち、情けない顔で嘆くアンナ。
私はそんな彼女の肩を、ぽん、ぽんと叩いた。
「まあまあ。隣の部屋なんだし、すぐに行き来できるじゃない」
「……そういえば、この部屋の壁って結構薄そうですし、ちょっとだけぶち抜いても『事故』ってことで大丈夫ですよね?」
「だ、ダメよ。絶対にダメだからね!」
物騒なことを口にする姉を、慌ててたしなめる私。
うちの侍女は、放っておいたら本当にやりかねない。
私は手を伸ばし、アンナの頬に触れた。
「ねえ、姉さん。これは私と姉さんが互いに自立する機会でもあるの。どうせ部屋を出れば一緒にいるんだし、部屋にいるときくらいはルームメイトとコミュニケーションを取りながら生活してみましょうよ」
アンナが家出してうちの門を叩いて以来、私たちはずっと一緒に暮らしてきた。
私にもアンナにも友達らしい友達はほとんどいないし、ここで交友関係を広げる努力をしてみるのは、きっとお互いのためにも良いはずだ。
「ううっ……」
「ほら、姉さん。後ろの人が部屋に入れなくて困ってるわ」
私は入口を防いでいた姉の袖を引っ張り、後ろにいた二人の女子生徒に「ごめんなさいね」と謝った。
すると––––
「邪魔よ」
私と同じくらいの背丈の少女が、長い黒髪を揺らしながら不機嫌そうにそう言って部屋に入ってくる。
その後ろから続いて入って来たやや小柄な金髪ショートカットの女の子は、
「…………」
冷めた目でちらりと私たちを見ると、無言で通り過ぎたのだった。
☆
ルームメイトたちが来たこともあって、アンナは泣く泣く自分の部屋に入って行った。
私とリーネは「とりあえずルームメイトに挨拶にしよっか」と話して、荷解きにかかっている先ほどの二人に話しかけた。
「あの、挨拶させてもらってもいいですか?」
私の言葉に、怪訝な顔をする黒髪の少女。
もう一人の子も黙って私たちを見る。
や、やりにくい……。
私はなんとか笑顔を維持して、自己紹介を始める。
「北大陸のハイエルランドから来たレティア・アインベルです。こちらは友人の––––」
「アストリッド領から来たリーネ・ヤンソンといいます。よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げるリーネ。
私も一緒に会釈をする。
「「…………」」
気まずい沈黙。
最初に口を開いたのは、意外なことに金髪の少女だった。
「レーナ・セリアン。……レナでいい」
相変わらずの冷めた表情ではあるけれど、彼女は一応返事を返してくれた。
「ありがとう、レナ。これからよろしくね」
私の言葉に、分からないくらい小さく頷くレナ。
次に私たちは、もう一人のルームメイトに視線を向けた。
「はあ……」
気乗りしないとでも言うかのように、ため息を吐く黒髪の少女。
「……オリガ・ヘルクヴィスト」
と、いかにも渋々といった感じで名乗ってくれた。
(身だしなみもしっかりしてるし、どこかの貴族令嬢かしら)
私がそんなことを考えていた時だった。
リーネがオリガに話しかけた。
「あの、ヘルクヴィストというと、ひょっとして『氷結』の––––」
「詮索されるのは好きじゃないの」
ぴしゃり、と言葉を遮るオリガ。
「あ、その、ごめんなさい……っ!」
思いがけない拒絶の言葉に、慌てて謝罪するリーネ。
一方のオリガは、眉間に皺を寄せたまま今度はじろりと私を見た。
「貴女も。悪いけどあまり私に構わないでくれる? 同じ部屋だからといって無理に話しかけなくていいから」
その鋭い視線に、射すくめられる。
「ご、ごめんなさい。挨拶したかっただけなの」
ううっ……怖いよぅ。
そうして私とリーネはすごすごと自分たちのベッドのところに戻ったのだった。
☆
振り返ってみれば、ルーンフェルトでの初日はあまり順調ではなかったかもしれない。
フレヤには絡まれるし、オリガには拒絶される。まぁ散々といえば散々だった。
それでも振り返ってまだマシだと思えるのは、翌日以降さらにひどいトラブルやショックな出来事が続いたから。
そう。
この時間軸での初めての学校生活は、実に波乱に満ちたものだったのだ。









