第116話 新たな出会いと『はじまりの街』
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「うわ。話には聞いてたけど、本当に空から降りてきた!」
ビーコンの誘導に従って森の中に降りると、ローブを羽織った茶髪の若い女性が目を丸くしていた。
そんな彼女を見て、横に立つグレー髪の男性剣士が顔を顰める。
「こらヨハンナ。挨拶が先だろ? ––––失礼致しました閣下。私はノルドラント駐在武官のグレン・ビングリーと申します」
「ハイエルランド公館の護衛をやっている魔術師のヨハンナよ。よろしくね!」
きちんとした立礼をするグレンと、フレンドリーに手を振るヨハンナ。
対照的な二人に思わず、ふふっと笑ってしまう。
「はじめまして。レティシア・エインズワースです。こちらは侍女のアンナ。今日はわざわざ遠方まで私たちを迎えに来て頂き、本当にありがとうございます」
私の言葉にグレンが慌てて両手を振る。
「いえいえ、このくらいなんでもありませんよ。初めての国で勝手も分からないでしょうし、この国は色々と独特ですから。ご入学までは私とヨハンナがサポートさせて頂きます。……ヨハンナは元冒険者だけあってこの国のルールに詳しいんです。言葉遣いはアレですが勘弁してやって下さ––––っ痛ぅ!!」
げしっと肘鉄が入り、わき腹を押さえるグレン。
その犯人は、同僚の負傷もどこ吹く風というように、にこにこと笑顔で自分のことを説明してくれた。
「私は現地採用組だからね。一応、正規の公使館職員だけど騎士じゃないし、お上品なマナー教育も受けたことがないのよ。––––もしお気になられるようでしたら直させて頂きたく存じますが、いかが致しましょうか?」
途中から急に言葉遣いを変えるヨハンナ。
そのおかしな敬語に、私はまた笑ってしまう。
「ふふっ。そのままでいいわ。学校では出自を伏せるつもりだし、二人とも自然体で接してくれる? 私のことは年下の後輩として扱ってくれればいいから。呼ぶ時も『レティ』でいいわ」
私の言葉に、顔を見合わせる二人。
「いえ、さすがそういう訳には––––痛ぇえっ!!」
二度目の肘鉄に悶絶するグレン。
一方、隣のヨハンナは満面の笑みで右手を差し出した。
「りょーかい! それじゃあよろしくね、レティ」
「ええ、こちらこそよろしく。ヨハンナ、グレン!」
こうして私は、これから長い付き合いとなる二人と挨拶を交わしたのだった。
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「えっ、出張所ですか?」
私が聞き返すと、幌馬車の向かいに座ったヨハンナが頷いた。
「そっ。レティが魔術学校に入学するってことで、在ノルドラント公館の出張所をエーテルスタッドに設けることになったの。––––といっても、事務所はただのこぢんまりとした屋敷だし、看板もない非公式なやつだけどね」
「……私のせいでそこまでさせてしまうなんて、なんだか申し訳ないわ」
顔を顰める私。
だけどヨハンナは苦笑気味に首を横に振った。
「いいのよ。魔術学校の情報収集も仕事のうちなんだから」
「魔術学校の?」
「一年前の飛竜の事件以来、本国が他国の技術調査に本腰を入れ始めてね。ちょっと前から『優秀な魔術師のスカウトを兼ねて、最新の魔術研究動向を調査しろ』って指示が出てたの。それでちょうど『エーテルスタッドに出張所を出そうか』って話をしてたところだったから、レティがこの国に来てくれたのは良いきっかけになったわ。おかげで追加予算もガッツリついたしね!」
むふー、と満足げな顔をするヨハンナ。
どうやら彼女たちにとっては、本当に悪い話ではなかったらしい。
「そうなんだ」
ほっと息を吐く。
ヨハンナはそんな私を見て微笑した。
「二人とも入学後は学校の寮に入ることになるけど、嫌でなければそれまでは出張所に泊まりなよ。私たちも出張所で生活してるし、食事の心配もしなくていいからね」
そっか。
入学試験まで一週間。
街で宿をとるつもりだったけど、公館の出張所があるならそこにお世話になるのも悪くない。
「––––ってことだけど、アンナはどう?」
隣のアンナに尋ねると、私の侍女はにっこり笑った。
「私はお嬢さまがいらっしゃるなら、雪山でも海の底でもご一緒しますから」
にこにこにこにこ。
うん。
訊いた私がばかだったわ。
私はこちらを面白そうに見ているヨハンナに向き直った。
「じゃあ、そちらにお世話になろうかしら」
「おっけー。歓迎するよ!」
そう行って彼女は、びっ、と親指を立てたのだった。
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それから間もなく、私たちが乗った馬車は『はじまりの街』エーテルスタッドの市門をくぐった。
「うわぁ、街の雰囲気がハイエルランドとも、聖都とも全然違いますね!」
「本当! すごい活気!!」
幌から顔を出して興奮するアンナと私。
アンナの言葉の通り、この街は私が見たことがあるどの街とも景色が違っていた。
ハイエルランドの王都や聖都が地球の十七、八世紀頃の近代の都市景観だとすると、この街は中世を思わせる街並みだった。
そして、人が多い!
見渡す限り、人、ヒト、ひと。
しかも鎧を着た剣士にローブの魔術師、弓使い、斧を担いだ戦士など、冒険者たちで道が溢れかえっている。
ヒト種だけじゃない。
今や北大陸では一部にしか住んでいない、エルフやドワーフと思われる人たちもちらほらと見かけるのだ。
さらに––––
「まっ、魔物っ?! 魔物が歩いてる???」
私は思わず叫んでしまう。
街の中を、恐竜のようなイグアナのような生き物が歩いているのだ。
しかもその背中には、人がまたがっている。
私の声に、後ろからヨハンナが身を乗り出した。
「ああ、あれは魔物使いだね」
「魔物使い???」
「そうさ。オオトカゲやワイルドウルフなんかを飼い慣らして戦わせるジョブなんだ。街の中に連れ込むには国の資格と許可証が必要だし、なかなか就くのが大変な職業だよ。沓や拘束具なんかの安全対策も義務付けられてるし、ああして歩いてる分には安全だから、安心していいよ」
そう言ってウインクするヨハンナ。
私は席に戻ると、はあ、と息を吐いた。
「この世界にこんな国があるなんて。全然知らなかった」
そんな言葉が口をついて出た。
やり直し前を含め、私はハイエルランド王国から出たことが一度もなかった。
どれだけ井の中の蛙だったんだろう。
世界はこんなにも広い。
「この国に来てよかった」
私の言葉に、向かいの席に戻ったヨハンナがにやりと笑った。
「お楽しみはこれからだよ。二人がよければ、明日は私が母校を案内しようと思ってるんだ」
「母校? それって––––」
「二人が通うことになる、『ルーンフェルト魔術学校』さ」









