第111話 迷宮国と魔術学校
☆
「魔術学校? 王立魔法学校のことですか?」
お父さまの問いかけの中にあった聞きなれない言葉に首を傾げる私。
すると父は小さく首を横に振った。
「いや、今更お前が国内の魔法学校に行く意味はないだろう。私が言っているのは北方のノルドラントにあるルーンフェルト魔術学校のことだよ」
「ノルドラント……って、北海の先にあるあの『迷宮国』???」
「そうだ」
お父さまは大真面目な顔で頷いた。
私たちが暮らす『北大陸』。
そのさらに北にあるのが『凍土大陸』だ。
東西に細長く、陸地の半分が一年を通して雪と氷に閉ざされる極寒の地。
その東の端、峻険な山脈によって西側から隔絶された半島部にノルドラントはあった。
北海の中央よりに位置し、貿易で栄える北の大国。
けれど彼の国が有名なのは、先ほど私が口にした特徴によるものだ。
『迷宮国』
その名の通り大小様々な迷宮を多数国内に抱え、それを『生きた』状態で国家管理していることからそう呼ばれている。
迷宮の深部にあるダンジョンコアは、壊されない限り魔物と魔石を産み続け、それが一定量を超えると新たな階層を生成すると言われている。
そのダンジョンコアを破壊せず、魔物の討伐と魔石の採取によって迷宮の成長を抑え込む。
彼の国はそうして迷宮を生かしたまま管理している特異な国だった。
迷宮をリスクと考え、一部を除きダンジョンコアを破壊してきた北大陸の諸国家とは考え方が大きく異なる。
ちなみにコアを失った迷宮はそのまま良質な魔石鉱山となる。
『死んだ迷宮』……鉱山として安定的に魔石を採掘するのか。『生きた迷宮』として冒険者に魔物の素材と魔石を採集させるのか。
資源としての迷宮の活用方法の違いとも言えるだろう。
「ノルドラントには迷宮での一攫千金を求めて多くの冒険者が集まっている。当然魔法使いもな。長い歴史の中で彼らは迷宮攻略に特化した魔法と魔石の使い方を開発し、洗練させてきたと聞く」
「それが『魔術』ということですか」
「その通り。そしてそれらを研究し教えているのが『ルーンフェルト魔術学校』というわけだ」
「『魔術』もそうですが、初めて聞く名です」
二度目の人生をやり直している私でも聞いたことのない話。
なぜ今まで知らなかったのだろう?
「我が国は北海に面していないし、そもそも国内に大規模な迷宮がないからな。魔導具が発展していることもあって『魔術』を使う魔術師がほとんどいないんだ。私だって昔知り合った魔術師から話を聞いていなければ、知らなかっただろうさ」
お父さまはそう言って笑うと、あらためて私を見た。
「その魔術師が言うには『魔術は、限られた魔力を効率的に使うための術』だそうだ。……レティ。今君がぶつかっている諸々の課題と共通するものがある気がするんだが、どうだろうか」
たしかに。
生活魔導具の省エネ化にしろ、魔導ジェットエンジンの燃費の問題にしろ、本質的な課題は同じ。
––––限られた魔力をいかに効率的に使うか。
お父さまのアドバイスは実に的確だ。
それにひょっとすると、あの黒い球体のことも何か分かるかもしれない。
私はしばし考えると、顔をあげた。
「お父さま、素晴らしい提案をありがとうございます。私、魔術学校で学んでみよう思います!」
「……そうか。ならば準備を整えよう」
そう言った父は、なぜかこの世の終わりのような顔をする。
「どうしました?」
「自分で提案しておいてなんだが、本当は行って欲しくないのだ。安全面ではお前のことだしアンナをつけておけば問題ないだろうが、せっかくこうして色々と話せるようになったのに、何ヶ月も会えなくなるなんて……っ!!」
血の涙を流すお父さま。
この人の娘ラブはとことん極まっていると思う。
(仕方ないなぁ)
私は席を立ちお父さまのところに歩いて行くと、おもむろにガバっと抱きついた。
「?!」
驚く父。
私はそんな父に抱きついたまま、こう言った。
「すぐに戻ってくるから。ちょっとだけ待っててね、パパ」
「……ああ。しっかり学んでおいで」
お父さまはそう言って、ぽん、ぽん、と私の背中をたたいてくれたのだった。
☆
それから二ヶ月。
私は出発の準備にあけくれた。
陛下に留学許可をとり、留守中のことを皆に頼んでまわる。
領地整備はソフィアとロレッタに。
領兵隊の整備はライオネルに。
そして魔導ジェットエンジンと鉄道の開発はダンカンたちに。
特に鉄道の開発については、将来実用路線に転用することを前提に、新領の領都ファルグラシムとココメルを結ぶ試験線の敷設を始めることにした。
現状の魔導ジェットエンジン試作機は燃費こそ最悪ながら、結構な出力を出せている。これを複数機搭載する試作機関車を作ることにしたのだ。
私がいない間も開発を進められる体制をつくる。
お金に多少の余裕ができた今、躊躇っている時間が惜しい。
写真館が成功し、魔導ライフルの量産が軌道に乗ったことで、エインズワース家門全体の財政は急激に潤いつつあった。
私の領地にしても、パワーサポートアタッチメントの量産配備もあって大侵攻後の復興は速やかに進み、農業生産の効率化と新たな農地開拓、果実などの嗜好品栽培と加工技術の開発など、各村では様々な試みが行われ始めている。
みんなの前向きな取り組みのおかげで、気がつけば私がしばらく領地を離れても大丈夫なくらいの余裕ができつつあった。
一つ悩みを挙げるとすれば、新領から伯爵領への住民の移動が起きていることだろうか。
未だ発展しない新領に見切りをつけ、急激に発展しつつある伯爵領に移り住む人が増えているという報告がソフィアからあがっていた。
お父さまとも相談したけれど『先に伯爵領を発展させ、その成長を西に広げていこう』ということで、特に移動制限は設けず静観することになった。
この施策がどうなるか。
私が帰ってくる頃には、何らかの結果が出ているだろう。
––––そして、出発の日がやって来た。
☆
その日の昼過ぎ。
ココメルの屋敷の裏庭に近しい人たちが集まっていた。
みんな私たちの出発を見送りに来てくれたのだ。
そんな中で一番泣きそうな顔をしているのは、なぜか私に同行するアンナだった。
「お嬢さまの輝くお髪が……」
私を見て悲しそうな顔をするアンナ。
その原因は、私の髪の長さにあった。
「まだ言ってるの? 身分を隠して冒険者志望者として行くんだから、長すぎる髪はおかしいわよ」
そう言って、肩のところで揃えた髪に触れる。
ちなみに私もアンナも冒険者志望者らしく見えるように、今はそれらしい旅装姿となっている。
「あんなに美しくて流れるようなお髪でしたのに……」
「一応切った髪はウィッグにしてあるから、こっちに戻ってきた時には元に近い形に戻すわよ」
「ううっ、新しい髪型もお似合いですねっ」
「ええと……ありがと?」
涙目で褒める侍女に、私は苦笑いを返す。
さて。
そろそろ出発の時間だ。
「ソフィア、ロレッタ。領地のことをよろしくね」
私が二人に声をかけると、ロレッタは「はいっ」と元気に応え、ソフィアは最近やっとできるようになった『自然な微笑』を返してきた。
「ご期待に沿えるよう最善を尽くします。どうか安心して行ってらして下さい」
「頼りにしてるわ」
そんな彼女たちに笑みを返す。
「ダンカン、ライオネル。あなた達もね」
「おう」 「まあ、嬢ちゃんもな」
格好をつけているのか、二人ともぶっきらぼうに応える。
そんな二人に笑ってしまう。
最後に、お父さまと兄さまたちを振り返る。
「お父さま、兄さまたち。これから暑くなりますから、体調に気をつけて下さいね」
「もちろん!」
「そういうレティも、気をつけて行っておいで」
兄たちに抱擁してもらった後、お父さまが私の前で片膝をついた。
「レティ。必ず無事に帰っておいで」
そう言って、ぎゅっと抱きしめる。
「パパも。お仕事が大変だと思うけど、無理しないでちゃんと疲れたら休んでね」
「ああ。約束する」
「それじゃあ、行ってきます」
私はアンナを振り返った。
「準備はいい?」
「はい。まずは聖国との国境があるテルンの街を目指すんですよね?」
「そうよ。それで明日か明後日には聖都入りね。––––行くわよ、アンナ!」
「はいっ!!」
こうして私たちは、北に向けて飛び立ったのだった。









