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月は無慈悲な紅き女王  作者: 蒼蟲夕也
第三章 ヒャッキヤコウ
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第27話 空を渡るもの

 その声は、絞り出すようだった。


「ソラワタリ……」


 空を引き裂くような音を出して、敵は眼前に迫る。

 夜の曇を引き裂いて、三角形に近い形をした黒い物体は、まるで重力を無視しているような軌道で上空を飛ぶ。


 敵は、ここにきてとんだ化け物を抱え込んでいたらしい。


 化け物は、銃を撃たなかった。

 ただ、銀色に煌めく紙片を振らせた。


 辺りに満ちていた喧騒が、止まる。

 人間の怒鳴り声が、消える。

 季節外れの雪は、全ての隊員を飲み込み、行動不能にさせていく。

 ただ、軍用犬が敵位置を知らせる鳴き声が、虚しくあたりに響く。


 ソラワタリ。

 正式にはX-82『零式』と言う。

 人類が生み出した、史上最初のパイロットレスのドローン型戦闘機だ。

 大きさは横幅三メートルほどで、戦闘用に筋力を増強した人形なら、軽々持ち運べる程度の重量である。敵の規模によっては数十機で編隊を組んで使うが、小隊規模の敵を制圧するのには、これ一機で十分であった。


 零式は今、電波欺瞞紙というアルミ箔をばらまいている。


 チャフ・フレア。

 かつてレーダーを攪乱するために生み出されたパッシブ・デコイの一種だ。

 プラスティックのフィルムにアルミを蒸着されたものが使われており、空中に散布するようにして使う。

 戦時下では一切の攻撃的な能力を持たなかったが、現代では、対人兵器として恐るべき性能を誇る。

 

 地に落ちたアルミ箔はしばらくそこにあるし、人間はそれを避ける手段がない。あったとしても、少なくともその後の行動はかなり制限される。

 名の通り「空を渡る」その物の怪は、その場にいた英雄達を、為す術もなく殲滅した。

 

 ことが終わるまでにかかった時間は、五分足らず。

 それだけで彼らの戦略も、努力も、怠らぬ鍛錬も含めて、飲み込んでいく。



 キミタカは目を疑った。


()()()()()()()()()()()()()()!」


 口に出しても、冗談としか思えなかった。

 茜色に輝いていた月は、まるでそれが夢だったかのように消え失せ、代わりに、黄色がかった白になる。


――出会いの合図は、月。


 行動を起こす動機としては十分だった。

 キミタカは素早く背のうを背負い直して、地面まで落ちるような速度で木を降りる。

 同時に、自分の迂闊さに一瞬、目の前が暗くなった。

 下の方に物の怪がいたことには気づいていたが、金属片がばらまかれていることには気づかなかったのである。

 だが数瞬後、奇妙なことが起きているのに気がつく。


(金属病が、発症しないぞ……)


 理解は早かった。行動も迅速だった。キミタカはすばやく周囲を警戒する。木陰に隠れて、あの、蜘蛛のお化けみたいな機械を見つけ、すばやく杉の木の裏へと身を隠す。


 ばす、ばす、ばす。


 間の抜けた音がした一瞬後に、弾けるような光が飛び散った。

 敵はどうやら、針のようなものを高速で射出しているらしい。


(あれに当たると、どうなるだろう)

(少なくとも針治療の道具には見えない。きっととても不愉快なことになるだろう)

(とはいえ、針自体の貫通力は木も打ち抜けない程度、か)


 そこまで理解して、キミタカは素早く足下の石ころを横に放り投げ、投げた方とは逆から飛び出す。

 敵も大したもので、フェイントに引っかかる様子もない。

 物の怪の銃口は、すでにこちらへ向いていた。即座に二発、針が射出されるが、キミタカはそれすら読んでいる。背のうを盾のように構えて、針を防いだのである。


 ばす、ばす、ばす。


 背のうごしに、鈍い衝撃が走る。


 ダメージは、……ない。


 いける。


 その後の敵の反応速度はひどく鈍く、逃げようともしなかった。一気に近づいて、十字弓の柄の部分で思い切り殴る。


 がん、がん、がん、がん、がん、がん。


 撃たれた分ちょうど。六回殴って、敵はようやく沈黙した。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 あらゆる判断が、一秒ずつ遅れただけでやられていただろう。

 とはいえ、安心してはいられない。

 息を整えるのもそこそこに背のうへと駆け寄り、次の行動に移る。

 この分だときっと、ソラワタリにやられた先輩方も行動を再開しているだろう。キミタカは注意深く、草むらへと隠れた。

 この状況がいつまで続くのかわからない。

 とにかく今は、アカネと合流を急がなくては。


『月に変化が起きたら、合図よ。とにかくあたしを信じて、行動して』


 アカネの言葉が思い出される。

 そして、――彼女の言葉は正しかった。

 もはや疑う要素はない。

 合図が起きた今。


 全ての行動がまかりとおるなら、今しかないのだ。



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