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月は無慈悲な紅き女王  作者: 蒼蟲夕也
第三章 ヒャッキヤコウ
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第26話 傷痕

 面倒なことになっている。

 

 保護隊の主力が偽の招集命令を見抜いて駐屯地まで後退を始めた時には、もうすでにその動きに気付くことはできていた。

 とはいえ、アイカにはどうすることもできない。

 人間など歩兵ロボット一体あれば、かなりの戦力を削れるかと思ったが、敵もそれは見越していたらしい。あっというまに散開し、正確な位置がわからなくなってしまっている。


 敵はどうも、こちらの大体の位置を知っている、らしい。

 試しに数体、ロボットを向かわせたが、すぐに壊されてしまった。

 続けざま、やすりで削られるように、こちらの戦力は摩耗していく。

 どうやら、敵はこちらが攻撃できないことを把握してしまったらしい。


 恐らくだがあの、シズとかいう未認可の人形が動いている。

 あいつが様々な情報を連中にもたらしているとなれば、それほど難しい話ではない。


「――くそ」


 これなら、人形部隊を相手にした方がまだましなくらいだ。

 相手が人間であるお陰で、どのロボットにも攻撃命令が出せなかった。


『①:ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 ②:ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、①に反する場合は、この限りでない。

 ③:ロボットは、①および②に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。』


 ロボット三原則。

 大昔のSF小説家が考えた法則が、今になって自分の首を締めるとは。


 しかし不可思議なのは、保護隊員たちの動きに、高い練度を感じさせること。


 戦争なんて、ずっと昔になくなったはずだ。

 だからその作法なんてもの、現代まで伝わっているはずがない。


 だが、いま端末がひっきりなしに報告してくるのは、――臨機なる待ち伏せと、奇襲攻撃が行われていることを示すアラート。


 これは完璧なゲリラ戦の手法だった。


(敵を侮りすぎた?)


 爪を軽く噛む。

 金属病は人間だけの病気だ。犬や馬を上手に使って、こちらの位置を把握し、長距離から狙撃。罠に誘い込んでいるらしい。


 たしかに、連中は人間だ。

 人形やロボットに比べれば非力で、なんの特殊な力も持っていない、ただの人間である。


 だが奴らは、物の怪退治の専門家でもあった。


(物の怪。かつてあった、文明の遺物の総称)


 ある程度こちらの性質が読まれれば、敵の攻撃が徐々に成功していくのも無理はない。


「………………」


 いずれにせよ。

 アカネを見つけて、拘束するまでは足止めしなければならない。

 まだ戦力は向こうの三倍はある。

 守りとアカネの探索を同時に行っても、有利な状況で攻撃できるはずだ。


(どうする? いっそ、総攻撃をかけて制圧してしまうか?)


 不可能ではないだろうが、得策でもない。淡路島にいる保護隊は第三十二国民保護隊だけではない。可能性は薄いが、他の基地に増援要請を出しているかも知れないし、本土から増援が来る可能性がある。敵の過小評価は危険だ。

 多分、奴らはこっちがそれを見越すことも含めて、作戦を展開している。


 眉間に手を当て、今後の行動を考える。


 連中の目的は、キミタカとアカネの救出だろう。

 アカネはともかく、キミタカは面倒なところに逃げ込まれたが、位置は確認している。なんとか奴を捕まえて人質にするか?

 他の保護隊員と違って、あいつは法的には人形だ。攻撃命令を出すことはできる。


 テーザー銃の射程は三十メートル。一発でも外すと逃げられてしまうだろう。キミタカ一人に何体もロボットを向かわせるのは気が進まないが、確実に仕留めるには……。


(いや)


 落ち着け。


 いま、自分に向かっている中で最も弱い戦力は、キミタカだ。ロボットで攻撃できる上、金属病も発症する。判断力もまだ、子供に毛が生えた程度だろう。

 そんな奴、いつでも倒せるのだ。だったら、後回しにすべきだ。


 優先度を考えて行動しろ。

 あいつを倒して人質にしたところで、状況は何も変わらない。


 やはり、守りを固めて、アカネを探索する。

 尻尾を出した奴から、各個撃破。これしかない。


「………………………ッ」


 本当にそうか?

 他に手段はないのか?

 敵だってそれを見越していないはずはない。

 そういう時、連中がとる手段を持っていないのに、こうして攻撃をしてくると思うか?

 

(くそ。もうこれ以上、あのくそったれのことで頭を悩ますのなんて、うんざりなのに!)


 爪を噛みすぎて、肉に達しそうになって、ようやく冷静になった。


(まだ、こちらには最後の手段がある)


 しかしそうすると、場合によっては何人か、人間を殺すことになるかもしれない。


 アイカは少し気が滅入る。

 一人二人殺してしまえば、あとはもう、歯止めが利かないことを知っていたからだ。

 始まってしまえば、泥沼になる。お互いがお互いを殺し尽くすまで終わらない悪夢が、あの不愉快な匂いと味を伴って蘇る。


 だが。

 それでも。


(自分はアカネを殺さなくてはならない。殺さなくては……)


 今度は、端末の画面で動き回っていた数個の光点が同時に消えた。

 しかも、敵はすぐ近くまで迫っていた。ここから一キロ圏内まで。


(なんだ。なんなんだ、こいつら……!)


 本当に人間なのか。


 決断するのに、さすがに時間がかかった。

 自分だって、私的な復讐のために、何もかもを失いたくない。

 これまで時間をかけて積み上げてきた、人形と人間の良好な関係。

 その全てを、失ってしまいたくはない。


 そこで、アイカは非常に人形らしい決断をする。


(金も、名誉も、信頼も)

(いつか取り戻せるものだ)

(百年? 二百年? ならば自分は、失ったものをまた倍の、何倍の時間を使って取り戻そう)

(だが、()()()()を洗い流せるのは、今だけだ)


 人形は、今だけしかできないことに最高の価値観を持って生きる。


 永遠に生きられるから、永遠と引き替えて手に入れられるものなど、大した価値はない。


 答えを出すのにかかった時間は、四、五分。


 たったそれだけで、この百年間の努力を水の泡にする決断をする。


「……………よし。やろう」


 そこで彼女は、ノート型のものとは別に、携帯の端末を取り出した。

 あらかじめ用意していたプログラムを起動し、都心のマザーコンピュータにアクセスする。

 封印されたコードを読み解き、いつでも欺けるように細工しておいたのだ。

 自分でも覚えてないくらい前だったから、いつやった仕掛けだかわからないが、巧く作動した。


 無音。ただ、端末の表示だけは忙しく。


 やがてデータが目の前の端末に転送され、作戦の成功を告げる。

 今頃、中央は上へ下への大騒ぎだろう。

 中央には自分の部下だった者もいる。

 そう考えると、少し申し訳ない気がした。


 深呼吸。


 最後のキー操作と同時に、全ての歩兵ロボットに通達。


――たった今、日本国は、戦時下に入りました。

――第一種戦闘配備。

――人間への攻撃を許可。


 後は、簡単なキー操作だ。

 指を少し動かすだけで、アイカの後方、数十メートル先に強烈な衝撃音がした。


 飛べ。

 ヒトを黙らせてこい。


 これから先は、私と奴だけの世界だ。



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