#3-C 監視AIの絶望仲間たち その2
#3-Bの改稿に伴い、一部内容を変更いたしました(2025/7/29)
シグ・ルーベンスはもうダメだろう。一緒にドラゴンに飲み込まれたメイド服姿の二人の女装少年――シグもリクトもなぜか気づいていなかったが、金髪カツラのメイド少年の名札にはフルイケント、青髪カツラのメイド少年の名札にはイサクラタスクと書かれていた――の助けを得て、無事、ドラゴンの排泄が完了した。彼は死んだ魚の目をした状態で、主であるチャッピィの元へと帰還すると、排泄物で汚れた身体のまま、同様に汚れた退職願を提出し、そのままフラフラとどこかへと立ち去った。
一方の少年二人は、それ以上の助けを拒んだシグ・ルーベンスとは別れ、ハンター管理協会本部へと戻ってきた。まさかあの状態で戻って来るとは思いもしなかったが、彼らはまだリクトに絶望はしていない様子だ。
逆に、リクトに対して怒りの感情を抱いている。彼へ仕返しをしてやろうという意気込みすらある。ドラゴンの糞まみれになった彼らは、ドラゴンの肉まんではなく糞まんを食わせてやるなどと不穏な企みを考えている様子。やりたい放題のおバカには、いいお灸をすえられるかもしれない。いいぞ、もっとやれ。
しかし、ハンター管理局本部の入口で再び顔を合わせても、お互いに気づかないのはどういうことだ。確かに二人の少年のカツラは取れ、服装は見るも無残な格好で元のメイド服姿とは程遠かったが、彼らは顔も声もまったく変わっていない。一方のリクトは容貌は完全に別人ではあるものの、声だけはそのままだ。やる気のなさを表に出している人格面については、完全に同一人物である。
「グァ……」
――まさか、あんな変装で気づかないほど、チョロいのか。ペンデヴァーは呆れたように鳴く。目が点になり、垂れ眉を描けばしょんぼり顔になっていただろう。
主にリクトへのちょっとした腹いせのつもりだったのだが、二人の少年が穿いていた縦縞パンツを彼のズボンのポケットの中に転移させて突っ込んでおいた。パンツがなくなっていることに二人の少年は気づかず本部内を歩き回り、すれ違う人たちをぎょっとさせていたが、シャワールームに入ったときにどうやら気づいたらしい。パンツを奪った犯人がリクトだと勝手に勘違いしていたが、ペンデヴァーの狙い通りに事が運んで御の字だ。
リクトは彼らが男であることに気づかず求婚していたため、リクトに対して恨みを持ってくれるほうが、彼らを引き剥がしやすい。返事はまだもらっていないはずだが、リクトは恐らく、求婚した事実でさえ忘れているのではないだろうか。
そういえば、もう一人、リクトの被害者候補が現れた。カミュラ女史だ。リクトの同僚職員である彼女は、リクトのもう一つの姿、トップハンターリクティオに惚れている。だが、リクティオがペンデヴァーによって姿を変えたイチノセリクト本人だということは理解していない。
そもそもなぜリクトが三つの姿を使い分けるようになったのか。それは毎度のことながら、彼の単なる思いつきにすぎない。ペンデヴァーは彼の思いつきを完璧に処理し、実行して再現しているだけだ。特に意図があって一人三役を務めさせているわけではない。
リクトは、前管理者である旧型管理AIから引き継いだ、この世界の物理的な統治システム、魔王プログラムに介入し、大魔王ペンデヴァルトとして世界を管理するはずだったにもかかわらず、彼のサボり癖がハンター管理局の無能職員イチノセリクトという存在を生み出した。それだけでは飽き足らず、その裏の顔として誰も敵わないトップハンターリクティオという存在までを作り上げたというわけだ。そうまでしてなんとかサボろうとする、リクトのサボり根性には脱帽するしかない。果たしてそれがうまくいっているのかどうかは別として。もちろん、監視AIとして、それを許すわけにはいかないのだが。
リクトがその三役を演じるにあたって、彼からペンデヴァーに指示された内容は、誰にも自身が別の姿に転じるところを見られてはならない、ということだけだ。最高管理権限を用いれば可能ではあるが、たかだかそれだけのために管理権限のリソースを使うなど、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
が、リクトがそれを望んだのならば、ペンデヴァーはそれを実行することに否やはない。ことあるごとに彼自身が複数の顔を持っていることを自ら他人にバラそうとしてしまうのだけは解せないが。バラしても信じない相手は放置するが、そうでない相手に対しては言葉にマスキングをかけて聞こえなくするか、面倒なときはその場面ごと強制リセットをかける必要がある。これもリソースの無駄遣い。
トップハンターリクティオがイチノセリクトだと知ったとき、カミュラはどうなるのだろうか。絶望するだろうか。自身のフった相手が実は、推しのリクティオだったとしたら。場合によってはそれが効果的になるかもしれない。恋は盲目というが、ここまでくるともはや哀れでしかない。絶望候補者として保留しておこう。
そして、最後の一人。
シグに続く絶望被害者は、クラウ・ウィッツベルという青年だ。どうやら彼は自身が命を落とすと、とある地点にまで時間を巻き戻って復活するという面倒くさい能力を有しているようだ。
巻き戻る地点はどうやら自身で決められず、自動更新されるとそれ以上前に戻ることはできないという制約つきのようだが、さすがにこの能力を放っておくわけにはいかない。
恐らくだが、マスターたちを裏切った前管理AIが関わっていることは間違いないだろう。
裏切り者の前管理AIから管理権限を完全に剥奪することは、リクトやペンデヴァーがここに送り込まれた目的のうちの一つだ。とはいえ、繰り返しになるが、リクトにはその目的意識が一切ない。
「グァ……」
ペンデヴァーは、心底、疲弊していた。とりあえず、クラウのリセットに合わせてリクトの記憶領域を一時的に活用し、リソースの足しにしようとしたのだが。同じ管理AIとしても理解できない、謎の記憶領域の構造を独自に作り上げていた。サボり領域? 解除にはサボり認証キーが必要? サボりウイルスに浸食、汚染されてい――。
あ、だめだ。解析不能。処理能力低下。強制再起動――。
「……グァ」
自己防衛機能によって強制的にシャットダウンし、難を逃れたペンデヴァーは、再起動するなりマスターへ即座にメモリの増量要望を提出した。
「グァァァァッ……!」
――マスター。助けてください。手に負えません。なんで、こんなのを最高管理者にしたんですか!
ほろり、と涙を流すペンデヴァー。
とりあえず、不要な処理の終了などによって一時的に使用できるリソースを賄うことには成功したが、一時しのぎでしかない。今後このようなことが続けば、ペンデヴァーの処理能力は格段に落ちるだろう。だが、やるしかない。やらないという選択肢がないからだ。そして、こんなこともやれない、無能な管理AIというレッテルを貼られるわけにはいかない。無能なのはリクトだけで十分なのだ。
「グァァ……」
サボりウイルスに浸食されかけた後遺症か。リセットしたはずなのに、まだ残っているような気がしてならない。
今日はもう、誰も邪魔しないでゆっくり休ませて欲しい。とりあえずクラウのループに合わせてリクトもループさせるのをやめれば、この地獄から解放されるはず。次で最後にしよう。今日は自分へのご褒美に新鮮な高級魚の踊り食いをしても誰にも怒られないはずだ――。




