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寄り添う父と、手を引く母(「BioShock2」)

 『親子』という関係を持たない人は、おそらくこれを読む人の中にはいないだろう。


 「Bioshock」というゲームは『親子』を、シリーズを通したテーマとしている作品だ。

 より正確に言うなら『父と娘』が正しいのかもしれない。少なくとも第一作目においては『父と息子』、二作目では『母と娘』も描かれていたので、ここでは『親子』とする。

 シリーズ第一作目からして、「飛行機に乗っていた主人公が親の言葉を思い出す」という場面から開始していた。


 今回は二作目の好きなところについて話をしていきたいが、そうなると一作目での出来事やその背景が必要になってくる。




 話は、冷戦時代に天才科学者アンドリュー・ライアンが海底都市『ラプチャー』を建設した、という事から始まる。


 そこは科学者、芸術家、あるいは技術者たちが、既存の権力や価値観などに縛られず、その能力を遺憾なく発揮できる場所。

 人がその働きによって生み出したものやそれによる利益は、全てその人が得られる場所。


 東西冷戦から逃れてきた人々が、次々にラプチャーへ集った。そんな彼等が自由に活動することによって、ラプチャーでは様々な成果が生まれていく。


 ブリジット・テネンバウムという女性科学者が、ウミウシの一種から『アダム』と呼ばれる物質を抽出したことも、そういった成果の一つ。

 これを人体へ投与することにより、様々な形でその能力を向上させられる。念動、発火といった超常の力すら、アダムとラプチャーの科学力ならば実現可能なのだ。


 そんなアダムの需要は、能力主義のラプチャーにおいて非常に高いものとなった。ウミウシを捕まえて抽出するのではとても追いつかない。


 このような事情から作られたのが、「歩くアダム製造工場」とでも言うべき存在、『リトルシスター』。

 地上から連れ去った少女に、改造を施したウミウシを寄生させて生み出される彼女たちは、人の血液からアダムを生成できる。


 体内で生成されるアダムの作用により、不死身に近い肉体を持つ彼女たち。 だからといって一人でその辺をフラフラさせていたら、アダムを欲しがる人々に危害を加えられてしまう。

 彼女たちを守るために開発されたのが、潜水服を身にまとった改造人間『ビッグダディ』。


 改造により高い戦闘能力を持つ彼らは、リトルシスターと共生関係を形成する。

 ビッグダディがリトルシスターをあらゆる脅威から守り、リトルシスターは報酬として体内で作ったアダムを渡す、という訳だ。


 そうしてアダムの供給システムがラプチャーに構築された結果、それを巡って二つの勢力が争い始めた。

 一方を率いるのはラプチャーの創設者、アンドリュー・ライアン。

 そしてもう一方は、フランク・フォンテインという人物が率いる勢力。

 彼は商才と人身掌握に優れた野心家で、ラプチャーの技術を外部に密輸する、ラプチャーのシステムからあぶれた者たちを巧みに取り込むなどして大きな勢力を作った。

 リトルシスターも、彼が起業した会社が作り出したものだ。


 野心家フォンテインの、ライアンという権力への挑戦。これによってラプチャーは荒廃してしまった。


 フォンテインはライアンの刺客に殺されたが、それによって破壊された都市機能、秩序が戻りはしない。

 アダムを用いた過度の肉体改造によって精神に異常をきたし、異形と化した住人『スプライサー』が徘徊し、アダムを奪い合う恐ろしい場所となってしまった。


 そこに主人公ジャックがラプチャーを訪れて、という形で初代「Bioshock」は始まる。




 「BioShock2」は、プロローグの時系列が「Bioshock」の二年前になる。

 試作ビッグダディの一体、実験体デルタはエレノア・ラムというリトルシスターと強い結びつきを持つように製作された。


 その日も彼はアダム生成するエレノアの護衛をしていたが、襲撃してきたスプライサーのプラスミド(アダムによって得られる特殊能力)で体の自由を奪われてしまう。


 そうなった彼の前に現れたのは、エレノアの実母ソフィア・ラム。彼女に促されるまま、デルタは自身の頭を撃ち抜いてしまった。


 時は流れ十年後。

 一作目主人公ジャックによってライアンが死に、無秩序になったラプチャーをソフィア・ラムが取り仕切るようになっていた。


 エレノアと、彼女に協力するリトルシスターの手によって蘇生されたデルタは、彼女の助けを求める声に導かれ、再び活動を開始した。




 海の底で繰り広げられる、物騒な手段を用いた親権争い。


 「BioShock2」は一言で表現するならこういう話だ。

 プロローグの展開も「離婚する妻に娘を連れていかれたが、数年後あまりのスパルタ教育に耐えかねた娘に助けを求められて……」という見方ができる。


 今回のタイトルはこのゲームで争う二人の親、デルタとソフィアのスタンスを表したもの。


 ソフィアは娘であるエレノアに、これ以上無いというくらいに期待し、希望を抱いている。

 そして、だから彼女に自分が与えられる全てを与える。彼女の意思に関わらず。


 誰に、何に対してもそう。

 ソフィアは、自分の希望を人に強制しようとする。


 デルタは、違う。

 ビッグダディである彼は、エレノアに何も言わない。ただ側に在り続け、あらゆる脅威から彼女を守る。

 だからこそ、彼はプロローグでソフィアにエレノアを連れていかれた。


 ゲーム中、舞台となるラプチャーのほぼ全てが、デルタの敵に回る。

 数少ない味方は、エレノアとリトルシスター達。そしてもう一人、オーガスタス・シンクレアというラプチャーの住人。

 彼らの助力が無ければ、デルタはソフィアの権力や物量に対抗出来ず、エレノアと再開することもなかっただろう。


 作中では(ソフィアがあまりにも極端過ぎるため)デルタのスタンスが肯定的に扱われていたが、実際のところはデルタ側に寄りすぎても良くない、と思う。


 ともすれば無関心にもなり得る、デルタの姿勢がもたらす負の面は、バッドエンドで拝む事ができる。


 道中出会ったリトルシスターをアダムを搾取して殺してしまった場合、エレノアは強烈なエゴイストになってしまう。他者は全て、自身の利益のために利用するものだと考え始める。


 自分の自由を奪い続けた母には、命でその償いをさせる。

 利用価値が無くなったデルタに対しても、それは例外ではない。


 ラプチャー内で拾うことができる音声ログの一つに、こういうものがあった。


「ソフィアが「共食いの犬」と呼ぶ生き物を内緒で見に行ったら、人間そっくりの外見だった」


 幼い頃のエレノアが残したものだ。

 ソフィアの危険性が垣間見える。こういった思想に加えて、精神科医であるため人を操る能力に長けているから性質が悪い。


 ゲーム中は彼女に辛酸を舐めさせられたが、その一方で根本の動機が、彼女なりのエレノアへの愛なのだろうとも思った。


 グッドエンドは、バッドエンドと真逆の事をすれば見られる。

 リトルシスターの命を、自分の都合で奪わなければいい。


 また、ゲーム中に殺傷するかしないかを選べるキャラクターが三名登場する。グッドエンドの場合はそのうち一人、ニュートラルエンド(リトルシスターを活かすか殺すか一貫していなかった場合に見られる)では三名全員を生かしておけば、エレノアはソフィアを許す。


 デルタとエレノアは元々強い結びつきを持たされていたが、蘇生してからはそれがさらに強くなっている。デルタはそれによって彼女の声を聞き、エレノアはこのつながりを介してデルタの行動を把握している。

 そして彼女は、デルタの行動を通じて他者との関わり方を学んでいた。


 殺すこともできる三名は、理由は各々異なるが、いずれもデルタに対して攻撃を仕掛けてきた人物。

 そんな彼らを殺さないということは、自分の命を奪おうとした相手を、赦すということ。


「パパにとっては赦すことが勝利だった。犠牲を払い、苦しみに耐え、そして全てを赦したの。いつもね」


 そんな父の行動を見てきたから、エレノアも母の命を助けた。


 グッドエンドのデルタは、エレノアに必要とされ続ける。

 限界を迎えた肉体は保てないが、アダムを使えば意識や記憶を保存することが可能だ。


 エレノアがリトルシスターだった頃と形は違うが、デルタは彼女と共にあり続けることとなった。もう彼女を脅威から守ることはできないが、成長した彼女にビッグダディの庇護は必要ない。


 ただそばにいて、道に迷ったならそっと背を押す。それだけしかできないし、それだけでいい。

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