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「愛」にまつわる話(グレッグ・イーガン「適切な愛」、藤子・F・不二雄「間引き」)

 今回語りたい作品は、タイトルの通り両方『愛』をテーマにしている。


 良い恋愛作品は砂糖のように甘く感じられるそうだが、タイトルから察せられるように、この二作品はそういった甘さは無い。


 味覚で表現するなら、・・・なんだろう?苦味、だろうか。とりあえず、摂りすぎると良くない刺激物だという事は確かだ。

 



 グレッグ・イーガンの『適切な愛』は夫が事故で生死の境をさまよっている女性が主人公。


 夫の全身はズタズタで、治療の為にはクローン技術で肉体を一から作るしか無い。費用は保険で賄えるが、問題が一つ。移植用の肉体が出来上がるまでの約2年、どうやって夫の脳を維持するか。


 彼女の医療保険契約には、以下のような文章がある。

「ただし脳の保存には、医師の指定した安全な手段のうち、もっとも安価なものを採用する」


 医師の提示したこれに該当する方法は、「擬似的な胎児を彼女の体内に入れて、子宮を生命維持装置代わりにする」というものだった。

 当然、彼女は生理的嫌悪感を抱く。だが、嫌だから別の手段をと言う訳にもいかない。


 これ以外の手段では保険金が出ない。生命維持装置の使用料は高く、彼女の経済状況では移植用肉体の完成まで払い続けられない。拒否は夫の死を意味していた。


 夫への愛と、その生命を維持する方法への嫌悪がせめぎあい、彼女は自身の体を供する事を選択する。

 擬似胎児を埋め込んだ彼女は、肉体的に妊娠しているのと変わらない状態。当然、そうなった時に起こる事、つわりなども起こる。


 肉体が、生物としての本能が妊娠していると認識しているのに、理性部分がそうではないと理解している。そんなずれが、より彼女を苦しめる。

 彼女にとって最悪だったのは、『夫との子どもを妊娠している』という錯覚だった。


 自然な、幸せな状態を夢に見る。目が覚めて、不自然でろくでもない現状を思い出す。気分が良くなる訳がない。

 そんな事を二年続けて、彼女は夫を取り戻す。だが、彼女は変わってしまった。


 表面上は違いは無い。だが、理性と本能がずれた状態で長い時間を過ごした彼女は、それに慣れてしまった。そして、それ故に愛と言う感情への信頼を失った。


 「夫の生命維持装置を夫との子どもとして愛する」、これは『不適切な愛』。

 「夫を伴侶として愛する」、これは『適切な愛』。


 どちらも、生命としての仕組みが作り出すもので、それは理性で押さえ込めてしまう。事実彼女は、それを続けた。


 彼女の献身に涙を流した夫と抱き合う。彼女も泣いている。だが彼女の心は動いていない。「これは体が作り出す錯覚だ」と、愛をはじめとした感情に免疫が出来てしまったのだ。


 これから彼女は、感情と言う支えを失い理性に頼って生きていく事になる。



 あらすじの紹介は以上。


 ……普通の人は、理性と感情との間でバランスを取って物事を判断している。バランスを取る感覚にばらつきはあるが、この事自体は変わらないはずだ。

 この話の主人公は、判断のバランスが極端に理性側へ寄ってしまう事になった。そんな彼女の目から見える世界は、どんなものだろう?


 支えが一つ無いのだから、不安に苛まれるだろう。人とは見方が違うのだから、孤独も感じるだろう。だが、生きていけないという事は無いはずだ。


 愛を感じる機能は残っていても、信用できない。「目や耳が悪い」事と大差ないというのは極論だろうか?


 筆者は、こういう視点を想像するのが好きだ。面白いから、楽しいから媒体を問わずこういう話を楽しんできた。だが、そういう事を続けてきたせいか「普通の感覚」がよく分からなくなった、様な気がする。



 『ドラえもん』で有名な藤子・F・不二雄の異色短編。ブラックユーモアというのか、エグい話の多い中の一つが、今回の『間引き』。


 地球の総人口が四十五億に迫り、人口爆発に食糧の増産が追いつかず日本で配給制が復活した時代。

 主人公である初老の男性はコインロッカーの管理人。職場へ向かう前、食券を使い切ってしまったので弁当をくれと妻に言うが、面倒くさがって中々くれない。


 「昔は情の深いおんなだったのに」と憤るが、怒ると余計に腹が減るからと我慢して仕事に向かう。そんな彼の仕事場に現れたのは新聞記者。社会問題である「コインロッカーベイビー」について取材しに来たという彼は、この現象に新しい見方をしているという。

 これは、大自然が人類にさしのべた救いの手、大きな力が働いているからだと。


 記者の話を男性が聞いていると、突然の悲鳴が辺りに響く。通り魔事件が発生した。

 通報その他の処理を済ませ、「カギとなるのは人口爆発」「人口の増加に食糧生産が追いついていない」という所に話が行った辺りで、昼飯の時間になった。


 記者は食券があるので余所に食事へ行き、男性は家からの弁当を食べる。妻が用意したのはカップラーメン、妻が冷たくなった事を彼は確信する。


 食事中、一人の女性がカロリー保険への加入を勧めてきた。死亡者の今後摂取したであろうカロリーの三分の一を、遺族に食券の形で払い戻すと。

 自分が死んだ後の妻の食い扶持なんて知るかと、男性はそれを断った。


 戻ってきた記者の話は続く。

 自然界には、生物の個体数を調節する機構がある。適切な個体数を超えた生物は、それによって数が減っていく。だが、人間はどうか。

 農業や医療技術の発展で、たがが外れたように個体数の増加が続いている。このままの勢いで増え続けたら、どうなる?


 男性が記者の説に、考えすぎだと言った頃、再び事件が起こる。今度はコインロッカーへの子捨てだ。

 男が囮になって注意を引き、女が赤ん坊を捨てる。記者はそれに引っかかったが、男性には通用しない。


 捕まった学生の男女が警察に連れて行かれる。

 「自分の物を自分が捨てて悪いのかよ!!」

 女の方はそういい捨てた。


 記者はこれこそが大きな力だと言う。

 「コインロッカーベイビー」に限らず、一般的な社会現象から異性愛、肉親愛、隣人愛などのあらゆる愛情が急速に減少しつつある。


「『愛』なんてものは種の存続のための機能のひとつにすぎない」

「これがじゃまになれば取っぱらってしまえということですよ」


 「適当な人口まで減った時、人類は再び愛をとりもどせるかもしれない」「昔の人は、こういう事がよく分かっていた。『衣食足りて礼節を知る』ってね」と記者は話を締めて帰っていく。

 

 記者を見送った男性のところへ、妻が現れた。夜食を持ってきてくれたのだ。

 泣くほど嬉しいと感じた男性がそれを食べる最中、サイレンがなる。世界総人口が45億を超えた合図だ。


 男性の手からおにぎりが落ち、彼自身も倒れる。


「ごめんね。青酸カリいれといたの」

「今日あなたをカロリー保険にいれたのよ」

「だっておなかがすいてしようがなかったんだもの」


 真顔でそう言った妻は、男性の死体を引きずっていく。


「うまくロッカーにはいるといいけど……」


 ラスト一ページ、地球全体を俯瞰する何者かが数値をカウントしている。


「四十五億マイナス一……、プラス一、プラス一、プラス一……」



 あらすじは終わり。世界は核の炎に包まれていないのに、愛を取り戻さなくちゃならない。ラストのカウントを見る限り、世界が核の炎に包まれでもしなければ、愛を取り戻せる日は遠そうだ。

 ……核で環境が激変した結果、愛が無くなったままという可能性もあるが。


 こちらは、個人の愛ではなく種族全体の愛が壊れた話。愛を生物としての機能の一つとしてみる視線は、『適切な愛』と似たような物だ。


 こういう見方しか出来ない、しない訳では無いが、好きな見方だ。人以外から見た人の見え方、同じ藤子・F・不二雄の『征地球論』『宇宙人レポート サンプルAとB』、別作者の『寄生獣』も良い。


 その『寄生獣』で人間を観察し続けたキャラクター、ミギーは「心に余裕ヒマがある生物 なんとすばらしい」と言った。

 彼流に言うなら、この世界の人類は「ヒマじゃなくなった」のだろう。生まれたばかりの自分達に近いと思うかもしれない。


 ミギー自身、生まれて間もない頃に同属を殺して「育った環境のせいもあるだろうが不勉強なヤツだ。だからわたしが勝った」なんて事を言っていた。


 また、「人口増加とそれに付随する環境悪化」に着目した作品として、星新一の『生活維持省』も思い出される。

 あれは人類が愛を失わないように、能動的な人口抑制を行ってユートピアのような社会を実現したと言う話だ。出生数の調整ではなく、殺処分と言う形で。


 愛を失っていないから、身内が殺処分の対象となれば『生活維持省』世界の人間は嘆き悲しむ。最近スピンオフの主役?になった聖帝も言っていた。


「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!」

「こんなに苦しいのなら、悲しいのなら、……愛などいらぬ!」


 愛が失われつつある『間引き』の世界では、「腹が減ったから」と言う動機の殺人が起こった。その一方で、愛を維持するためにその感情を痛めつけるような事をしなければならない。何とも皮肉な事だ。

 その痛み、矛盾を抱える事が生きるという事なんじゃないか、とも思う。

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