小林泰三「酔歩する男」
過去から未来へ淀むこと無く流れる時間。そんな「時間の流れ」にすこし変わった見方をするだけで、全く違う側面が見えてくる。今回の「酔歩する男」はそんな話。
「馴染みの店があるはずの場所にない。そんな悩みを抱えた血沼という男はある日、小竹田と名乗る奇妙な男と会う。
『自分は血沼の親友ではあるが、あなたの親友ではない』
おかしな事を言う彼の事は血沼の記憶に無いが、彼は確かに血沼の事を知っている。
血沼が彼を問い詰めると、小竹田は過去に起こった事を語り始めた。
血沼と小竹田は大学時代、手児奈という女を取り合っていた。不思議な感性で掴み所の無い手児奈を二人は好きだったが、ある日突然彼女は死んでしまう。
小竹田は医学部へ編入し、血沼は独自の研究で彼女を蘇生する手段を模索したが、小竹田は医学部で研究を続けているうちにそれを諦めてしまった。
30年後、医学部の教授となった小竹田の下に血沼が現れ、時間障害の患者のデータと研究室を貸してくれと彼に頼む。
血沼は独自の研究の結果、独自のタイムトラベル理論を組み立てていたのだった。
『時間の流れは過去から未来へ向いている』、これは人間がそのように認識しているだけでしかない。三半規管が狂えば平衡感覚がおかしくなるように、時間の流れを認識する部位を破壊してしまえばタイムスリップは可能になる。
小竹田の提供したデータからその部位を特定した血沼は、小竹田と互いに時間の感覚を狂わせる処置を施したが、二人が時間を遡ることは無かった。
三半規管に何かあっても別の感覚でそれを補完できるように、時間の感覚も別の感覚でカバーできてしまったのではないか。
血沼はそう分析し、二人は落胆して自宅へと戻った。次の日目覚めた小竹田は、自分が一月先へタイムスリップしている事に気がつく。」
彼らが破壊した箇所が司っているのは「時間を認識する能力」、「時間を制御する能力」そして「波動関数を再発散させない能力」。三番目は言い換えれば「過去を過去として確定させる(させたままにしておく)能力」とも言える。
これが欠如した為に彼らは過去へタイムスリップする事が出来る訳だが、「一時的に狂わせた」のでは無く「破壊した」というのが重要だ。
「手児奈の蘇生」という目的を果たした後も、彼らはその結果を確定させられない。
意識のある間は時間の感覚が補完されているが、睡眠などによりそれらが無くなる度に彼らは時を越える。
「死」すら彼らにとっては一時的な状態に過ぎない。意識が無くなった時点で、時間の感覚が補完できなくなった時点で別の時間へと飛んでしまうのだから。
過去へ、未来へ、タイトルの通りに酔歩し続ける。
また、時間の中を酔歩し続ける彼らは何処へも辿りつく事は無い。彼らの波動関数が収束することは無いのだから、一時的な収束と発散を繰り返し続ける。彼らの主観で永遠に。
この作品は「玩具修理者」という単行本に表題作と共に収録されている。表題作の方はなんというか、……スプラッタな感じだ。
「近所に住んでいる怪人『ようぐそうとほうとふ』は、頼めば何でも直してくれる。近所の子供たちは色々なおもちゃを持ち込んでは修理をして貰っていた。主人公の女の子は、ある日死んでしまった弟を直してもらおうとするが……」
感性ではなく理屈の恐怖という点では同じ系統の作品だと感じるが、少なくともこの作者のホラーは「酔歩する男」と「玩具修理者」の二タイプに大別されると思う。そのどちらも好きだ。




