『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』15話「荒れ地の荒れパンってなんだ?」
目が覚めると、俺達のテント以外はすでに出発していた。
「どうしたんだ?」
「たぶん、経済会議が終わって魔法使いの仕事が出てきたんだよ」
グイルが目をこすりながら教えてくれた。
「でも、私たち学生にあんまり関係ないんじゃないの?」
「学生でも雇ってくれるシステムができたんじゃない? だいたいゲンズブールさんもコムロカンパニーも来ているんでしょ? だったら、もう……」
ミストの勘はよく当たる。
テントを畳み、荷物をまとめてから、低く飛ぶ箒ことローブルームを用意。振り返ると野外研修の目的地だった塔が見えた。
「バングルーガー先生が管理人になるのかな?」
「クイーニィって聞いたけど……、いつ昇天するかわからないしね」
「勇者トキオリはなんて?」
「さあ? 爺ちゃんたちは自由だからなぁ」
祖父母は面倒事を極端に嫌う。自分たちが面白いと思ったこと以外はやらなくていいと思っている。というか、1000年以上生きているから、大抵の事は経験している。ただ、孫の俺のことに関しては結構手伝ってくれるという変な価値観を持っている。
「あの二人を見ていたからかな。よく『お金なんて持っていても使うところがないと意味ないよ』って言われ続けて、興味が失せたのかも。でも、実際、俺は休みの度に稼ぐけど、使い所があんまりないんだよな。ラジオグッズぐらい」
「また、新商品が出たら買うのか?」
「買うよ」
「ラジオ専門の魔道具屋を作ったほうがいいんじゃない?」
「ミストは面白いこと言うなぁ。それ王都に戻ったら作ろう」
「よし、とりあえず行くか」
全員、ローブルームを握っていた。低空しか飛ばないし、速度もそれほど出るわけでもない。それでも、走るよりずっと楽だし、体力を使うってこともない。
「これ、それなりに魔力を使うね」
「そう?」
個人差があるらしい。ミストは普段死霊術を使っているからそれほどでもないが、ウインクは魔力の出し方もまだ拙いからスピードを上げすぎてしまうようだ。
「これ、魔力の使い方も学べるんじゃないか?」
「ウインク、魔力はちょっとでいいんだよ。そのまま勝手に進むから」
「ああ、そうか。ずっと魔力を使わなくてもいいのか。ちょっとコツ掴むまで待って」
俺達はウインクが慣れるまで、のんびり王都へと向かった。
途中で、厨房の料理人たちと合流。どうやら王都で魔法使いギルドの設立があったらしい。
「世界中の魔法使いたちが一堂に会すイベントもやるんだって」
「魔道具が市場に出てきたら、どうしても魔石利権が発生してね。その対抗として魔法使いたちが結成したんだ」
「どういうこと?」
いまいち料理人たちの説明の意味がわからなかった。
「つまり魔石を多く売りたい国が、魔石の価格が下げてセールをしたら、魔法使いを雇う価格も下げないとそもそも仕事が請けられなくなる。そうすると、低価格でも請けないといけなくて、生活が成り立たなくなる可能性も出てくるよな?」
グイルがちゃんと説明してくれた。
「なるほど、組合みたいなものか」
「そうそう。組合はわかるのか?」
「ああ、母さんがよく言っていたから」
母さんが仕事先と話している時によく聞いた。弱い人たちが集まって強い人に立ち向かう組織と説明してくれた。
「勇者一行のシェイドラさんが加入したって」
「そうなんだ」
美人な上に力強いダークエルフの実力者だ。あのドヴァンさんの相方みたいな人で、世界樹にもよく来ていた。
「じゃあ、大丈夫だ」
「そうか?」
「うん。勇者一行と言われていても、実力はそれぞれだろ? ドヴァンさんが表に出てるけど、シェイドラさんも相当強いよ。世界樹で何度も見かけたから」
「そうなんだ……。やっぱり皆で夏に世界樹合宿しない?」
ウインクが提案してきた。
「いいけど、野外研修に続いて合宿続きじゃない?」
「だって、去年は北極大陸で合宿したんでしょ?」
そう言えば、ミストとグイルは北極大陸のダンジョンで合宿していた。
「でも、世界樹って遠いよ」
「竜の乗合馬車ならすぐじゃない?」
「いやぁ、お金が……」
「お金ならあるじゃない」
俺達はそれぞれ蓄魔器の会社を売った金がある。
「そう言われるとそうだなぁ……」
「いいじゃない? 私は賛成よ。コウジが前に住んでいた場所も見てみたいし」
ミストはウインクに乗った。
「俺は……、俺も行くよ」
「だったら、皆の実家にも寄りたいな」
「うちに来ても意味はないぜ」
「いや、それが休みってもんじゃない?」
「まぁ、確かに家族がコウジを見て、目ん玉ひん剥くところは見たいな」
「うちの家系もそう」
ウインクに実家はないが裁縫島がある。
「じゃあ、そういうことで!」
「コウジは?」
「いや、いいよ。ドワーフの管理人さんたちは駅伝でも会っただろ? 皆、濃いから覚悟はしておいたほうが良いよ」
「それはなんとなく……」
グイルは世界樹の管理人たちと絡んでいたらしい。
「コウジの世話は大変だろうって言われたよ」
「世話って……」
「今度世界樹に行きますとは言ってあるから、大丈夫だ」
「そうか……」
徐々に、王都の城が見えてきた。
「ラジオを放送する。せっかくだから」
「そうだな」
小休止してからラジオを放送し始める。
「長いようで短かった野外研修も今日で終わり。私たちは多くのものを得ましたが、王都の皆さんはどうだったでしょうか……ああ!?」
前方を見ると、なぜか荒野の真ん中に祭りのように屋台が立ち並んでいた。
「なにがあったんでしょうか? 荒野に屋台が並んでいます!」
ウインクが叫んでいた。
「経済会議で屋台を出しても大して売れなかったから、野外研修帰りの俺達に売ってるんじゃないか?」
グイルが予想していた。
「そうかもな。買っていってやろうぜ」
ちょうど朝飯も食べていなかったから、腹ペコだ。
学生たちも集まっていた。
「新商品さ! ラジオで宣伝してくれないか!? 安い、上手い、食べやすい! パンに肉と野菜が入った荒れ地の荒れパンだ。ちょっとチーズが焦げちまったのも御愛嬌!」
「経済会議で宣伝するより、ラジオで宣伝したほうが早いだろ?」
「商売人は正直だなぁ」
「いやぁ、アリスポートに来るまでにお金を使っちまったから、帰る金が無いのよ。悪いんだけど、安くしておくから買ってってー!」
「じゃあ、それを10こ下さい!」
何でも食べてみないとわからない。
「まいど!」
俺が買って宣伝になるなら、どんどん宣伝しておく。そのうちスポンサーになりたいっていう会社も出てくるだろう。
「あら、そこのお姉さん、その服どこの?」
「ゼファソン・モデルよ。仕立てが良いでしょ? 海に出るなら、これくらい着てないと海で乾かないよ!」
ミストとウインクも勝手に宣伝している。
「わぁ! 魔物だぁ! 荒れ地に魔物が出たぞぉおお!」
東から叫び声が聞こえてきた。アグリッパのポチかと思ったら、樽くらいあるミズバエが飛んでいた。世界樹やグレートプレーンズにしかいない魔物だ。
「魔物使いがいる……」
「え?」
荒れパンを食べていたミストが、風に吹かれた自分の髪を耳にかけた。音を聞き逃さないようにしたのか。
「来る……、なんか来るよ……。エルフ!?」
「風が騒いでいるわ! 皆、西へ逃げて!」
エルフのジルが大声で学生たちを先導した。
ズズズ……。
地平線に見えていた黒い森が膨らむように近づいてくる。
「森が動いている……」
「違う。トレントだ。トレントの暴走だ!」
樹木のトレントが群れをなしてこちらに向かってくる。
「なんだぁ……」
俺はそう言いながら、自分の魔力を練り上げた。




