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駆除人  作者: 花黒子
『遥か彼方の声を聞きながら……』

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『遥か彼方の声を聞きながら……3年目』14話「緊急で放送をしております」


 ラジオを放送しながら移動して、ラジオが終わった夜中に拠点のテントを建てる。それほど移動距離はないが、それがいい。どうせ世界経済会議で王都まで来た人たちもすぐには帰らないだろう。


「ちょっと、いいかい?」

 食堂の料理長、エリザベスさんがやってきたのは寝床に入ろうとしていた時だった。ラジオ局員は全員同じテントなので、4人ともいる。


「どうしました?」

 顔見知りでラジオにも出てもらったことが何度かあるので、夜中だと言って警戒するようなこともない。


「これ、どうしようかと思って……」

 エリザベスさんは、薬草や魔石、魔道具を大樽に入れて持ってきていた。学生や職員たちが、「食事のお礼に」と持ってきたものだろう。

「貰っていいんじゃないですか? 運びましょうか?」

「いや、そうじゃなくて……。一応、私は食堂の料理人だから、学校からは学生の食事の世話を頼まれているんだ。だから、別に野外研修だからといって貰わなくてもいいんじゃないかと思ってね」

「あぁ、正当な評価で貰ったものだと思いますけど……」

「気持ちは嬉しいんだけど、よくわからないものが多くて」

「ああ、なるほど。それは確かに……」

 ミストが納得していた。学生にはわかるが、職員には価値がわからないものがある。

「価値を教えますよ」

「いや、そうじゃなくて食材に換えられない?」

「ああ、そうですよね。そのために通貨ってあるんだなぁ……」

 通貨に変換することで市場にも乗る。市場に乗れば、食材も買えて、経済に繋がっていくのか。


「これ、通貨というか銀貨に換えなくてもいいってことですよね?」

「ああ、ほしいのは食材だからね。いつもみたいにワイバーンでも狩ってくれれば丸ごと渡すよ」

「でも、俺からするとそんな作業は大したことじゃないから、貰えないよ」

「地域の村からすれば、ものすごいありがたいことなんじゃないの?」

 ウインクも話に加わった。


「個人によって価値って変動するんだよな。で、自分がたいしたことないと思っているけど、周囲にとっては価値が高いことが、その人に向いた職業ってことなんじゃないか?」

 グイルが本質的なことを言ってきた。

「エリザベスさん、悪いんですけど、ラジオに付き合ってもらっていいですか?」

「いいけど……。明日、サンドイッチしか作らないよ」

「構いません。というか、たぶん、もう仕込みは終わっているでしょ?」

「まぁね。どうせ明日か明後日には学校に帰るから、休もうかと思ってさ」

「ミスト、アンテナ、いける?」

 風が吹いていると風船が揺れてしまうことがある。


「大丈夫だよ。放送する?」

「うん」

 俺は緊急でラジオを放送し始めた。

「緊急で放送をしております」

 初めにグイルに人それぞれ価値観は違うという話をして、それは尊重したいんだけど、今回の野外研修で困ったことになった人が現れたということで、エリザベスさんに登場してもらった。



「私は、ラジオ局にどうにか食材に変換する方法はないか聞きに来たら、ラジオに出てるだけなのよ」

「でも、俺とかリュージとかからすればワイバーンを狩るって、日常的にやっていたようなことだし、大したことでもないわけ。だから、価値としてはエリザベスさんが作る夜食のサンドイッチのほうが高いんだよね。でも、これは竜の社会の話で人間の社会とは違うだろ?」

「その通り。まぁ、竜の社会はどうなってんだというツッコミは置いといて、価値観の差異はあっても社会の共通取引ツールとして銀貨や金貨があるんだよな」

「それなんだけど……、今、私たちが野外研修コインを作るとするよね? もちろん、数字上のものがあるだけ。誰でも偽造できるとするなら、どうなっちゃうの?」

 ウインクがそう聞くと、エリザベスさんも身を乗り出して聞いていた。

「誰かが偽造した時点で、価値は暴落するんじゃない? というか、たぶん、あらゆる国の通貨って、そういう信用でできているんだよね? ほとんど金貨や銀貨だけどさ」

「誰が使っていて、どこで作っているかどうかってこと?」

「そう。だから世界経済会議が開かれて、その国の信用とか利用率とかを考えて、1年で製造できる金貨や銀貨、銅貨も含めて決めてるんだと思うよ」

「なるほど! めちゃくちゃ重要な会議をやっていたんだな!」

「そうよ。私たちが蓄魔器の会社ごと魔族領に売ったから、魔族領の世界的信用度を上げざるを得なかったんじゃないかと思うの」

「そういうことだったのか! つまり俺たちって、蓄魔器っていう魔力を溜めておく装置を作ったと同時に、魔力の信用を作ったってこと?」

「そう。今までは魔石自体の価値しか測れなかったけど、今は魔力そのものにも価値が生まれてるんじゃない?」

「ミスト、頭良すぎてヤバいね!」

「でも、そうすると魔法使いたちの価値が測定できるようになっちゃうんじゃない?」

 エリザベスさんが俺たちに聞いた。


「確かに……。でも、魔法使いって知識のほうが重要な場面が多いんですよ。魔法の構造を解析した人のほうが歴史上に名を残しているし」

「じゃあ、魔法の知識そのものを測定するような試験もあったほうがいいのかしら?」

「ああ、そうなるかも知れませんね」

「逆に魔力がない人間は、無価値ってことか?」

 グイルは「商人たちはほとんど魔力を使ってこなかったぞ」と言った。


「ああ、それはたぶんないね。格差に厳しいカンパニーがあるから」

「あ、そうか」

「ちなみに社長の息子としては何をすると思う?」

 エリザベスさんが直球で聞いてきた。


「塔でもそうだったように、魔力が使える場面と、魔力が少ない方が良い場面が出てくると思うんですよ。特に、魔道具を作るときなんかは魔力がない方が事故は起きにくいですね。後は、ダンジョン探索とかでも、魔力で起動する罠とかが多ければ、やはり魔力よりも探索能力が高いほうがいいですし、なんの仕事をするかによるんですよ」

「しかも、今後は新しい職業も出てくるんでしょ?」

「そうですね。野外研修でも低空飛行の空飛ぶ箒が開発されましたけど、配達業は変わりますよね」

「あと、ウッドドールで一気に歴史の証言が変わるんじゃないかしら?」

 ミストが言うようにウッドドールという魔道具によって土地の霊魂を呼び出せるので、歴史は修正され、さらにこの先50年、死霊術師は食いっぱぐれないと思う。


「学生はすごい。まさに歴史の上に立っている気分になれる……」

 エリザベスさんは嬉しそうに話し始めた。


「この学校で働いていると、他では絶対にできない経験ができる。それが私の報酬かも知れないね。考えてもご覧よ。人類の勇者が、私の料理を食べていたんだよ」

 人類の勇者ことセーラさんは、この学校の出身者でエリザベスさんはその頃から料理長だった。

「この樽いっぱいに理由のわからないものがあるけど、一つ一つが思い出なのかも知れない。そう思うと、全然手放せなくなっちゃうんだけどね」

「そうですよ。とりあえず、今年の勇者選抜大会が終わるまでは、持っていていいかも知れませんよ。誰がなるかわかりませんけど、この学校からまたしても勇者が輩出されるかもしれませんから」

 グイルは勇者を狙っているのかもしれない。


「期待しているよ」

 エリザベスさんはなぜか俺を見てきた。

「俺は冒険者じゃないんで参加できないんですよ」

「いや、勇者選抜大会には参加できるだろ?」

「そうなの? でも……、勇者はちょっと……。大変なの知っているんで。だって南半球で勇者たちの国を再建国したりしているんだよ。無理じゃない?」

「スケールはデカいよな」

「でも、在学中はそんな事なかったんだけどね。パーティーメンバーたちも」

「あ、どんな感じだったんですか?」

「これは私から見た学生セーラの話でしかないけど……」


 エリザベスさんが学生時代のセーラさんは確かに狩りの腕前は初めから一流で、学業はそれほど目立っていなかったと話してくれた。


「あとは、だいたいナオキ・コムロの話ばかりしていたし、ニュースが時々入ってくるんだけど、どれもその頃は信じられてなかったからね。いや、だからね。ラジオ局はすごいことをやっているよ。蓄魔器を作っても、こんなにすぐ広がらなかったと思うし、技術開発だって秘密にしないで、全部公開しているでしょ?」

「秘密にしたほうがいいですか?」

「いや、そうじゃなくて普通、真似されると儲けが減るから公開しないんだよ。でも、そんなことないだろ?」

「儲けるためじゃなくて、人の生活が変わったり便利になる方が価値が高いと思っているんですよ」

「ラジオショップを広げたいとかは思わないのかい? 支店を持つとか」

「今のところないですね。変なものを流行らせたいとは思うんですけど。去年、健康食品とか睡眠グッズを売ったんですけど、ああいうものをこれからもどんどん売っていきたいんですよ」

「栄養のために食べるんだけど、健康のために食べるって目から鱗だったわ。あれ、回復食とかでもいいんじゃない?」

「薬草、入れるんですか?」

「そうそう。独特の匂いがするものが多いんだけど、ゆっくり回復する薬草もあるでしょ。ちょっと匂いとかも変わるし、育てやすい地方もあるからそれを入れるのもいいと思うのよね。あと、年取ると、なんだか知らないけど疲れるしさ。疲れが残らない食事みたいなものは作っていきたいよね」

「えー、それラジオ局が出資しますよ」

「食材を採ってきてほしいけど、出資はしなくていいわ。コウジくんとアグリッパくんは後期の授業料の奨学金を作っているでしょ?」

「ああ、あれは毎年流れでそうなっているだけで、たまたまです」

「たまたまで出せる額じゃないのよ。だから、食堂のおばちゃんとしてはそれだけが気がかり。というか、たぶん職員もラジオ局がある通りの人もそれを結構気にしていると思うよ」

「そうなんですか。ん~、でも確かにお金を使い始めたのは、この学校に来てからだから資本主義の初心者なんですよね」

「同じラジオ局員でルームメイトとしては、その辺りどう思っているの?」

「気づかない内に使ってやろうとは思ってましたよ。でも、すぐ、ああ、そういうレベルじゃないなってこっちが気付いたって感じです」

 グイルが正直に話していた。

「夏休み明けに壺みたいな財布袋を出して、これ何? って聞いたら金貨っていうんですよ。わけがわからなかったですよ」

 ウインクも一年目は混乱していたらしい。

「言葉の端々でおかしなことは言っていたんですよ。で、嘘をついているようには見えなくてなんか言っていないことあるんだろうとは思っていたんですけど、まさかコムロカンパニー社長の息子って言われて、実在するのかどうかもわからなかったですよ」

「体育祭でビンタ張られましたからね」

「それ、見たわ。で、お金の管理はどうしているの?」

「然るべき場所に預けてありますけど、普通に使うつもりですよ」

「おばちゃんにもわかるように普通を教えなさいよ」

「えっと、例えば、今回の野外研修で赤字が出たとか開発費が足りないとかがあれば全部出すつもりです」

「本当に?」

「一応、半分は学校に申請を出すつもりですけど、半分はラジオ局の企画なので、それは皆もそうじゃない?」

 ラジオ局4人とも現在お金はある。


「うん。まぁ、どうせラジオショップで売れるだろうから、マージンが取れるので出資すると言うか、融資して儲かったらちゃんと返してもらうつもりですよ」

「そう。王都の通りに店舗を構えているって、やっぱり強いです」

「そうなのよ! で、何を売ってもいいわけでしょ? 宣伝もラジオでしていて、技術も何でも公開しているから、信用もある。すごい商売をしているわ。それって皆で考えてやってるの?」

「いや、局長の思いつきが八割です」

「ほらぁ。なんかグイルくん、どうにかならないの?」

「大人たちとしては資産として貯めておけって話ですよね?」

「そう!」

「価値観の話でも出てきたけど、お金って社会の中で回っていくものじゃないですか。使うことが悪いことじゃないけど、将来どうなるかわからないから、土地とか建物とかあんまり動かないものを買っておく方法がありますよね。例えば、見つけたあの塔とかもそうですけどね。でも、考えてみてくださいよ。コウジは駅伝をやってるんですよ」

「あ……」

「コウジの親父さんは邪神出てきても対応しちゃうんですよ。だから、たぶん、コウジの場合はどうなってもどうにでもなっちゃうんですよ。少なくとも俺たちは友達でいるし、勇者になろうが魔王になろうが、そんな変わらないと思うんで」

「たとえ死んだとしても私がウッドドールに入れてラジオをやらせると思うんですよね」

「あぁ……、なるほど……」

「私もエリザベスさんみたいに考えたことはありますよ。でも、人にそれほど迷惑をかけなければ大丈夫というか、少なくとも今のところ、プラスになっているじゃないですか。これで、どこかの業界を困らせてやろうとか言うなら、別ですけどね」

 ウインクも説明していた。


「あんたたち、ちゃんと友達でい続けられるの?」

「コウジが一番面倒なことを引き受けていますからね」

「逆にコウジが一緒の部屋にいて無視できると思いますか?」

「距離を取ろうとしても絶対目に入りますから。この学校にいる限り無視はできませんし、この世界にいる限り噂は耳にしますからね」

「ああ、そうね……」

 納得してくれたらしい。俺は「え? そうなの?」と戸惑い続けていた。


 その後、エリザベスさんが持ってきた樽の中に入っているものを一つづつ鑑定して明け方にラジオを終えた。


エリザベスさんを送り、俺たちは自分のテントに戻る。すでに皆、移動を開始しているが、後から追いかけることにした。別にいつ帰ってもいい。


「なぁ」

 俺は消えた魔石灯を見上げながら、寝床の中から3人に声をかけた。

「「「ん?」」」

「金貨とか銀貨って数字が出るから説得力があるだけで、信用とか貢献度とかをスコアにできたら、別の経済って生まれるんじゃないの?」

「おぉ、そうかもな……」

「信用主義経済みたいなこと?」

「どう計るかにもよるけどね」

「社会的な約束として通貨があるなら、文化的貢献度とかの約束手形みたいなものを発行できたら面白いよな。闇の勇者のオエイさんなら版画の技術が高いから、そういう事ができるような……」

「眠れなくなるから止めてよ」

「確かに。この前読んだ本に、努力や時間をお金にするのか、それとも成果物をお金にするのかで随分違うって言う話が書いてあったぞ」

「コウジの場合はそういうんじゃないんじゃない?」

「そうだな。どうやったらお金を通さない回る市場ができるのかっていうのを考えているかな」

「物々交換に戻るのか? だいぶ昔だぞ」

「そこから考え始めるか……」


 まぶたが重くなっていって、俺たちは眠った。


 魔法使いには今までとは違う価値が生まれ、社会もきっと変わる。社会が変わればきっと文明も変わってしまう。

 俺が知りたかった人間の社会は、ずっと回りながら文明を発展させているのかも知れない。竜の社会とは大違いだ。


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「たとえ死んだとしても私がウッドドールに入れてラジオをやらせると思うんですよね」 死後もこき使われるの!? 安息の日は来ない…笑
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