『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』44話「出来るかどうかを考えるんじゃなくて、どうしたら出来るのか」
「魔道具を使った多人数戦だろう? 俺が一番得意な奴じゃないか?」
軍の演習場でドーゴエがゴーレムたちと準備をしていた。兵士たちはすでに準備ができているらしいが、俺はそもそも対人戦の準備がどんなものかを知らない。
「いいなぁ。ドーゴエさんは。魔物と変わらないですか?」
「コウジは、あれだ。殺さないようにしろ」
「ああ、そうか。じゃあ、捕縛重視ってことでいいですかね?」
「うん。自分と同じ大きさの魔物を掴まえる感覚でいいんじゃないか」
「別に兵士の方たちが魔道具を使う練習であって俺たちは何をしてもいいんですよね?」
「もちろん、いいぞ。アイテムを使うのか?」
「ええ、マジコさんが護身用に用意してくれたのがあったので」
学生たちが校舎の入り口に不審者対策として、いろんなアイテムを置いておいてくれているが、特にマジコの用意したアイテムが話題になっていた。昔からアイテムの使い方が上手かったが、総合学院に来ていろんな授業を受けた結果、磨きがかかっている。
プーッ!
開始の合図が鳴った。
兵士たちが空飛ぶ箒で飛んでいくのを俺とドーゴエ、ゴーレムたちは森の茂みから見ていた。
「ゴーレムたちは装甲が固いから、真正面から向かわせる。そのまま乱戦に持ち込むから、コウジは……」
「わかりました。後ろの補給部隊から捕縛していきます」
「頼む」
俺はドーゴエとゴーレムたちに拳を当ててから、演習場で潜伏できるところに走った。
おそらく空を飛んでいる兵士たちは物見だろう。こちらを捕捉できていないことを明かしているようなものだ。
俺は藪から飛び出して、補給部隊に向けてアラクネの糸玉を投げつけた。
「へ?」
背後からの攻撃に対応できていない補給部隊をそのまま縛り、補給物資を物色。魔道具を使った演習なので、魔石や杖などが多い。
「魔法使いが多いんですか?」
「む……」
「敵に自分たちの物資を喋っちゃだめですよ。でも、沈黙で覚られることもあります」
「後ろだ!」
補給部隊の一人が、叫んだ。
「助かります」
閃光音玉に火を点けて、その場からゆっくり脱出。振り向いた地上部隊がこちらに向けて、走ってきた。補給物資に向けた攻撃が当たるのを避けるため、こちらには魔法を放ってこない。結果、こちらに兵士たちが集中し俺を追いかけようとする。
キーン!
閃光が辺り一帯に広がり、爆音が響く。
地上部隊は地面に蹲った。
俺は兵士たちの腕を縛り、首筋にペンキを塗っていく。
空中部隊が気づいた頃に煙玉で周囲に煙幕を張った。
魔石と杖を担いで森の藪へと戻り、杖の効果を確認。ドーゴエたちがヒットアンドアウェイを繰り返している様子を見て、タイミングを見計らった。
ゴーレムたちが持つ魔道具の効果が切れそうなタイミングで、奪ってきた補給物資を届けた。
「これ、風魔法の暴風が出る杖なんで、俺を空まで飛ばしてもらっていいですか。空中部隊を落としてきます」
「了解」
ドーゴエは実力を知っているからか、躊躇なく俺を空へ吹き飛ばした。空飛ぶ箒を持つ兵士たちと目が合う。俺は防御魔法を展開し、蹴って方向転換。空を飛んでいる兵士に飛びついた。
箒が大きく揺れる。
「もっと魔力を込めないと落ちますよー」
咄嗟に兵士は箒を握った。その手を箒にテープで巻きつけてしまう。
「おい!」
「空中で戦い慣れていないのが見え見えです。大人しく地上で戦うといいと思います」
箒に魔力を込めないといけないと思わせた時点で、他の行動が遅れるので勝負はついている。
俺は箒から跳び上がり、別の兵士に飛びついた。その間にも、ゴーレムたちが火の玉や水の矢をどんどん放ってくる。
俺は魔力の壁で受けているが、兵士たちには効いていた。濡れた兵士に向けて、洞窟スライムの粘着粉を塗りかける。
「なんだ、これ!?」
「温泉に行かないと取れないんで急いだ方がいいです。鎧と背中がくっつきますよ」
青ざめた兵士が空から逃げ出した。
煙が晴れると補給部隊がよく見えた。すでに戦闘不能で、首筋にはペンキが塗られている。
訓練兵の部隊は白旗を振って降参した。
ブーッ!
終了の合図が鳴った。
「補給の訓練なのに、初めに補給部隊を潰されたら訓練にならんだろう! せっかく防御魔法の傘も持ってきたというのに」
アグリッパの爺さんが吠えるように怒っていた。
「ルールを守る敵がどこにいるんですか!? そんなものは訓練でもなんでもない。確認作業でやってください!」
ドーゴエも言い返していた。
「んん……。確かに一理ある。コムロの倅はどう思った?」
「おそらく、こういう魔道具の武器が戦争の脅威になるようなことはほとんどないです。俺はほぼ魔力を使っていないので。ただ、潜伏した敵兵が、街中で広域兵器を使った場合は止めにくいと思いますね」
「テロリズムか?」
「そうです。門兵は厳しく通行人を見ないと、組み立て式の魔道具ならあっさり持ち込めますから」
「蓄魔器による戦力の補充は、あまり意味がないということか?」
「蓄魔器を使わなくても、強い人は各地にいますから。蓄魔器を使わないといけない人たちの戦力は上がると思うんですけど、持久戦に持ち込まないと使う機会もないんじゃないですか」
「交代制で戦うつもりで、補給部隊を準備させていたんだが……」
「だとしたら、部隊を分けた方がいいかもしれません。やりたい放題だったので。味方がやられたらすぐに助けなきゃという心理の隙が、大きく戦況を分けます。奇襲を受けたら、まずは距離を取って態勢を立て直すことから始めてはいかがです」
「それが基本だな。学生の方が戦術の理解度が高いのが問題だな。兵舎に戻って座学を進めるぞ!」
アグリッパの爺さんは、俺たちが奪った給物資を回収して兵舎へと戻った。訓練の参加費用は、冒険者ギルドを通して渡された。金貨一枚。ひと月分の給料くらいにはなる。
「いいバイト代になるだろ?」
「そうですね」
「俺はまたゲンローに文句言われながら、ゴーレムの装甲を変えないとな」
ゴーレムたちに傷はないが、ドーゴエには一体一体の動きが本当に見えているのだろう。俺には微調整を繰り返しながら、どんどん強くなっていくように見えた。
「で、どうするんだ?」
総合学院に帰りながらドーゴエが聞いてきた。
「どうするって、何をです?」
「蓄魔器だよ。ベルベ校長が各国からの編入生を今年はもう受け入れないと発表した。アリスポートの宿には、商人含め各国の軍関係者が滞在していると聞いた。実際、ラジオショップの周りにも変な奴が増えただろ?」
ジルとグイルから、不審者の目撃情報は聞いていた。
「全部、蓄魔器が原因だと?」
「お前たちがラジオに戻ってきてからだ。ある程度、蓄魔器の生産は決まったということなんじゃないのか?」
「いや、決まったんですけどね。どこにどう売ればいいのか全く見えてこなくて……。やっぱり戦争に使われると思いますか?」
「そりゃ使うだろ。資源がない国は特に注目しているんじゃないか?」
「そういう国にこそ魔道具が必要で蓄魔器も生活で利用した方がいいと思うんですけど……。このままだと少ないロット数で販売するしかなくなるんですよ」
蓄魔器の部品についてはアーリム先生が指導の下、学生たちで作れる体制が整えられた。アリスフェイ王国の偉い人からの依頼だそうだ。中身のゼリーについては、レビィとマフシュが量産できると確約してくれた。二人には一生食べて行けるだけの収入は入ってくるはずだ。
「なんか上手い方法ないですかね」
「それが文化祭だろ?」
「実際のところ、どこまで文化祭って広げていいと思います?」
「いや、実際のところ、もう国の事業レベルだぜ。コムロカンパニーも魔族も関わってるわけだろ? 竜の駅はどうやっても事業所として関わることになるしかなくなってるんだから、総合学院という枠で考えない方がいいのかもしれん」
「ああ、それならいくつか候補があります。販売じゃなくて興行にすればいいんですよね」
「いやいや、興行をするのか? いくつもの国の代表が入ってくるってことになるぞ」
「ええ。今年はパレードもあったし、出来るんじゃないですか」
「あのな。あれはお前のお袋さんたちがプロなだけで、本来は人類の勇者を決める大会くらいしかないんだぞ。それだって全世界の冒険者ギルドが全面協力しているんだから」
「でも、蓄魔器は各国にとって重要なんですよね。平和も重要じゃないですか?」
「もちろん、そうだぞ。いったいお前は何をしようとしているんだ?」
「だって、必要がない人たちに売ったってしょうがないじゃないですか」
「だから、何をするんだよ!?」
俺は学校に着くまでドーゴエには言わなかった。どこで誰が聞き耳を立てているかわからない。
朝のラジオが終わり、学生たちが授業へと向かう中、俺はラジオ局員とドーゴエに『レベルの制限を設けた駅伝』をやりたいと計画を話した。
「なにそれ、どういうこと?」
「それによって蓄魔器の売る量を決めるってこと?」
ミストはすぐに趣旨を理解していた。
「その通り。もちろん俺たちは平和利用を目的に売るわけだから、それを確認するためでもある」
「国力も測れるってことか」
グイルも理解できたようだ。
「しかも俺たちだけじゃなくて、各国が見えるようにしたい。汚い手を使う者たちなのかとか手段を択ばない者たちなのかは、各国の代表が判断すればいいし、防衛に力を入れるのか教育に力を入れるのかは、王が決めることだ。我々はあくまでも蓄魔器を開発した販売業者としての立ち位置を守ろうよ」
「レベルの制限を設けたのは、勇者やコムロカンパニーみたいな人がいるから?」
ウインクも理解したようだ。
「そおいうこと。そもそも、レベルが高い人たちに蓄魔器なんていらないだろ?」
「そうね」
「で、文化祭では蓄魔器のお披露目をして、新年が開けてから駅伝をやるのがいいんじゃないかと思う。アリスフェイにいくつか竜の駅があるから、駅から駅まで走って交代制にする」
「数日がかりだな」
「そう。4人一組とかにすると、それぞれの役割ができて面白くなるんじゃないかと思うんだ」
「実況すればラジオの企画としても面白いと思う」
「だろ? だから、その選手たちに蓄魔器を持ち帰って貰えば、俺たちが輸送費を負担することがないし、選手たちの地位も祖国で上がるだろ」
「たぶん、冒険者と行商人たちになるからな。企画としては面白い。でも、いくらかかるんだよ」
「わからないけど道を通行止めにすることはないよ」
「通行人への対応も見るってことだろ?」
「途中、立ち寄る村とかでも全部、実況しようよ」
「初年度は、蓄魔器の量を絞ってやった方がいいんじゃない?」
「そうかもしれない」
「ちょっと待て! そんなこと、本当に出来ると思ってるのか!?」
ドーゴエが大声を上げた。
「出来るかどうかを考えるんじゃなくて、どうしたらできるのかを考えるんですよ。おそらくコウジはセーラさんに連絡をするでしょ?」
「そうなるか……」
「今年はアリスフェイでやるけど、来年はルージニア連合国でやってもいいってことだろ? 文化祭の枠ではやれないから、新年が開けたらやるってことなんだよな?」
「そういうこと」
「お前ら、それいろんな所への許可取りと信じられない金が必要になってくるぜ」
「ええ。でも、とりあえず俺が稼いだ金は全部、つっ込むつもりですよ」
「ラジオ局としても、蓄魔器で稼いだ売り上げをその駅伝にかけるのが正しいと思う。莫大な資産を持ってもあまり使いこなせないことは去年のコウジを見て重々わかっているつもりだ。それよりも金を落として、信用を得るってことだろ?」
グイルは本当に興業の意味を理解している。
「そうなんだよ。しかも、たぶん駅伝にすると企画だけでなく、選手たちにもスポンサーが付くと思うんだよね。国が選手を選出するとは思うんだけど、ラジオで放送するわけだからさ」
「ああ、それいいね! レベルが高くなくても荷運びが上手い選手とかがスターになれるチャンスってことでしょ!」
「本当にやるつもりなんだな?」
まだドーゴエには現実味がないらしい。
「本当にやるつもりですよ」
「各地の領主にはどう説明するんだ? いろんな国から来た通行人が通るっていうのか?」
「そうです。山賊とかに選手が襲われたら、その領地の名折れじゃないですか」
「そうだけど……」
「勇者たちにも運営側に回ってもらいましょうよ。だいたい蓄魔器を持ち帰る時に盗まれるかもしれませんし……」
リーンゴーン!
「やべぇ、授業だ。後で、計画を詰めよう」
「ええ。少なくとも死者の国は絶対に参加すると思う」
「選手たちに蓄魔器を持って行ってもらって、魔力を絶やしてはいけないってルールはどう?」
「いいね!」
「お前たちって本当にいかれてるんだな……」
ドン引きしているドーゴエを置いて、俺たちは授業へと向かった。
放課後、企画書と共にセーラさんへ通信袋を使って連絡をした。実は通信袋は空間魔法のため、袋に入れられるような企画書程度なら南半球でも送れる裏技がある。魔力はとんでもなくかかるけど。
『なにこれ? 駅伝!? アリスフェイで!?』
「そうなんですよ。それで蓄魔器の各国への販売数を決めようかと思ってるんですけど……」
『へぇ。面白いし、コムロ家らしいね。レベルは制限するのね?』
「ええ。レベルが高い人たちに蓄魔器は必要ないじゃないですか」
『確かにそうだね』
「レベルは50を超えたら、失格になるということにしようかと思っていて」
『アリスフェイも結構、魔物が多いからレベル40の冒険者が一人いると安心かも。新年にやるの?』
「そのつもりなんですけど、あと3ヶ月くらいで準備できますかね?」
『冒険者は出来るけど、商売に関することだから行商人も一人は付けるってルールも追加してもいいかもよ』
「なるほど、そうします!」
『交代するとして、駅伝って往復でしょ?』
「はい」
『少なくとも、12人は必要ってことね。あとはコーチ陣とかサポートメンバーも必要で、全員招集するとなると結構お金がかかるわよ』
「そうなんですよ。それで勇者連合の時の報酬なんですけど……?」
まだ報酬の半分貰っていない。
『ああ、わかりました。協力させていただきますので、ちょっと減額の方をお願いできますか?』
急に事務的な声になってセーラさんが協力してくれることになった。
「よろしくお願いいたします」
続いて、ボウさんにも連絡を取っておく。
『おう。どうした? 駅伝!? ナオキ、駅伝って何か知ってるか?』
親父と一緒にいるらしい。
「昔、親父がスポーツの話をしていた時に、走ってタスキを渡していくっていうのがあったんですよ」
『ああ、よく覚えてるな。俺は話したことも忘れていたよ』
親父とボウさんに新年にやる駅伝の話を説明した。
『ニューイヤー駅伝か。四人一組で竜の駅ごとに交代していくのは、冒険者らしくていいんじゃないか。レベルの上限があるなら、強い魔物の生息地を回るように、スタンプとかも作った方がいいかもしれない。どうせ魔族は飛ぶんだから有利になるから、ある程度ルールを追加した方がいいぞ』
「あ、行商人を一人は付けることって、セーラさんと決めたんだ」
『ああ、行商人が一人いるならいいかもしれないな。セーラも協力してくれるのか』
「この前の勇者連合の報酬の減額で手を打ったよ」
『それはよかったな。あとは、アリスフェイの王様への許可取りと、各地の領主への挨拶だな』
「国王って会えるの?」
『会えはしないんじゃないか。ベルベ校長に話を持って行って、説得してもらいな。あの人、一応近くの領主だから』
「わかった。ありがとう」
『おう。コムロカンパニーの連中にも言っておくよ。たぶん、協力してくれるはずだ。イベントごとは好きだからな』
『魔族領は、参加するからな。フハ』
「ありがとうございます!」
俺は通信袋を切り、企画書を持って校長室へと向かう。一応、ミストとウインクも付いてきてくれた。グイルはダメだった時のために、生放送をスタンバイする。
アリスポートの市民及びアリスフェイの国民に問うつもりだ。
コンコン。
「はい。どうぞ」
校長室を開けると、豪華な棚に薬や薬草の瓶が大量に置かれていた。本も大量にあるが、ベルベ先生本人の本は箱の中に積んであった。
「コウジくんか。蓄魔器量産の件かな?」
「そうです。どうやっても各国に売り込もうとしたら公平性が保てないし、必要なところにも行渡らないんじゃないかと思って、こんな企画を考えてみました」
「おう、そうか。それはありがたいな。どれどれ……。駅伝!?」
ベルベ先生は、「なるほど……」と言いながら、企画書を読んでくれた。
「おそらく国王も許可を出すと思うが、正月は避けてほしい。祭事があるからだ。新年二日目からなら大丈夫だと思う。他国の状況も鑑みて、なるべく早めに参加人数を確定させてほしい。また、各地の領主にも通達すると思うが、参加者たちの警護は必要ないということかな?」
「それも含めて、レベルを50までとさせていただきました」
「なるほど。ただ、たぶん山賊に関しては一斉に検挙が入ると思う。ラジオで各地にも知らせてほしい」
「わかりました」
「優勝した国にはなるべく多くの蓄魔器を輸出するが、それだけではなく駅伝をしている最中の振る舞いや蓄魔器の平和利用についての理解度も含まれるということだね?」
「そういうことです……」
「大丈夫。この企画なら通すよ。周辺国からも圧力がかかっているからね」
「一応、駅伝の公平性を考えて、竜の駅までの道のりについては直前に決め、スタンプ等で通った証明をするつもりです」
「なるほど、ショートカット対策か。いいと思う。文化祭では試作品も売らないのかい?」
「各国の選手たちにどうやって使うかの説明だけはしようと思ってます」
「それがいいと思う。パレードの時、王都ばかりが儲かって随分各地の領主たちから反感を買ったんだ。これはラジオの実況もあるのだろう?」
「あります」
「なるべく地方の文化や歴史、風景なども一緒に伝えてくれると嬉しい」
「わかりました」
「蓄魔器に関しては今いる学生たちの全面協力が必要になってくると思う。説明を尽くして重々感謝しておくように」
「はい。ありがとうございます」
ラジオ局の企画というよりも総合学院全体の企画になってしまった。
重圧で胃に穴が空きそうだ。




