『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』31話「大森林のラジオ局」
ウインクがエルフの国にやってきた翌日からラジオ放送を開始。音楽が流れると風の妖精たちも踊っているらしい。俺たちには見えないのだけれど。
「ラジオがまた故障したって」
「行きます」
大きいラジオは出来たものの各里に置いてみると、よく故障するらしい。風の妖精の影響からか、よく音が歪むという声も聞く。
「大きい魔法を誰か使ってませんか?」
「いや、うちの里ではそんなに魔法を使える者はいないはずなんだけどね……」
大森林の西側は世界樹があった場所なので、枯れた根が時々見つかることがあるらしい。それが魔力の溜まり場となって魔力の波を妨害しているかもしれないと噂が出ていた。
「地面の中までは影響しないと思うし、むしろ風の精霊の近くにいるとラジオは聞こえやすいはずなんですけどね。逆に吸魔剤とか魔力を吸収する効果のある多肉植物を育てていませんか。窓辺とかに置いておくと、歪んだりしますから」
「あ、本当だ。あるわ」
魔法を使うエルフたちは、魔法が暴走してしまった時のために吸魔剤などを常備している。地下の倉庫に移すと、音楽がきれいに聞こえるようになった。
「ああ、よかった」
夏フェスのチラシは配ってラジオを整備して森のラジオ局へと帰る。精霊の里は総出で各地へ、フェスティバルのやり方や意味などを教えに行っている。
南にあるダークエルフの国・ウェイストランドでは、元風の勇者・ブロウさんと種苗屋のレヴンさんが精霊使いたちと共に、各地を回っていた。
「祭りを一斉に始められるところがいいよな。ラジオのお陰で国中に一体感が生まれるんじゃないかと思ってるんだ」
レヴンさんは現時点で最もフェスティバルを楽しんでいる一人だ。ダークエルフたちは草原で放牧をしながら暮らしている者も多いが、集まる機会が出来るのは他の一族とも交流できるので楽しみにしてくれているらしい。
しかも結構ラジオを聞いてくれているようだ。大陸の東にある小人族の国・シャングリラでは港が多く、船員たちは火の国のラジオリスナーもいたため在庫があったらしい。
『運送業にとってラジオは新商品の情報も得られるから、聞く奴は多いらしい』
と、セスさんは話していた。
「おつかれー」
ラジオ局内ではウインクが精霊の里の長とウタさんに話を聞きながら、ウッドエルフについて放送していた。
昼のラジオってこういうことだよな。古い文化や新しい文化をどんどん紹介していきながら、各地の情報を発信していく。ゲンローがいないからダイトキがリアクターをやっていた。
「……仕事のお供、ウインク放送局でしたー。また明日ー、ばーい!」
ウインクが番組を締めて、音楽を流す。本当に、いろんな音楽を収集しておいてよかった。番組数も少ないので音楽をループして放送していくしかないが、録音機のお陰でウェイストランドの民謡なんかも収集できたので、今のところ毎日別の音楽を放送できそうだ。
「おつかれ。植物学からの連絡はあった?」
「夕方、『月下霊蘭』の咲き具合については報告があるらしい。そのまま放送しよう」
「了解。エルフの局員も募集した方がいいんじゃない?」
「そうなんだけど、魔力の波について知っているエルフじゃないと難しいかもしれない」
「風の魔法使いってこと?」
「魔力の波にも小波みたいなのとか高波みたいなのがあるらしいんだ。で、ラジオで使っている波と通信袋で使ってる波が似ているんじゃないかってアーリム先生が言ってたんだよ」
「本当でござるか?」
ダイトキも聞いてきた。
「実際、アーリム先生もわからないから親父に聞くのが一番だって言ってて、旅行中に聞くのを忘れてたんですよね」
「今、聞いてみれば?」
「出るかなぁ」
コムロカンパニーはいつでも忙しいのであまり連絡はしたくない。面倒ごとに巻き込まれる可能性もある。ただ、精霊の里のエルフたちからも期待した視線を感じるので、とりあえず通信袋で親父を呼び出してみた。
『おう。どうした?』
「コウジです。ラジオの魔力の波と、通信袋の魔力の波って似てるんじゃないかって本当?」
『誰が言ってた? そんなことないぞ。そもそも通信袋は空間魔法だからラジオとは別なんだ』
「アーリム先生が言ってたんだよ」
『ああ、あいつ天才すぎるんだよ。こっちの世界じゃ、まだ電波利権は発生しないはずだ。でも国によって、波長を変えてもいいかもしれないな。その辺はコウジのセンスだ。今後はいろんな会社やお金が絡んでくると思うけど、一つの企業に偏らせないようにな。思想も発信できてしまうってことを忘れないように。その土地の法律とかは守った方がいいぞ』
「うん、わかった」
電波利権がどういうものかは知らないが、親父がいた前の世界にはあったのか。今度詳しく聞いてみよう。
『それから、『月下霊蘭』が咲く前に竜たちが訪ねてくると思うから、アンテナの取り付け方を教えてやってくれ。たぶん竜の学校の時の同級生だから』
「駅に付けるの?」
『そうそう。頼むな』
「はいー」
『はい、それじゃあ』
通信袋を切った。
「……だそうだ」
「結局アーリム先生が天才だってことしかわからなかったけど、別にラジオの波については気にしなくていいのね」
「そうみたいだ」
「ラジオ局員の募集をするなら、この里にエルフが集まってくるということか?」
里の長が聞いてきた。
「なるべくいろんな里のエルフたちが来るといいみたいです。ダークエルフも呼んでみてはどうです?」
「ダークエルフかぁ……。いや、会ってみたい」
会ったことがないのか。誰もが自分の故郷から旅立つわけではない。精霊の里の長は過去10年の間に何度か変わっていて、一番里のことがわかっている今の長に決定したらしい。
「里の長を引退したら行ってみようと思ってたんだが、こういうこともあるのだなぁ」
ということで、エルフの国とウェイストランドの両方で、ラジオ局員を募集することになった。
「早速、演奏の里から出演させてほしいって連絡が来てたよ」
「あ、本当。演奏の里ばかりになってもいけないから、いろんなエルフたちを出そうね。せっかくだから今まで各地でやっていた『月下霊蘭』への対応とかも伝えられていくといいんだけど」
「あ、そうね。バランス見ないとね。学術系とかもあったらいいんだけど」
「裏フェスなんだけど、これで行くことにしたから」
ウタさんが紙を見せてきた。
「不同意奴隷契約違反? これで本陣に乗り込むってことですか」
「そういうこと。エルフの国の法に従い、ちゃんと過去も含めてすべて裁いてもらいましょう」
ウタさんは容赦しない。エルフの国の発展や文化の継承がそれによって滞っているなら戦うつもりでいるらしい。
「でも、大丈夫なのでござるか、ウタさんは。口封じのために襲われたりしないのでござるか?」
ダイトキは、まだウタさんの実力がわかっていないのか。
「それはないんじゃないですかね。襲われたとしても……」
「確かに! 最近、襲われてないからなぁ。ちょっとコウジ、組み手に付き合ってよ」
「ええ? 嫌だなぁ。ダイトキさん、余計なこと言わないでくださいよ」
「いや、しかし、大事なことでござる。相手はドデカピタンの実を食しているのかもしれん」
「薬でどうにかなるような相手じゃないんですよ」
「ほら、さっさと来なさい」
俺はなぜかウタさんに引っ張られながら、外に出た。ダイトキとウインクは野次馬で付いてきた。
ラジオ局の扉を開ければ大木の木の上。ウタさんは手すりに手をかけた。
「一般人に迷惑をかけないこと。ね?」
「はい」
いつものルールを言って、ウタさんは前転宙返りをしながらポーンと飛び降りた。
「二人とも、ウタさんが一般客に被害を出さなかったか見ておいて」
ウインクとダイトキが頷いたのを見て、俺も同じように飛び降りた。
大樹の枝を蹴って落下速度を調節。魔力でロープを作り枝に引っかけて、誰もいない地面に着地する。ウタさんは足の裏に水魔法で水球を作って、着地する音まで消していた。
「ああ、そうすりゃいいのか」
「行くよ」
俺とウタさんの間を昼休憩のエルフたちが行き交っている。そんな中で迷惑をかけずに戦うなんてほとんど無理だと思う。
俺も子供の頃、ウタさんに言われた時はそう思っていた。
ウタさんが水のように溶けた。通行人の何人かは気づいたようだが、白昼夢とでも思ったのか目をこすっていた。水分身の術だ。俺も属性魔法を使えるようになったが、水魔法で自分と同じ形を作り出すような器用さはない。元々器用な方ではないからこの先も作れないんじゃないかと思う。
俺は目を閉じて、魔力の流れを追う。右方向からとんでもないスピードの魔法の槍が飛んできている。だとすればウタさんは左方向にいるのかな。槍がエルフたちに当たらないように手の甲で弾き、上へぶち上げる。視線も上を見て誘うと、左から強烈な蹴りが飛んできた。
待っていたので、ウタさんの足を掴んで、思い切り振り上げて地面に叩きつける。
パシャン。
地面には水が広がっただけ。おかしい。確実に足を掴んだはずなのに。いつ水分身を使ったんだろう。
「どうした? 兄さん」
通行人のエルフの爺さんに話しかけられた。
「水魔法を使えるようになったので、打ち水をしてみました」
「ああ、今年は格別に暑いよなぁ」
俺はにっこり笑って爺さんを見送る。
直後、真上から殺気が重くのしかかってきた。俺も通行人に紛れるように歩き始めた。
次の瞬間、俺がいた地面にはカピアラの棘が5本突き刺さっている。毒が塗っていないが、まさか武器まで使ってくるとは思わなかった。ただ、ここにあるものは使っていいということだ。
枯れ葉を拾って、真上幹に張り付いている大きな魔力に向けて風魔法を付与して投げる。
サクッ。
幹に枯れ葉が刺さった時には魔力は消えていた。残像ですか。
「本当に属性魔法なんて生意気なことできるようになったのね」
ウタさんの小声が聞こえてきた。俺だけに聞こえるように耳元で言う。ウタさんも通行人に紛れている。
周囲を見回したら、エルフの女性の肩から水魔法のナイフが飛んできた。咄嗟に掴んで対処したが、ウタさんは女性の肩に罠を設置したらしい。
「嘘だろ」
初めのナイフが飛んできたと思ったら、次々と通行人の腰や尻からも飛んでくる。
俺が防がなければ、後ろの人にナイフが飛ぶので、すべて弾き落さないといけない。
バババババッ。
「迷惑をかけちゃダメですよ」
必死に抵抗する声をあげたが、ウタさんは「納涼!」と金物屋の店先で団扇を配り始めていた。この一瞬でアルバイトを始めるつもりか。
ウタさんは団扇で通行人を扇ぎながら、霧を発生させていた。さらにそれを氷魔法で冷やしていたので、真夏にダイヤモンドダストのように輝いている。
「おおっ、涼しい!」
「ちょっと、ひんやりする!」
「気持ちがいいね!」
日陰でも暑いこの日には、迷惑ではなく効果的な涼み方だったようだ。
ただ、俺に関係はない。金物屋のスコップで団扇を仰いでいるウタさんの脳天を叩く。
「ひゃぁ!」
パシャン。
相変わらずの水分身。本人はどこか通行人に紛れている。
「「「ええっ!」」」
突然団扇を扇いでいたウタさんが消えたので通行人は驚いて立ち止まっていた。
「水の魔物にはご注意ください! 夏の怪談、ラジオでお待ちしてまーす!」
「ラジオの宣伝か!」
「いいぞー!」
「こぉら! うちの店先で何をやってる!」
金物屋の店主にバレたので、これにて組み手は終了か、と思ったら……。
「すまない! 誰か、うちの子を助けてくれ! 川で溺れて流されていっちまった!」
「なんだって!」
金物屋の箒に手が伸びた。
「行くよ!」
ウタさんが箒を持ったと確認する前に、俺の襟首は掴まれ空中に放り出されている。
「「「「おおっ!」」」」
通行人たちからどよめきが起こる。
俺は魔力でゴムの壁を出し、川の方へ向けてポーンと跳んだ。飛ぶよりも速い。
「ちょっとそれズルい!」
「ウタさんだって、空飛ぶ箒じゃないのに飛んでるじゃないですか!」
「私のは、歴とした浮遊魔法と風魔法よ!」
「そんな事よりもエルフの子どもです!」
森を抜けた先に大きな川があり、子どもが流されていた。あんまり遠くまで流されると先にある階段上の滝まで行ってしまうだろう。
「見えた! コウジ、箒を掴んで! すり抜けながら、掻っ攫うよ!」
「はい!」
俺はウタさんが操縦する箒を足で掴む。
ボッフッ!
子どもが溺れる川へ一直線で向かう。俺はふんわりと柔らかい魔力で身体に包む。
「わあっ……ぷふっ!」
一瞬、箒のスピードが落ちた瞬間、俺はエルフの子どもを川から引っこ抜くように掴み上げた。しっかり脇から手を入れてしっかり胴体を魔力で包み込む。
「掴んだ!」
「はいー」
ウタさんはそのまま森の中まで運んだ。エルフの少女は脛に打撲があるくらいで、それほど外傷はなし。落ち着けば呼吸も元に戻るだろう。
少女を抱えて里に戻ると、父親がすっ飛んできた。
「ありがとう! ありがとう!」
「いえ、礼には及びません。困ったときはお互い様です。水難事故にはお気をつけて。水遊びをするときは子どもを見ていてあげてください」
「気を付けて遊ぶんだよー。一応、医者に見せた方がいいかもしれません。意識はあるけど、水をたくさん飲んでるかもしれないので」
「わかった。本当にありがとう」
手を振って見送ると、エルフたちから拍手がわき起った。
「どうもどうも」
「どもー。組み手、やり直す?」
「いや、いいでしょ」
笑顔で手を振りながら「ラジオ聞いてください」と言っておいた。
「お腹すいたね」
屋台に行くと、肉団子や野菜スープなどただでくれた。
「子どもを助けたヒーローたちから金は取れないよ!」
「今日ばっかりは商店街のおごりにさせておくれ!」
「一番おいしいところを持って行って。私たちにはこれくらいしかできないから!」
屋台の店主たちは優しかった。
ラジオ局に昼飯の紙袋を持って帰ると、ウインクもダイトキも「そんなに食えない」と言っていた。
「組み手見てた? どっちが先に仕掛けていたかわかった?」
「わからん。ウタさんはなにがどうなって水になっているのでござる?」
「コウジも棘を平気で躱してなかった? はっきり言って、二人ともおかしいから襲われたところで、あんまりダメージを受けないでしょ?」
「いや、人間誰しも油断があるからね。一番初めの攻撃は反撃されて、背中をちゃんと打ったし」
「あれ。当たってたんですか?」
「酷くない?」
「二人にしか見えてませんよ! 私がメルモさんに付けてもらった修業は何だったんだ」
「確かに二人とも化け物染みていた。やはり女性だとかは全く関係ないのでござる。いや、失礼いたした」
大量の昼食を食べていたら、ドーゴエとガルポもやってきて一緒に食べた。
「思っていた以上にラジオの影響はすごいぞ」
「エルフたちがこんなに協力的なのも珍しい。実際、ウッドエルフの研究もそうだけど、知的な要素を入れたのが本当によかったんだよ」
薬学の里や植物学の里なども協力してくれているからか、精霊の里周辺の東部だけでなく、西部の世界樹跡周辺の各里も参加表明をしている他、南部のウェイストランドに接している衛兵の里なども協力的らしい。
「北部だけが戸惑っているようだが、演奏の里はラジオに出してほしいと言っていたな」
「それは手紙でも来ました」
「風の妖精たちも味方に付いたのがよかった」
「音楽は結構重要なのでござるな」
「行商人たちは皆立ち止まって聞いているぞ。あ、そうだ! 忘れるところだった。『月下霊蘭』の開花に向けて化粧道具がたくさん売られてるんだけど、古い化粧道具は使わないようにって」
「ああ、わかりました」
「結構、病気になるエルフもいるみたいだから、注意喚起しておいてって薬学の里で言われたよ」
「盛り上がってるからな。年寄りや未亡人たちも頑張ってるみたいだったな」
そういうセカンドチャンス的な夏フェスでもあるのか。
夕方、植物学研究所からエルフが来た。
「よろしくお願いします」
「はい。お願いします。ここに向かって喋ればいいんですか?」
「そうです」
「そろそろ『月下霊蘭』が咲きますか?」
「ええ。もうあと1週間くらいだと思います。時期的にもそうですけど、今年は暑いですから、西の海で雨雲が発達しているので、それが大森林まで来て雨が降るとすれば、その後一気に開花すると思います」
「なるほど。じゃあ、徐々に西側から開花していく感じですかね?」
「いや、『月下霊蘭』はどこにあっても咲くときは一斉に咲くんですよ。よほど強力な成長剤を使わない限りは、大森林中が甘い香りに包まれます。それが風で流れていくので、ウェイストランドのダークエルフたちも重々気を付けて対策をお願いします。でも夏フェスをやるんですよね?」
「そうです。本当に誰もが楽しめるように、対策をしっかりしていきましょう」
この日から開花までは毎日植物学の研究者たちが来てくれることになった。
カーン、カーン!
大森林では深夜にもかかわらず祭りの準備が始まり、まだ始まってもいないというのに泣いているエルフの娘や酒盛りをする家なども出てきたらしい。
事前準備は急ピッチで進み、精霊の里のエルフたちは各里に行き、精霊召喚のための儀式をしていた。演奏の里からもエルフが来てラジオ放送をした後、里の偉いエルフが、ウインクに大金を渡そうとしたり、学術系の里から出たエルフたちが故郷に帰ってきたり、と忙しそうだ。
そしてラジオ局がある精霊の里には、竜が集まっていた。




