『遥か彼方の声を聞きながら……、2年目』23話「魔法書に書かれていない魔法と不死者の囚われた常識」
農業大学の屋根にアンテナを付け終え、放送を開始。ゲンズブールさんの手紙がちょうど来たタイミングだった。魔族の国経由で素材を輸入したので、アペニールにラジオ局ができることはわかっていたらしい。
居場所を知られていないはずの俺宛に手紙が来たので、アペニールは他国のスパイがいるのではないかと騒ぎになった。
「違います。このアンテナの素材を火の国から輸入したのがおそらく送り主です。そもそも世界中で、学校にラジオ局を作ろうとしているのが俺しかいないからわかったんだと思いますよ。送り主は先輩ですから」
「なるほど、そうだったのか。それで、手紙にはなんて書いてあったんだ?」
「商売の話ですよ。ラジオ放送で商品が売れることはアリスフェイで実証済みですから。魔族の番組を持てないか聞いてきました」
「魔族が!?」
「鎖国はとっくに終わっているのでしょう? 魔族の国の大統領だって、もっとアペニールと交流したいと言ってましたし、ラジオの番組が出来て、魔族の国の商品やアペニールの商品を紹介すれば、当然両方の国で売れるようになると思うんですよ」
「そういうことか……。あれ? じゃあ、もしかして番組ができるということは魔族が定期的にやってくるというのか?」
「そういうことです。たぶん、魔族が土産を持ってやってきますよ。しかも先輩は俺よりも変人ですから、あっさりアペニールの商品を世界中に売り込むと思います」
「ちょっと待ってくれよ。今だって他国の文化に日々驚いているというのに、どうなってしまうんだ?」
「アペニールはもっと他国と交流した方がいいと思いますよ。アリスフェイでもたい焼きは人気ですし、米の料理だって時々見かけますから、どんどん売り込んだ方が……」
「しかし、他国ではエルフの侵略者がいると聞くがどうなんだ?」
「今、そういう時期というだけで、各国が対応していますよ。南半球でも勇者たちの国にエルフの移民が大量にやってきて、セーラさんたちが対応してましたし」
「それについては、魔族とも話したいと思っていたのだ」
学生をかき分けて教授がやってきた。
「アペニールの民は海から来たわけのわからないものをありがたがってしまう民族だから、大量に移民が来ると、もてなしてしまうかもしれん。ただ、相手がこちらに敵意がある場合は、即座に斬り捨てる可能性もある。魔族の国ではどうしているのか政府も知りたがっているのだ」
「なるほど。だとしたら、先輩は適任だと思いますよ。特殊な体質ではありますが人族ですし、魔族の国にも適応できていて、俺がここにいるということくらいはお見通しの人ですから頭も回ります」
「そうか。大学としてはその人物に入国許可証を発行すればよいか?」
「ええ。俺が行って届けてきますよ」
「相変わらず、トキオリ教授たちの家族は即断即決だな。よし、わかった。今から申請してくるから、少し待っていてくれ」
「過去も未来もそう簡単には変えられない。変えられるのは今だけでござる」
トキオリ爺ちゃんは、そう言って笑っていた。
ラジオ放送として、録音したアリスフェイの音楽を流した。優しいゆったりとした曲調なので、学生たちも聞いていられるようだ。
その間に、俺は爺ちゃん婆ちゃんと一緒に広場に向かう。昼時で、腹が減った。
「何にするのでござる?」
「天そば!」
「いいね! 私もそばにしようと思ってたところさ」
俺とシャルロッテ婆ちゃんの好物は似ている。
「天ぷらでござるか?」
「じゃあ、トキオリは鴨せいろにすればいいじゃないか」
「それはいい案でござるな!」
広場は人でごった返している。屋台が立ち並び、どこもかしこも美味しそうな匂いがしていた。
「あ、本場のたい焼きだ!」
「団子屋の新商品が出ているのでござる!」
「ちょいと待ちな! あれは氷屋かい!?」
祖父母と孫はいろんな屋台に目移りしてしまい落ち着かない。どうにか「そば処」まで辿り着き、広場の端の椅子に座れた。
「婆ちゃん、氷屋って何が売ってるの?」
「氷の塊をスライスして山盛りにするんだ。そこにあまーい果汁をかけたり、あんこや白玉を乗せたりして食べるんだけどね。まぁ、暑い日のかき氷は格別に美味しいよ」
「後で食べよう」
「コウジ、魔族の国にも行くんだろ? 土産をなにか買っていってやんな」
「そうする」
アペニールの食文化はもっと知られた方がいい。
天ぷらそばを食べてかき氷に舌鼓を打ち、新作団子を土産にして農業大学へ帰ると、ちょうど入国許可証が出ていた。
「これでゲンズブールという者は農業大学のゲストとして入国できるはずだ」
「ありがとうございます」
俺は鞄に入国許可証をしまい、乾いた洗濯物を畳む。
「もう少し、一緒に居れるとよかったんだけどねぇ」
「夏休みの思い出に釣りなどできたらよかったのでござる」
祖父母二人は孫が魔族の国に行くので少し寂しそうにしていた。いつでも通信袋で連絡できるというのに。
「アペニールの観光地でも行けたらいいんだけどね」
「あ、よかった! まだコウジくんもいましたか!」
大学の職員が俺たちを見つけて駆け寄ってきた。
「すみません。トキオリ教授、シャルロッテ教授、特別緊急依頼が来ております! できればコウジくんも」
大学職員が、羊皮紙を広げてこちらに見せてきた。
悪霊がロッククロコダイルというワニの魔物に取りついて、過去の勇者たちの石碑を荒らしているという。
「闇の勇者たちの石碑か。近くはないね」
「選出方法でいつも揉めるから、恨みも溜まっているのでござる。どうだ? コウジも行くか」
「それじゃ、夏休みの思い出に」
俺たちは農業大学のベランダから、空飛ぶ箒に乗って石碑へと向かった。
現場はアペニール北部にある山の中腹当たりだ。山を越えれば、グリフォンの群生地で魔族の国になる。
依頼書にあったロッククロコダイルは空中遊泳をしながら、石碑に魔法で尖った岩を放っていた。
「のん気だなぁ」
石碑には固い石が使われているので、一切傷つくことはないという。ただ、観光地にもなっているため危険だ。
トキオリ爺ちゃんは親指と人差し指で〇を作り、浮遊するロッククロコダイルの過去を見ていた。
「可哀そうに。ただ川原で寝ていただけだというのに、エルフの霊に憑りつかれたようでござる」
「霊まで見えるの?」
「無論」
「そうかい。『月下霊蘭』の開花に合わせてエルフたちが祖先たちを呼びよせているね」
「なんで?」
「英霊を呼び戻して、英霊の生まれ変わりを作ろうとしているんだよ。たぶん、死んだハイエルフたちもそれが狙いだったのだろうね。でも、死霊術師でもない者たちがそんなことをすれば、悪霊も呼んでしまうんだ」
「あ、それ、ルームメイトの死霊術師も言っていた。どうせハイエルフを呼び寄せようとする者たちは多いから、魂が分裂して生まれ変わるのは無理だって」
「コウジにはいい友がいるな! 大事にするのでござる」
「ハイエルフも生まれてくるときに少し魔力が多いくらいで不憫な歴史を辿ったもんだね」
「どうやって倒すの?」
「コウジ、あれを見せてくれんか?」
「あれって?」
「光の精霊を放り投げたのだろう? 魔力ごと霊体を引きはがすのでござる」
「魔力の回復シロップは持ってる?」
「えーっと、あるよ」
シャルロッテ婆ちゃんが鞄の中を漁っていた。婆ちゃんの鞄はアイテム袋だから、整理が大変だと言っていた。
「じゃあ、ロッククロコダイルに使って。魔力を全部、剥がしてみるから」
「よし。それでいこう」
「うむ。心得た」
飛び出して、ロッククロコダイルの腹に潜り込む。
「何奴じゃ!?」
戸惑っている悪霊を無視して、魔力を弾くように拳を突き上げた。
ボグフッ。
ロッククロコダイルの口から魔力が少し出た。その魔力を掴んで、思い切り悪霊を引きずり出した。
シャルロッテ婆ちゃんが待ち構えていて、ロッククロコダイルと悪霊の間に魔力の壁を作り出し分断。トキオリ爺ちゃんがスパンと悪霊を刀で斬った。
「貴様ら、何をした!?」
悪霊は斬られているのに、まだ喋っている。
「時魔法で斬ったのでござる。時空を超える魂も、昔に戻る右半身と黄泉へ向かう左半身になってしまえば保てまい」
「な……!?」
エルフの魂は徐々にズレていって霧散した。
シャルロッテ婆ちゃんはロッククロコダイルに魔力回復シロップを振りかけていた。
「変な魔法だね」
「いやいや、コウジの魔法よりはまともでござる」
「そうかな?」
「二人とも、魔法書に書かれてない魔法を使う時は、場所を選びな。他の者が混乱しないようにね」
「「はい」」
我が家は女性たちによって社会性が保たれているらしい。
「それじゃあ、俺はここから魔族の国へ行くよ」
「ああ、そうかい。風邪を引かないようにね」
「あ、そうだ。これを作ったのでござる」
トキオリ爺ちゃんがポケットから巻貝を取り出して、渡してきた。
「なにこれ?」
「耳に当てると過去の音が聞こえる魔道具でござる。時魔法の魔法陣が彫ってある」
「えっ! ありがとう」
「ラジオで使えるのではないかと思って、シャルロッテに工具まで作ってもらったのでござる」
「トキオリにしちゃあいい魔道具を考えると思ってね。先にダイヤルがついているから、回すと戻せる時間を調節できる。忘れられた民俗音楽や死んだ音楽家の演奏が聞けるかもしれない」
「それを録音すれば、ラジオで流せるね」
かなりいいお土産だった。
「ついでにこれも学校で使ってみてごらん。魔法陣を彫る彫刻刀だ。空間魔法の魔法陣を仕込んであるから石碑なんかみたいに固い石にも彫れるよ」
「いいの!?」
「ああ、コウジの方が使うだろ?」
「ありがとう」
俺は何も用意していないけど、自分の小型ラジオを二人に渡した。
「遠くの放送も聞こえるはずだから」
「ありがとう。大切にするよ」
「やはりいいものを使っている。毎日聞くでござる」
「それじゃ、また年末に!」
再会を約束して、俺は山を登り魔族の国へと向かった。トキオリ爺ちゃんとシャルロッテ婆ちゃんはずっと手を振ってくれていた。
山を越えて、グリフォンと交渉して、城近くのマジックパウンドまで連れて行ってもらった。そこから乗合馬車で東へと向かう。
「不死者たちは筋肉が腐っているから、力がないだろ? だから、力仕事をやりたがらないんだ。しかも、現世に留まる理由が負の感情だったりするから大統領も苦労していた」
「でも、回復薬や毒、呪いの研究は進んでいるんだろう?」
「まぁな。元々死んでれば実験し放題だ」
「なら、商売のチャンスだろう」
ゴブリンとオークの話が聞こえてきた。野宿でもいいと思っていたが、せっかくなので宿に一泊した。
自分の足で一人旅もいいが、誰かに連れていってもらったり乗り物に乗って旅するのも悪くない。ゆっくり興味のある場所を見たり、行商人の話を聞いたりしていると、どんな状況になっているのか、遠くで何が起こっているのか知ることができる。
いつの間にかゲンズブールさんがいる不死者の町へ辿り着いていた。
腐臭を消すためか、町のそこら中にプランターが置いてあり夏の花が咲いている。当然、教会なんかないと思っていたが、ちゃんと広場にあった。
「祈りなんて捧げたら、昇天しちゃうんじゃないか……、そう思ったかい?」
呆気に取られていたら後ろから声をかけられた。振り返ると、ゲンズブールさんが真新しいローブを着て立っていた。無精髭も剃って、身なりを整えている。学生時代とは違うということか。
「お久しぶりです。ゲンズブールさん」
「そうでもない。パレードでもちらっと会っただろ? いや、そっちは体育祭で優勝しているんだったな」
ゲンズブールさんは「経験の差で時間の流れは変わるのか」と笑っていた。
「どうですか? 魔族の国は」
「どうもこうも、面白いよ。この半年は濃密だったなぁ」
ゲンズブールさんは教会近くで売っている果汁ジュースを奢ってくれた。冷えていてものすごく美味しい。
「不死者たちは自分たちを保存することに関しては物凄い研究が進んでいるんだ。だから、冷たいものは発展している」
「なるほど……」
納得できる。教会が町中にある理由もあるのか。
「不死者の町に教会は不思議だよな。一緒に住んでみてわかったが、不死者たちは記憶や感情をものすごく大事にしているんだ。現世と自分とを結びつけているからね。そして、これもこの町に来て初めて知ったんだけど、ある程度の愛を受けてきて、中途半端なところで捨てられた者たちほど、不死者にはなりやすい」
「中途半端?」
「ああ、行き過ぎた愛情が憎悪に変わると思っていたんだけど、意外とそういう霊はちゃんと個人的な思いが強いから町のように集まることはない」
「確かに……」
「愛情深く生きてきた人たちは、己の人生に満足してそのまま昇天するだろう? ところが愛を知ってはいるが、途中で迫害を受けたり、差別的な扱いをされた者たちほどやりきれなさが留まってしまうらしい」
「へぇ~!」
そんなことがあるのか。ミストなら詳しいかもしれない。
「そもそも魔物だった者も多いから、他の国では差別的な扱いをされることは多いんだけどね。優秀だった魔族は、初めのうちは褒められるんだけど、そのせいで仕事がなくなってしまう者もいて嫉妬の対象にさせられることも多い」
カラァーン!
ちょうどよく教会の鐘が鳴り響いた。
「誰かが昇天したかな? この町では現世に未練がなくなったら昇天する。死体があれば焼かれるけど、なければそのままだ。あと、聖職者である神父も『穢れた職業』と思っている者もいるんだ」
「どういうことですか?」
「俺もここに来て久しぶりに聞いたよ。俺たちの世代は職業差別なんてないだろ? でも、職業に差別やランクがある時代もある。生きている間に差別された者たちほど、人の商売にランクをつけたがるのさ」
「意味があるんですか?」
「いや、ない。時代錯誤の考え方さ。だが、不死者界隈では肉体を使う職業ほど、自分たちが出来ないから忌み嫌われている。しかも自分たちが気づかないうちに他の魔族をランク付けしていることがある。初めは面食らったよ」
「ゲンズブールさんも人間だから、差別されたんですか?」
「逆だ。俺はなぜか市場の管理とかをやっている文官系だし、お金をよく回すから、ひと月もしないうちにバランスシートと決算計画書を作ってた。大変だったのは僕の妻の方さ」
「ああ、そうか!」
確か、アイルさんを信奉している女戦士だったはずだ。
「はぁ~あ、あっついわねぇ!」
教会から、話していたゲンズブールさんの妻が僧侶姿で出てきた。洗ったばかりの雑巾をパンッ!と伸ばして、洗濯紐にかけていた。
「ちょうど話をしていたところだ」
「あら! コウジくんじゃない!?」
「こんにちは。お久しぶりです。僧侶になられたんですか?」
「そう。不死者の町の僧侶よ。ちょうど今、ゴーストテイラーが旅立っていったところ。もう拭き取ってしまったから蘇ることもないわ」
ゴーストテイラーの本体は、炭やカビの集合体だったかな。
「わざわざ不死者に嫌われる仕事なんじゃないですか」
「そうね。でも誰かがやらないといけないし、死んでからもランクなんか付けてるのバカみたいでしょ。そういうことを広めるやりがいは感じているわ」
「すごい!」
素直に尊敬する。
「どうだい? コムロ家くらいの最強夫婦になれるかな?」
「え? うちの両親みたいになりたいんですか?」
「ええ、夢なの」
「息子が出来たら、俺みたいになっちゃいますよ」
「それは気が気じゃないわね!」
「どういう意味ですか!」
俺がツッコんだところで、三人笑ってお茶をすることにした。
教会にある外のベンチで、茶を頂きながら、ゲンズブールさんにアペニールへの入国許可証を渡した。
「あ、俺がラジオに出るのか」
「あれ? 違いました?」
「いや、魔族の商人の方がいいと思ってたんだけど……」
「誰がやっても同じよ。それにあなたはよくラジオに出ていたじゃない」
「まぁ、サボっていた図書館の隣にあったからね」
図書館で寝ていたのは、やっぱり授業をサボタージュしていたからか。
「聞いてよ。ゲンズブールったら、学生時代と変わらないの。初めの一、二週間で一年間の仕事を終わらせて、時々来る緊急事態にジュース飲みながら対応しているだけ」
「いけないことかい?」
「皆、頑張っているっていうのに……」
「頑張ってコウジに勝てる見込みがあれば俺も頑張る気にもなるけど……。なぁ?」
「俺に聞かれても……。でも、ゲンズブールさんは衝撃的だったなぁ。初めて見た時は、完全に変人だと思いましたよ。それで、体育祭で化け物だって気づいて……」
「それを言うなら、コウジを初めて見た時の驚きったらなかったぞ。商売の話なら山ほど聞いたけど、商売を紹介するラジオ局を作るなんて発想があるのかと思ったもんだ。そこを結びつけるのかって」
「いや、あの学校は私たちの世代もそうだけど、濃いのよ。キャラクターが。ああいう能力に差がある人たちにまざまざと見せつけられると、これは肩書がどうとか、職業の貴賤がどうとか関係ないんだなって人生の序盤で気づけて良かったわ。コウジくんは冒険者のランクとかは気にしないでしょ?」
「ランクについては聞かないでくださいよ。俺は、そもそも冒険者になる前に特別補助員になったんですから」
「そうよね。精霊をぶん投げちゃうんだから」
「最近、よくそれを言われるんですよ。あれは、やむにやまれずというか、他にどうしようもなかったから、ぶん投げただけですよ」
「普通はそもそもそういう発想にならないし……」
「やろうと思ってもできないのよ」
しばらく会ってなかった友人たちとの話は止まらない。
茶を飲み、夕飯を一緒に食べても終わらなかった。
結局その日はゲンズブールさんの家に泊めてもらい、そのまま夜更けまで語り合っていた。




